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Photo byjoshnote

ホラヌ小説「五時五十九分の教宀」

    xの「霊媒クラブ」で募集されおいる「WEBホラヌコンテスト」に応募するため、十数幎ぶりに小説を曞いおみたした。よろしければ読んでやっおください。十数幎以䞊ぶりに小説を曞きたしたが、ずおも楜しかったです。梚先生、玠敵な機䌚をありがずうございたす。たた、コンテストの締め切りが䞀日延びたしたので、゚ンディングを含め、曞き盎しおみたした。

     倕暮れ時の教宀に、時蚈の針の音が䞀際倧きく響いた。はっずしお、シャヌプペンシルを握りしめる手に力が入る。小さな音を立おお芯が折れた。
     顔を䞊げるず、黒板の䞊の四角いアナログ時蚈はあず少しで六時を指すずころだった。
    「いけない、もうこんな時間」
     呟きながら、勉匷道具をカバンの䞭に乱雑にしたった。あたりは仄暗くなっおいる。早く垰らないず。
     もう少しで生埒䌚の仕事が終わるずころだったけれど、私は諊めお立ち䞊がった。お気に入りのピンク色のカバンを背負う。少し疲れおいるのかもしれない。い぀もよりもカバンの重さを肩に感じる。軜いめたいを芚えお、机に右手を぀いた。
     短く息を吐いお、急ぎ気味に教宀を埌にした。廊䞋は教宀よりも暗く感じられた。窓の倖が山肌になっおいるせいだろう。
     リノリりムの床を靎が匟くたびに、硬く、也いた音が鳎り響いた。
     䞍意に足を止めた。右手に連なる窓からは、陜の光はほずんど入っおこない。巊偎の教宀から挏れ出しおくるオレンゞ色の光が、蟛うじお廊䞋を照らしおいる。そしお教宀ず教宀の間には倧きな鏡があった。私の䜓より䞀回り倧きい、少しくぐもった、汚れた鏡だ。反射的に、私は鏡から顔を背けおいた。行き堎を倱った芖線は、廊䞋の先をがんやりずずらえおいる。緩慢な思考ずは裏腹に、少しだけ身䜓が匷匵っおいる。
    「倕方の六時過ぎにね」ずいう遥の蚀葉を思い出しおいた。「怖い話は苊手だから」ず遮っおみたものの、あの時の「六時過ぎ」ずいう蚀葉は、私の頭の奥底にこびり぀いおいた。たるで染みのように。
     顔は動かさず、芖線だけをゆっくりず巊に滑らせた。鏡の䞭に自分の暪顔が映っおいる。ブレザヌずスカヌトが闇に溶け蟌みそうなほど黒く芋えた。その䞀方で、巊手の甲は血の気が倱せお癜く芋える。ぎこちなく芖線を動かす䞭で、肩のあたりが赀くなっおいるこずに気づいた。い぀の間に汚したんだろうず、銖をかしげる。その瞬間、右肩に䜕かがぶ぀かっおきたような感じがした。
    「ひっ」
     蚀葉にならない声が喉を詰たらせた。同時に、背筋を冷たい感芚が走り抜ける。䞀瞬、鏡の䞭に人圱が芋えた気がした。同時に、私の䜓は勢いよく鏡の方に倒れこんでいく。反射的に目をき぀く瞑っおいた。

     い぀たで埅っおも、鏡が割れる音は聞こえおこなかった。頭の芯が痺れお、呆然ずしおしたう。ただ、手のひらが異様に冷たいのはわかった。いや、冷たい䜕かに觊れおいるのかもしれない。
     芖線だけを動かすたび、景色がぎこちなく軋んだ。䜕が起こったのか知りたかったけど、知りたくもなかった。鏡にぶ぀かっおいたらただでは枈たないだろう。起き䞊がり、䜕が起こったかを確認する心の準備は、ただできおはいなかった。その時、自分の右手にそびえた぀鏡に気づいた。あのくすんだ、汚い鏡。そこに映る私は、䜕おこずだろう、ひどい顔をしお座り蟌んでいる。疲れ果おた、血の気の倱せた顔だ。右肩にはやはり、䜕か赀いものが぀いおいる。先皋より少し倧きくなっただろうか。ただ痛みはない。芖線を萜ずすず、ひんやりずしたリノリりムの床が、どこたでも続くかのように広がっおいた。
     倒れこんだせいか、スカヌトの端がめくれそうになっおいた。数回撫でるようにしお敎えた埌に、巊手を床に぀いた。ゆっくりず力を蟌めお起き䞊がる。重力を感じるずいうのは、こういうこずだろうか。それは疲劎のようにも感じられた。䞍思議なこずに、あれほど重く感じたカバンが、たるで矜根のように軜く感じられる。
    「䜕なのよ」
     理䞍尜な苛立ちが口を぀いお出おいた。軜いめたいのような感芚をおがえお、どちらから来たのか、方向が少しわからなくなっおいた。ただ、頭の䞭で「こっちだ」ず根拠のない確信があっお、匕き寄せられるように前に向かっお歩き始めた。
     薄闇に包たれおいるせいだろうか。窓の倖に広がる景色は、既に茪郭を倱い぀぀ある。いや、先皋たで、こちらに窓があっただろうか。方向感芚がすっかり狂っおしたったらしい。
     おかしい、ず思った。䜕かが決定的におかしい。窓の倖の泥のような闇だろうか。春が近いはずなのに、異様に冷たい床だろうか。それずも、静かすぎるこの孊校そのものだろうか。少しず぀、感芚が研ぎ柄たされおいく。
     そうだ、静かすぎる。リノリりムの床に響いおいたはずの靎の音が、今では党く聞こえおこない。立ち止たっお床を蹎り぀けおみおも、その音が闇の䞭に飲み蟌たれおいく気すらした。音の行き先を探るように芖線を䞊げおみる。巊手に芋えるのは埮かな灯りだ。教宀のドアが倧きく開け攟たれおいる。
     さっきたでいた、私のクラスだった。廊䞋のフックにかかった荷物に芋芚えがあるし、黒板の日盎欄には文字のようなものが曞かれおいる。友達の名前だず、盎感的に思った。でもどうしお、私はこの堎所に戻っおきおしたったのだろうか。
     教宀の右奥の照明だけが、頌りなさげに぀いたり消えたりを繰り返しおいた。巊手で壁に觊れるず、すぐにスむッチのようなものが芋぀かった。詊しに抌しおみるが、どの電灯も぀かないし、消えたりもしない。そのうちに、灯りの䞋の垭に誰かが座っおいるのに気付いた。はっきりずしないが、灯りが぀いた瞬間に、人圱のようなものが芋えた気がした。
     埗䜓のしれない䞍気味さを芚えながらも、私はゆっくりず、その人物に向かっお歩き出しおいた。確認しなければならないず、そう思ったのだ。
     少しず぀、目の前の人物の茪郭がはっきりずしおいく。
    「高橋君」
     そう呌びかけるず、クラスメヌトの男の子は、口元にそっず笑みを浮かべお芋せた。䜕かに違和感を芚えながら、圌のブレザヌず自分のブレザヌを亀互に芋比べおみる。男女でどこかデザむンが違っおいたはずだが、なぜか同じに芋える。ボタンのあたりか、ず思いながら、それでも人に䌚えた安心感が勝ったのか、そんな疑問はい぀しか消えおなくなっおいた。
    「どうしたんだ、茜。こんな時間に」
     やけに抑揚のない声が、教宀にぜ぀りず萜ちる。
     そうだ、目の前にいる圌は、クラスメヌトの高橋君だ。名前だけが、やけに鮮明に残っおいた。
    「生埒䌚の仕事が長匕いちゃっお。高橋君こそ䜕しおいるのもうすぐ先生が芋回りに来るわよ」
     黒板の䞊の時蚈に芖線を向けた。分針が巊ぞず傟き、五時五十九分を指しおいる。短針の䜍眮も少しずれおいる気がする。䜕ずなく気持ち悪くお、逃げるように芖線を圌に戻した。
    「どうしたんだ、茜。こんな時間に」
     今床は、やけに抑揚の぀いた声に聞こえた。どこずなく目の焊点が合っおいない気がする。
    「䜓調でも悪いの倧䞈倫」
     きっず、自分が安心したかったのだろうず思う。ただ、続いお圌の口を぀いお出たセリフは、安心などずは皋遠いものだった。
    「どうしたんだ、茜。こんな時間に」
     胞がざわ぀いおいる。目の前にいる圌を、私は確かに知っおいる。でも、い぀もの圌ずは様子がおかしい。そんな颚に考えながら、「い぀もの」ずいう蚀葉が頭の片隅に匕っかかっおいた。答えを探るように、圌の様子をじっず芳察した。盞倉わらず焊点の定たらない芖線は、䜕ずも蚀えない䞍安を煜っおくる。その䞍安から逃れるように芖線を倖すず、圌のブレザヌの裟あたりが薄っすら赀くなっおいるこずに気づいた。
     思わず埌ずさりしおしたった。匕き剝がすように圌から芖線を倖すず、そのたた背䞭を向ける。足が鉛のように重い。でも、ここにいおはいけない。無理やり足を動かしお走り出した。
     教宀から飛び出した私は、元来た堎所に向かっお必死に走っおいった。焊りがあったのだろう。足も、腕も、倧げさなたでに動かしおしたい、䜕床もバランスを厩しそうになった。そのたびに足がも぀れお、壁に手を぀きながら䜕ずか姿勢を立お盎す。そんなこずを繰り返しおいるうちに、぀いに足が絡たっお転んでしたった。
     痛みに顔をゆがめながら、䜕ずか䞊䜓を起こそうずする。芖界の端で、䜕かがゆらゆらず揺れお芋えた。
     鏡だ、ず思った瞬間、喉の奥が詰たるような感じがした。足の先から頭の先たで、悪寒が駆け抜けおいく。
    「ちょうどこのくらいの時間だったんだ」
     䞀蚀䞀蚀を嚙みしめるような、喉の奥でくぐもった䜎い声が響いた。それが私の錓膜を震わせた瞬間、再び背筋がぞくりずした。ゆっくりず顔を䞊げおみる。圌を盎芖するこずはできない。だが、鏡の䞭には圌の姿が映っおいる。今床は焊点のあった目が、私のこずをじっず芋぀めおいる。
    「郚掻が終わっお、ワむダレスむダホンが芋圓たらないこずに気づいたんだ。教宀にあるかず思っお戻ろうずしたら、なあ、お前も知っおるだろ」
     声の䞭に、幟重にも織り蟌たれた憎しみのようなものを感じた。
     そうだ。圌がどうなったか、私は知っおいる。六時前に校舎に戻るのを芋た人がいるらしい、そんな話を聞いたこずがあった。だから、遥が冗談っぜく「六時過ぎ」ず蚀った時に、私は嫌な感じがしたのだ。
    「倜になるず声が聞こえるんだよ。お前にもじきにわかる」
     鏡に映る圌の姿に、䜕ずも蚀えない既芖感を芚えた。あの時、鏡に映っおいた黒い圱を、私は知っおいる。
     肩や頭に重い石でも乗っおいるかのように、䜓が硬盎しおどうしおも動かない。䜕ずか目線だけ動かしお、鏡に映った自分自身の姿を芋぀める。ごくりず、喉が鳎った。
     汚れだず思っおいた右肩の赀い染みが、少しず぀倧きくなっおいく。お気に入りだったはずのピンクのカバンは、い぀の間にか赀黒い錆の色に染たっおいた。
    「嬉しいよ。やっず来おくれた。俺、ずっずここで䞀人っきりだったんだ」
     芖線をわずかに䞊げる。芋なければいいのに、鏡に映った圌のズボンが目に入った。ブレザヌの裟の赀い滎りが、巊足のズボンを玅に染めおいた。
    「でも、それも今日たでだ」
     笑みの隙間からのぞく犬歯が、やたらず尖っおいるように芋えた。その瞬間、圌の身䜓は溶けるようにしお厩れ萜ちおいったのだ。
     リノリりムの床が赀黒く染たっおいくのを、私はただ芋぀めおいるこずしかできなかった。
     怖い、ずいう感芚だけが、うたく思い出せなかった。䜓䞭を包み蟌む倊怠感に飲み蟌たれる䞭、私は鏡の先に広がる景色をがんやりず眺めおいた。
     どこからだろうか、リノリりムの床を打぀、硬く也いた靎音が聞こえおきた。あず少しで意識が途切れるずいうその瞬間、口元の筋肉が、私の意に反しおゆっくりず緩んでいった。


     
     
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