
異世界転生したいけどしたくないのは、ドクターペッパーが売ってないと思うから
異世界転生したいです。
これはもう、ずっと思っています。
できれば剣と魔法の世界がいいです。
そして、せっかく転生するなら赤ちゃんくらいからやり直したいです。
別に勇者になりたいわけではありません。
世界を救う使命もいりません。
王様に呼び出されて、
「そなたに魔王を倒してもらいたい」
とか言われても、たぶん困ります。
そんな大役を突然任されても責任が重すぎます。
できれば普通の家に生まれて、普通に育ちたいです。
ただ、魔法は使いたい。
せっかく魔法のある世界に生まれたのなら、小さい頃からちゃんと魔法の勉強をしてみたいです。
文字を覚えて、魔法の本を読んで、魔力の扱い方を練習して。
初めて小さな火を出せた日には、ものすごく喜ぶと思います。
昨日までできなかった魔法が、ある日突然できるようになる。
そういう経験をしてみたいです。
できれば魔法学校にも通いたいです。
ただ、魔法のある世界に行ったところで、優等生になれるかというと、たぶん無理だと思います。
最初のうちは、
「今度こそちゃんと勉強します!」
とものすごく張り切っていると思います。
毎日魔法書を読んで、予習も復習もして、先生に言われていないところまで勉強します。
でも半年くらい経ったら、普通に宿題を忘れている気がします。
魔法史の授業中に窓の外を見ながら、
「箒であの山まで飛んでいったら楽しそうだな……」
とか考えていると思います。
前世の記憶という圧倒的アドバンテージを持って転生したのに、成績は中の上。
非常にもったいないです。
でも、それでもいいので、小さい頃から魔法を勉強してみたいです。
魔法学校を卒業したら、何をするのでしょう。
魔法を使う普通の仕事に就くのもいいです。
薬草を育てる仕事とか。
魔道具を作る仕事とか。
町の小さなお店で働くのも楽しそうです。
たまには遠くの街まで旅行して、見たことのない魔物を見たり、市場でよく分からない食べ物を買ったりしたいです。
冒険者ギルドにも一度くらい行ってみたい。
でも、危険な依頼は嫌です。
「近所の森で薬草を十本採ってきてください」
くらいがいいです。
たぶん私は、異世界に行ってもそんな感じで生きています。
それで十分楽しそうです。
かなり転生したいです。
でも、一つだけ大きな問題があります。
ドクターペッパーが売っていません。
たぶん。
異世界に行ったことがないので断言はできません。
もしかしたら王都の片隅に、
「異国より伝わりし、二十三種の香草を調合した黒き発泡水」
みたいなものが売っている可能性はあります。
でも、それはドクターペッパーなのでしょうか。
そもそも炭酸があるのかも怪しいです。
冷蔵庫もありません。
ということは、仮にドクターペッパーらしき飲み物が存在していたとしても、ぬるい可能性があります。
ぬるいドクターペッパー。
これはちょっと困ります。
異世界転生ものを読んでいると、つい魔法とかドラゴンとかエルフとか、そういう素敵なものばかり見てしまいます。
でも実際に転生するとなったら、失うものもかなり多いです。
ドクターペッパーだけではありません。
インターネットもたぶんありません。
エアコンもたぶんありません。
ウォシュレットもたぶんありません。
夜中の2時に突然ポテトチップスが食べたくなっても、たぶんコンビニもなければ、のり塩味のポテトチップスもたぶんありません。
これはかなり重大な問題です。
魔法学校で一日勉強して、
「今日は疲れたなあ」
と家に帰っても、冷蔵庫(ない)を開けてドクターペッパー(ない)を飲むことができません。
仕事を終えて帰ってきても同じです。
酒場に行けばエールはあるかもしれません。
でも、私はエールではなくドクターペッパーが飲みたいのです。
店主に、
「すみません、ドクターペッパーありますか?」
と聞いても、
「どくたあ……? なんだそりゃ」
と言われるに決まっています。
そこで私は初めて気づくのです。
もう二度と飲めないのだと。
どれだけ魔法が上手になっても。
空を飛べるようになっても。
珍しい魔道具を手に入れても。
お金持ちになっても。
この世界にはドクターペッパーがありません。
つらいです。
もしかしたら、その絶望をきっかけに私は異世界で炭酸飲料の開発を始めるかもしれません。
錬金術師に相談して、薬草を集めて、炭酸を発生させる魔道具を探します。
魔法学校でもっと真面目に錬金術の授業を受けておけばよかった、と後悔するかもしれません。
そして苦節十年。
ついに完成します。
黒く輝く、謎の飲み物。
飲んでみます。
「…………違う」
たぶんこうなります。
そこからさらに改良を重ねているうちに、気づけば小さな飲料店を開いているかもしれません。
異世界転生したかっただけなのに、最終的にドクターペッパーを再現するために働いています。
そう考えると、異世界転生って意外と大変です。
魔法は使ってみたいです。
小さい頃から魔法を勉強して、魔法学校にも行ってみたい。
たぶん優等生にはなれないけれど、それでも一生懸命勉強してみたいです。
知らない街にも行ってみたいし、見たことのない植物を育てたり、魔法で料理をしたり、たまには簡単な冒険もしてみたいです。
世界を救わなくてもいいんです。
異世界で普通に暮らしてみたいです。
それは今でもかなり魅力的です。
でも、こちらの世界にはドクターペッパーがあります。
コンビニもあります。
エアコンもあります。
インターネットもあります。
布団もふかふかです。
そう考えると、この世界も案外悪くありません。
だから私は今日も異世界転生せず、こちらの世界で生きています。
冷蔵庫で冷えたドクターペッパーを飲みながら、異世界の話を書いています。
異世界には行けないので、せめて物語の中だけでも。
そんなわけで、今日もライトノベルを書いています。
ドクターペッパーのない異世界でも大丈夫な方は、よかったら読んでみてくださいね。