
コ・ラムとぴーちゃん 第5話| 黒い結晶と、ちいさな浄火
正式タイトル:
半世紀メンタル拷問人生で精神攻撃が効かない私、異世界ではラスボスキラーでした
シリーズ名:
コ・ラムとぴーちゃん
前回のあらすじ
霧の境目を抜けて異世界へ降り立ったラムは、腕の中の青い雛ぴーちゃんにメロメロ。だが森から異形の怪物が襲来。ぴーちゃんは《スキミングアイ》で弱点を解析し、ラムに攻め筋を指示する。地球仕込みの理不尽耐性が力へ転じ、ラムは青い火花をまとって初戦闘に勝利。『ママが受けて、ぴーちゃんが見て、いっしょに勝つ』――二人のバディが始まる。
前回
コ・ラムとぴーちゃん 第4話| ぴーちゃん、初陣でしゅ

倒れた怪物は、しばらく地面を痙攣するように震えていたが、やがて力を失ったように動かなくなった。
森に静けさが戻る。
けれど、それは“平和”の静けさではなかった。
何かがまだ終わっていない、妙に粘つくような気配が、その場に残っていた。
「……なんか、嫌な感じする」
わたしは胸元のぴーちゃんを抱いたまま、そろそろと怪物に近づいた。
巨体はすでに冷え始めていたが、傷口のまわりだけがじわりと黒く染まっている。
まるで、血ではなく夜そのものが滲み出しているみたいだった。
ぴーちゃんが、わたしの腕の中で小さく震える。
――ママ
――あれ、へんでしゅ
「うん。わかる」
傷口の奥で、何かが脈打っていた。
どくん。
どくん。
生き物の鼓動というより、もっと無機質で、もっと冷たいもの。
わたしは眉をひそめ、落ちていた枝を拾って、その黒いものをそっと突いた。
かち、と硬い音がした。
「……石?」
怪物の肉の中から、親指の先ほどの黒い結晶がこぼれ落ちた。
煤けたガラスみたいな質感。
でも光を失った石ではなく、むしろ黒の奥に、紫と青の鈍い火が封じ込められているように見えた。
見た瞬間、ぞくりと背中が粟立つ。
「うわ……」
それは、ただ気味が悪いだけじゃなかった。
嫌だった。
存在の奥に触れられる感じ。
思い出したくもない痛みを、まだ何も起きていないうちから思い出しそうになる感じ。
“このまま見つめていると、こっちの心のほうが覗き返される”みたいな、あのいやな感覚。
わたしは反射的に顔をしかめた。
「何これ……」
――ママ、さわっちゃだめでしゅ!
ぴーちゃんが、いきなり強い声を出した。
いつもの甘い響きじゃない。
雛とは思えないほど鋭い、ぴん、と張りつめた声だった。
同時に、ぴーちゃんの羽の先に、淡い青い火みたいな光が灯る。
わたしは息をのんだ。
「ぴーちゃん?」
――それ、よくない
――すっごく、よくないでしゅ
ぴーちゃんはわたしの腕からするりと飛び降りる――というより、まだ雛なので半分落ちるようにして草の上に着地した。
それでもふらつきながら、まっすぐ黒い結晶の前に立つ。
小さな体。
まだ丸くて頼りない産毛。
なのにその背中には、さっきまでなかったものがあった。
風格だ。
雛の皮をかぶっているのに、その奥に、もっと古くて大きなものが一瞬のぞいた気がした。
「ぴーちゃん、無理しなくていい! 危なかったらすぐ戻って!」
――だいじょうぶ
――これ、ぴーちゃん、しってる
その言葉に、胸がひやりと冷えた。
「知ってる?」
ぴーちゃんは答えなかった。
ただ、結晶の前で目を閉じる。
ふわ、と。
その小さな体から、青い光がにじみ出した。
炎のようなのに熱はなく、音のようなのに耳では聞こえない、不思議な揺らぎ。
その光は輪になって結晶を包み、じりじりと黒を削り始める。
しゅうう、と微かな音がした。
黒い結晶の表面から、煙のようなものが立ちのぼる。
いや、煙ではない。
悲鳴に似た何かだった。
言葉にはならない。
でも、“痛い”“苦しい”“返して”みたいな感情だけが、波のように頭へ流れ込んでくる。
「っ……!」
わたしは思わず片耳を押さえた。
聞こえていないのに、聞こえる。
声ではないのに、感情だけが刺さる。
「何これ……なに、これ……」
ぴーちゃんの青い火は、さらに強くなる。
その羽ばたきは、まだ雛らしくぎこちないのに、光だけはまるで完成された儀式のように美しかった。
黒い結晶の濁りが、少しずつ剥がれていく。
黒。
紫。
深い藍。
そしてその奥から、もともとそこにあったみたいに、透きとおる青が現れた。
「……きれい……」
思わず、そうこぼれた。
結晶は、最初から黒かったわけじゃない。
ほんとうは、こんなふうに澄んだ光を宿していたのだと、なぜかわたしは知っていた。
しゅううう……。
最後にひときわ大きく、黒いものが蒸発する。
草の上に残ったのは、親指ほどの大きさの、青みを帯びた透明な結晶だった。
朝露を固めたような。
小さな空を切り取ったような。
そんな、静かな美しさ。
ぴーちゃんは、それをじっと見つめた。
「ぴーちゃん?」
――これ、だいじでしゅ
そう言うと、ぴーちゃんはなんのためらいもなく、その結晶をちいさなくちばしでつまんだ。
「えっ、食べるの!?」
わたしは一歩踏み出した。
けれど止めるより先に、ぴーちゃんはこくん、と飲み込んでしまった。
「ちょっ、ぴーちゃん!? だ、大丈夫!? お腹いたくない!?」
ぴーちゃんはその場で、ふるり、と体を震わせた。
一瞬、青い羽根がふわっと逆立つ。
小さな体の輪郭が、まるで内側から光に縁取られたみたいに淡く輝いた。
そして次の瞬間。
ぴーちゃんの背中に、今までなかった一本の細い羽模様が、青銀色に浮かび上がった。
まるで、封じられていた紋章がひとつ戻ってきたみたいに。
「……!」
わたしは息をのんだ。
「ぴーちゃん、今の……」
ぴーちゃんは、ちょっとだけきょとんとして、それから自分の羽を見下ろした。
そして、なぜかとても不思議そうに首をかしげる。
――おいしいでしゅ
「いや、そこ!?」
――あと、なんか、わかった
「何が!?」
ぴーちゃんは、黒い目をぱちぱちさせた。
でも、次に口から出た言葉は、さっきまでより少しだけ低く、少しだけ遠い響きを含んでいた。
――あれ、もともと、よくないものじゃなかった
――くらくされてた
――かなしくされてた
わたしは、胸の奥をつかまれた気がした。
くらくされていた。
かなしくされていた。
その言い方は、あまりにも幼くて、でも妙に真実だった。
「黒い結晶って……何なの」
ぴーちゃんは答えようとした。
でも、その瞬間、ぐらりと小さな体が揺れた。
「ぴーちゃん!」
わたしは慌てて抱き上げる。
ぴーちゃんはわたしの手の中にころんとおさまり、目をしぱしぱさせた。
どうやら意識はある。でも少し疲れたみたいで、羽がしおっとしている。
――だいじょうぶ
――ちょっと、ねむいだけ
「ほんとに?」
――ほんと
――でも、あれ、まだいっぱいある
「……いっぱい?」
ぴーちゃんは、わたしの胸元へ顔を押しつけるようにして、こくりと頷いた。
――この世界の、あちこちに
――くらくされて、かなしくされてる、きらきら
――いっぱいある
風が吹いた。
森の木々がざわりと鳴る。
その音が、さっきまでとは違って聞こえた。
ただの森ではない。
何かが潜み、何かが歪められ、何かが待っている世界。
わたしは、さっきの黒い結晶があった場所を見つめた。
「……あれが、怪物の中に入ってたから、あんなのになってたってこと?」
――たぶん
「じゃあ、結晶が大きいやつほど……」
――つよいでしゅ
わたしは無意識に、ぴーちゃんを抱く腕に力を込めた。
胸の奥が、またあの嫌な熱を帯びる。
理不尽の匂い。
壊されたものの匂い。
誰かの大事なものが、雑に砕かれて、道具みたいに使われている匂い。
腹の底が、ぐらりと煮えた。
「……ふうん」
わたしは静かに言った。
「そんなこと、させない」
ぴーちゃんが、わたしの胸元から顔を上げる。
まだ雛なのに、その目だけは妙に澄んでいた。
――ママ
――おこってる?
「うん」
わたしは笑った。
でも、たぶん目は笑っていなかったと思う。
「だってさ。きらきらを、かなしくするなんて、最低じゃん」
ぴーちゃんは、じっとわたしを見つめて、それからそっと頬を寄せてきた。
――だいじょうぶ
――ぴーちゃんとママで、もどす
その一言で、胸の奥の熱が、まっすぐな火に変わった。
「うん」
わたしは、小さな青い雛を抱きしめたまま、森の奥を見た。
「取り返しにいこうか」
草の上にはもう、黒いものは残っていない。
けれど、この世界のどこかには、まだ“くらくされて、かなしくされてるきらきら”が無数に散っている。
そして、なぜだろう。
そのことを思うと、悲しいはずなのに、同時に妙な確信もあった。
わたしは、ずっとこれを探していた気がする。
ぴーちゃんもまた、ずっとこれを知っていた気がする。
言葉になる前の約束みたいなものが、風の向こうで、かすかに響いていた。
次回
コ・ラムとぴーちゃん 第6話| 夢のなかのスイートピー
制作メモ
本作は、作者が構想・本文を執筆し、AIを壁打ち・査読・ネーミング・ビジュアル制作補助として活用しています。最終的な内容と表現の責任は作者にあります。
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