
ショートショート「毎朝、100円玉が落ちている」
駐車場に行く途中の道に、100円玉が1枚落ちていた。
そこに放置しておいてもあまり気分がよくない。小さい頃、親から「落とし物があったら、交番に持って行くんだよ」と教わって育った。そして、100円でも落とし物は落とし物。筋として、交番に届けないと、気分が悪い。
そこで、駐車場に行く途中にある交番に届けて、いつも通りに出勤した。
翌日、また、同じ場所に、同じように100円玉が落ちている。
また、落ちている?2日連続とは、運がいいやら悪いやら。筋を通すためには仕方ないから、昨日同様、交番に届ける。
「昨日もでしたよね」
警官にそう言われた。
「ええ、出勤前に、面倒なことです」
「まあ、正直に届けて頂けるとは、いいことだと思いますよ」
そして、出勤した。悪いことをしているわけじゃないしな。
それから、1週間。毎日毎日、100円玉はそこにあった。まるで、私に拾われるように。でも、休日の時まで落ちているって、どういうことなのだろう。しかも、私が車を利用するときに。
そして、なぜ他人は拾わないのだろう。どうして、いつも私の前にあるのか、一抹の疑問を感じた。でも、どうしても、交番に届けるという私の中の決まりは崩せなかった。
1週間も同じことをしていると、交番の警官も、なんだか慣れてきた。
「またですか?」
「不思議に思われて当然だと思います。でも、落ちているんです」
「あなた、自分の100円、毎日持ってきてませんか?」
「なんのために?交番に来るために?」
「いや、なんだかこれだけ続くと、私も不思議でね」
「そう。不思議なんですよ。誰が、何の為にって思いますよね」
「事件性は少ないようですから。でも、今時は、何考えてるかわからない人が、良くわからない行動をする時代ですからね」
その次の1週間も、100円玉が落ちていた。さすがに2週間も続くと、ああ、またあるのだろうな、と思い始めていた。さすがに不審に思って、刻印されている年号や状態を観察したが、いつも違う年号で、汚れ加減も違っていた。悪戯ではないようだ。
例によって、交番に届ける。もう、警官も慣れたものだ。
「もう、必要事項は書いておきましたから、あとここだけ住所と名前を書いてくださいね」
「なんなんでしょうね、これ」
「さあ。わたしにもわかりませんね」
「私は、なにかの悪だくみに巻き込まれているんでしょうか?」
「その悪だくみ、毎日あなたの前に100円を置くんですよね。そしてどうするか観察する、というとこですかね」
「意味がないですね」
「やってる人間がいるとすれば、意味があるのかもしれませんが、私にはわかりかねます。」
「お巡りさん、あの時間帯にパトロールしてみてはどうですか?」
「いえ、こちらも忙しいもので。個人の特に命にかかわることでもないのに、パトロールまでは、どうかと」
「そうですよね」
100円玉は、それからも毎日、同じところに落ちていた。もうこうなったら付き合うしか無かろう。誰の仕業かわからないけれど、交番通いも慣れてきた。
交番の警官も。
「いっそのこと、住所と名前と電話番号のハンコでも作ったらどうですか?」
「それがいいかもしれませんね」
「こちらも書類をコピーしておいたら、効率的かもしれませんね」
「でも、いつ終わるかわかりませんよ」
「そこなんですよね。いたずらにしては、ちょっと長すぎますね」
そして、3か月が経った。やはり、100円玉は落ちている。
私は、毎度毎度住所と名前を書くのが面倒くさくなって、本当にハンコを作ってしまった。毎日毎日の手間はこれで解消された。何か書類でも送るとき使えるだろう。
警官も、朝の日課になってきている。しかし、今日は違うことを言い出した。
「最初の日の100円。今日からお渡しできますよ」
「毎日100円もらってもねえ」
「じゃ、2か月間期間があるんで、貯めときますか?」
「貯金じゃないんだから」
「あなたには、受け取る権利があるんですよ」
とある台風の日。たまたま会社は休みだったが、こういう日でも、100円玉はおちているものだろうか?とふと疑問を感じ、強風と豪雨の中いつもの場所に行くと、やはり100円玉があるのだった。私は、自分のルール通り、交番に届けに行った。
「こんな日にも、届けに来るんですね」
「いや、それが、私のルールになってしまったようで、まさか落ちているとは思ってなかったのですが」
「まあ、びしょぬれになって、大変なことで。お疲れ様です」
一体、私は何をしているのだろう、と一瞬頭をよぎったが、筋は筋。
そうやって、半年がたった。100円玉は、今日もそこにある。出張の時も、出勤時間が変わるときもあった。でも、100円玉は、いつもの場所にいつもあった。よくもまあ、毎日落ちているものだ。そして、私も、意地になっていた。落ちているものは交番に届けるという決まりを守り続けていた。
ある日、交番の勤務が別の警官に変わったらしく、見慣れない顔がそこにいた。
「あ、あなたが。引継ぎは受けております」
「前の人も律儀なものだね。不思議なことに、毎日交番通いだよ」
「それは、お疲れ様です!今日からは、私があなたの100円玉の担当になりました」
「お世話になりますって言うのも、変な話ですよね」
「不思議話ですが、得にしかなっていないし、被害届も落としたという届もない。法的にはいまのところ、現状維持が当然かと思いますが」
「これなら、最初から所有権を放棄すればよかった」
「まあ、日課と思えば、よろしいのでは?」
「まあ、そうなんだけどね」
そして、今日も100円玉が落ちている。
これが、私の日常になってしまった。原因は、もう考えても仕方がない。私は、落ちているものを交番に届けるという筋を通しているだけ。
ある日、思いついた。私が行かなかったら、100円玉はあるのだろうか?と。
休みの日、理由は言わず、妻に、その100円玉のある場所に行ってもらった。そこに100円玉があるはずだから、と。
帰ってきた妻は、開口一番。
「100円玉なんて、なかったわよ。ほかの人が持って行ったんじゃないの?」
「そうなのか?なかったのか?そうなのか」
私は、100円玉がないことに、なぜか不安を抱いた。そもそも100円玉があることがおかしいはずなのに、である。
今朝も、私の前に100円玉が、落ちていた。
私は、なぜか安堵していた。これで100円玉を交番に届けられる、と。