道で泣いてしまった...(「臆病な自尊心」という虎)
先日、道のど真ん中で泣いてしまいました。 もう「大人」と呼ばれる年齢の男が、です。 幸い周りに人はいなかったので、大きな粒を二つ流すだけで済ませました。 (見ていた人がいたら、ごめんなさい。びっくりしたでしょう。)
なぜ泣いたのか。 順を追って話します。
中島敦という刺客
最近、『絶望名言』という本を読んでいます。 同名のラジオ番組を本にしたもので、古今東西の偉人たちが絶望の中で残した言葉を集めたものです。 偉人達の、絶望から出る言葉。 それらに僕はずいぶん救われてきました。
ところがどっこい。 今回ばかりは、その言葉が心にグサッと刺さってしまったのです。 タイトルの通り、涙まで流して。
そんな名言がこちら。
己は詩によって名を成そうと思いながら、 進んで師に就いたり、 求めて詩友と交わって 切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。 己の珠にあらざることをおそれるが故に、 敢て刻苦して磨こうともせず、 ますます己の内なる臆病な自尊心を 飼いふとらせる結果になった。 この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。
高校の国語で読んだ人も多いのではないでしょうか。 超ざっくり言うと、「自分には才能があると思って人を見下し、だらけていたら、虎になっちゃったよ!」という話です。
この一節、高校生のときにも効きました。 でも、防衛本能でしょうか。 僕はすぐに、考えるのをやめてしまったんですね。 それが今になって、ようやく向き合うことになってしまった、というわけです。
褒められて、空っぽになった僕
少し、自分の今までについて話します。
僕は一人っ子で、生まれつき耳がよく、過集中のような特性がありました。 周りの大人たちと、偶然のおかげで、それらが武道の型や楽器の演奏に結びつき、(自分で言うのもなんですが)そこそこ活躍してきました。 ずーーーっと、褒められて生きてきたのです。 高校では「ギターマンドリン部」というよくわからん部活で褒められまくり、ウハウハでした。
こういう経緯もあって、人から褒められるために全力を注ぐ人間になったのですね。そして幸いにも、誰にでも優しく、「人のために」という心が育ちました。 ……と言えば、聞こえはいい。 言い換えれば、「人の顔色ばかりうかがう過剰適応野郎であり、他人軸でしか動けず、自分という核がまるごと空っぽな、うわべだけの人間」が出来上がったのです。 燃料は「誰かからの褒め」のみご利用できます。(ネガティブに捉えすぎですね。通知表の逆みたいなこと書いてますわ)
「自分には才能がある!」 口には出さなくても、心の奥ではずっと、そう思っていたのでしょう。 たぶん、今も無意識に。いや、実は意識下でちらついている。
そんな高校生に、中島敦のこの言葉。 向き合えるわけがない。 だって、向き合った瞬間、全部崩れてしまうから。自分が。
崩れた
「自分が主役の物語」を歩んでいた僕は、大学生になって一人暮らしを始めました。 進んだのは、小学校の先生を育てる教育学部のコース。今だからわかることですが、 「いちばん興味がある!」からではなく、「そう言うと周りが喜んでくれた」から選んだ道でした。
そこでは、誰も僕を褒めてくれませんでした。 これまでのやり方では対処できないことが膨大になり、目の前が混沌で埋め尽くされました。 なぜ自分が今ここにいるのか、本当にわからなくなりました。
大学三年生で、ひどい抑うつ状態になりました。 半年間、ほとんど引きこもりました。 生まれて初めて、心の底から「消えたい」と思いました。
立ち直って、また突き落とされて
でも、僕は幸運の持ち主でした。 何も言わず、ただ待ってくれる友人と家族がいたのです。 おかげで、なんとかゆっくり、立ち直ることができました。
人生でいちばん落ち込んだことで、自分の中の哲学みたいなものが、ずいぶん耕されました。 やっと、現実に目を向けられるようになった。 「もっと自分のペースで生きよう」なんて思えるようにもなった。 どんな自分も、どんな世界も、美しく見える瞬間が増えました。
そんな今の僕に、中島敦はもう一言、刺してきます。
落胆しないために初めから欲望をもたず、 成功しないであろうとの予見から、 てんで努力をしようとせず、辱めを受けたり 気まずい思いをしたくないために人中へ出まいとし、 自分が頼まれた場合の困惑を誇大して類推しては、 自分から他人にものを依頼することが 全然できなくなってしまった。
ああ。いちばん聞きたくないことを、聞いてしまった。
僕が絶望の底でつかんだと思っていたもの。 それは「よりよく生きるための術」ではなく、 ただ「絶望から逃げるための術」だったのではないか、と。
電車の中で読んでいました。 目はうるうる、唇をぐっと噛みしめて、なんとかこらえてました。 精神的な痛みには、もう慣れていますからね。
電車を降りて、目的地まで三十分ほど歩きました。 イヤホンで、スマホの中の五百曲をシャッフル再生しながら。 その道中で、(こんな暗い話の中で名前を出すのは申し訳ないのですが)Juice=Juiceの「甘えんな」が流れたんです。タイトル通り、「甘えてんじゃねーぞ」とダイレクトに突きつけられてしまったのですよ。
もう、耐えられませんでした。 涙腺は決壊いたしました。 冒頭の、道のど真ん中です。
結局、自分が手に入れたものは、試されたり評価されたりする場から逃げるための道具でしかなかったのかもしれない。 あの虎は(臆病な自尊心は)やっぱりまだ、心の中にいる。 あのとき仮面を変えて、「絶望に寄り添う優しい自分」のふりをしていただけなのかもしれない。 だとしたら、あの落ち込んだ半年は、いったい何だったんだろう。
ここまでの苦しみを、涙二粒で済ませた自分は、まあ、褒めてあげよう。
でも、大丈夫。「自己受容」があるから
……と、ここまで読んで、「こいつ、もう限界では? 休めよ」と思った方。 ご心配なく。 あの絶望の中で、ひとつだけ、本当に価値のあるものを手に入れていたのです。
「自己受容」です。 "どんな自分も、自分だよね" という、ただそれだけの考え方。
これね、使い手によっては無敵なんですよ。 「どんな自分も」なので、これは一種の "諦め" でもあります。しかしながら、僕は師範レベルの使い手になりましたので、さっきの中島敦の二つ目の言葉でさえ、まるごと包み込めてしまうのです。
都合のいい自分もいる。都合の悪い自分もいる。 それは哲学でもなんでもなく、ただの事実です。 どうにかしようとして、どうにかなるものでもない。
これは「自分とは何か」を考えるときの、いちばん外側にある大きな壁。 言いかえれば、自分について考えるときの、唯一の枠組みと言えるでしょう。 カントが「宇宙に始まりはあるのか」を証明することを諦めたのと、ちょっと似ていますね。 ("カント" とか言うと思想家になった気分になれるので、おすすめです。)
この混沌とした世界で、やっと、不変なものに出会えた。 そんな気がして、しっかり地に足がついた感覚がありました。 とりあえず、暴れる自分の思考に、リードをつけられたのです。
だからこそ僕は、これからも続けようと思います。 「都合の悪い自分」「都合の悪い考え」に、わざわざ向き合うことを。 (一種の、精神的な自傷行為かもしれません。 )でも、思考が際限なく広がらないように柵を立てられた今だからこそ、そこに本気で向き合えるチャンスだと思うのです。
保険のようなものができた。 そこに、生まれつきの逆張り天邪鬼な性格が加わって、いま僕はこう思っています。 苦しいからこそ、「ぶっ生きてやろう」と。
そうやって絞り出した言葉や音楽で、誰か一人か二人でも支えられたら、それで本望です。 ……たぶん、こう思えている時点で、僕は相当恵まれているんでしょうね。
あと、「僕は目覚めた!すべてわかった!」となれば探求の姿勢はなくなってしまいます。だからこそ、自己受容によって得た思考の枠組みすらも疑えるようにしていきたいですね。(そんな余裕あるかい?無理すんなよ、自分)
結び
みんな、世界の被害者なのだと思います。 だからせめて、なるべく身を寄せ合って、この吹雪をしのいでいきたいですね。
——というわけで、ずいぶん暗い話になってしまいました。 暗すぎ都市伝説です。 でも、僕は今、とても元気です。 ごはんもいっぱい食べてるし、小学生のときくらい寝ています。
まあ、ゆっくり考えながら生きていこう!よし!
さぐ・ぱに~る
(サグパニールは、「ほうれん草とチーズのカレー」の意)