
【掌編小説】「いいね」
今日のコーヒーは薄い。蒸らす時間が短すぎた。マグカップを片手にスマートフォンを立ち上げる。まずは、右上のハートマークを押す。
投稿を表示させ、ハートマークが漂うアクティビティボタンを押す。「いいね」してくれた人たちの一覧が表示されていく。
よかった。みんな見てくれてた。
あおはるさん。今日も見てくれてるな。最新の投稿に「いいね」を押す。赤いハートが弾ける。
みーさんも、カナミンさんも。
今日もみんなの「いいね」が眩しい。
ブー、ブー、ブー。
ストーリーを消化しているとスマートフォンのアラームが鳴る。そうだ。今日ははるちゃんとお出かけの日だ。慌てて準備をする。
「はるちゃんーお待たせー」
「あやねちゃん!」
前髪をいじっていたはるちゃんがスマートフォンから目を離してこちらをみる。
両手を前にして繋いだ。はるちゃんはぴょんぴょん跳ねる。
「今日はどこいくんだっけ?」
「んっとね。ちょっと待って」
はるちゃんはバッグをごそごそと探す。
「ここ!この前行った時めっちゃよかったの」
スマートフォンを取り出したはるちゃんはGoogleマップでカフェの画面をこちらに向ける。
見覚えがある気がする。どこで見たのかはわからない。
「えー、いいね!早く行こうよ」
はるちゃんが選んでくれたカフェは駅から歩いて10分のところにあった。カウンターで手短に注文を済ませて小さな椅子に腰掛ける。
「暑いね、まだ五月だよ」
はるちゃんは青い蝶柄のハンカチをバサバサとさせている。
「本当に暑いよね、電気代も高いのに」
私もハンカチを取り出す。
ピコン。ピコン。
はるちゃんは画面をちらっと見てから、スマートフォンを伏せてキャラメルマキアートをすする。
「にしても、このカフェ雰囲気いいね!」
「でしょ?店内のコンセプトいいよね。コンクリート!って感じの」
「うんうん。最近韓国系のカフェ増えたよね」
「というか、写真撮ってない!」
パシャッ!
天井のミラーに向かってツーショットを撮る。
「ありがとう!写真送っといてー」
「おっけー」
ピコン
スマートフォンが鳴る。LINEで写真を確認する。
「ありがとう!」
もらった写真をそのままストーリーズで投稿する。コロンと音を立ててアイスコーヒーの氷が崩れた。
お手洗いに行ったはるちゃんを待つ。スマートフォンを取り出しいいねを確認する。たくさんスヌーズして気になっていたところだ。
みーさんは反応が早い。たぬたぬさん今日はいいね返してくれている。いっぱいいいねしておこっと。
たくさんいいねの付く投稿はお礼も捗る。
あおはるさんは新しい投稿ないな。投稿を軽くスクロールする。
私たちのいるカフェの投稿が見える。
あ、ここのカフェじゃん。あおはるさんもこのカフェ来てたんだ。机に映るハンカチもはるちゃんと同じ柄だ。
赤いハートを押す。一度押した『いいね』を、もう一度押して白紙に戻す。それから、もう一度ハートマークを押した。赤いハートが弾ける。
ピコン。
「あ。また来た」
戻ってきたはるちゃんは、通知を見た瞬間だけ口元を消した。
「この人、通知鳴らしたいのかな」
そう言って、スマートフォンを伏せる。
キャラメルマキアートの氷がゆっくり沈んだ。