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私の股関節は2度笑う 

    「まだ若いのにね」
    医師の容赦ない一言から始まった、私の変形性股関節。
    大根1本持てない激痛の末に私が選んだのは、骨を切り落とし左右の足にチタンを埋め込む「人工股関節置換術」へのアップデート。
    本作は、絶望の痛みから這い上がり、人工股関節ジャーナリストとして「1ミリでも楽しく生ききる」ことを決意した、涙と爆笑のサイボーグ化ドキュメンタリーエッセイです。
    私の股関節は2度笑う。一度目は、軟骨が消え去り理不尽な運命に、乾いた笑いを漏らした人工股関節置換術。二度目は、両足キカイダーになるまでの天然と人工の2足わらじの相棒と共に歩んだ2年間のアンバランス生活。
    股関節の痛みに立ち止まるすべての人に、「人生山あり、谷あり、人工股関節あり、最期は笑って大往生」をお届けます。 
    それでは皆さま、Have a nice bone! 

    第1章:すべては、「足首のむくみ」から始まった


    私の股関節は、ある日突然、顔が歪むというほど痛かったというと実はそうではなく、なぜか遥か遠く離れた「足首のむくみ」という、斜め上のサインから幕を開けでした。

    なんとなく、右足首が浮腫むな〜と感じ始めたのは遡ること5年前。
    朝、すっと履けていたパンプスが、夕方になるときつくなる、というのは
    よくあることですが、私の場合は、右足だけというミステリアスな浮腫み。

    普段が健康な分、ちょっとした体の不調を感じると不安になるビビリアンな骨子。

    「もしかして心筋梗塞の前触れ?それとも脳梗塞の前触れ?」
    両親が見事にかかったこの病気。
    そして、自身も幼い時に幼児の心筋梗塞といわれる川崎病。

    遺伝的に血管が、虚弱体質間違いなしの私は、
    すぐさま文明の利器(スマホ)を手に取り、検索窓に「足首 むくみ」。

    ググれば不安増大とわかっちゃいるけど、やめられないとまらない。

    あえて最悪の症状を、探そう探そうとする自分がいましたら。

    「足首のむくみ 原因」
    「足首 むくみ 病気」

    検索すると、出てくる、出てくる不安を増幅させるような病状の羅列。

    エコノミークラス症候群
    心不全
    腎不全
    静脈瘤
    リンパ浮腫
    。。。。

    病名の多くが、
    血液の滞り、つまり心臓に関係する病気が多く、

    どのネット記事も締めの言葉は、

    放っておかずに病院に行きましょう
    裏に隠れた重い病気のサインかも!?

    以前、某テレビ番組
    「たけしの本当は怖い家庭の医学」
    の「病魔は確実に忍びよってきたのでした」のフレーズが
    頭をすーっと横切りました。

    びびりまくって数日後、循環器内科を受診。

    狭心症でステント手術をし、その後定期検診をしている、いや、していた(今はあの世に住民票を移している)父もお世話になった
    初老の上品なおじいちゃん先生。

    「しぇんしぇい(先生)、足がむくむんです。しかも右足だけ。
    もしかして心臓の病気でしょうか。ウジウジ」

    そこで改めて別日に
    心電図
    運動負荷心電図検査
    MR検査をすることに。


    結果は
    先生:「骨子さん。検査の結果、心臓は異常ありませんよ。ピチピチしてます」

    (ピチピチ。)

    心臓はピチピチ。
    でも足は象。
    しかも右足だけ。

    私:「良かった。でもなぜ右足だけなんでしょうか?」

    先生:「んーー。なぜ右足だけかは分からないな〜。しばらく様子を見て気になるようなら他の科も受診してみようか」

    まさかの、原因不明のまま強制終了。

    私は、ピチピチに元気な心臓と、象の足首を抱えたまま、狐につままれたような気分で病院を後にします。

    しかし、その時すでに病魔は確実に股関節に忍びよっていたのでした


    第2章:3つの病院から突きつけられたのは全て「はい、いずれ、あなたの足は人工関節ね!」【初期】


    「なにそれ」から始まるファースト・オピニオン

    マグロのようにピチピチな心臓。

    夕方になると靴下の跡がアンクレットのように見える右足首。

    そして、次第に椅子から立ち上がる時にチクと電流のような股関節の痛み。

    「なんとなく股関節がチクっとする、、、かな。でも、気のせいかも」
    とやり過ごしていました。

    そのうち、気づけば、立ち上がる度にチクチク。
    痛みで力が入らないためガクっと体勢が崩れることも頻繁に起こるように。

    でも、この頃の私は、
    まだ自分の何が起こっているのか全く気が付きませんでした。

    人間、不安や原因不明の症状に直面すると、脳が勝手に「ちょっとした疲れ」という名のオブラートで現実を包み隠そうとするもの。

    結果として、私はその痛みを誤魔化すための「骨子オリジナル民間療法(ただの奇行)」を開発。

    その名も、「会議中のボールペン・グリグリ・メソッド」。

    会議中、聞いているふりして、ボールペンの頭(丸い方)を、チノパンの上から股関節の痛みの芯に向けて、力任せにギューーーッ

    めっちゃイタ気持ちいい〜!!!

    味を占めた私は、会議中や仕事中も、グリグリの強度を加速。
    右手でペンを握り、全体重を乗せるようにして、股関節の奥の「謎のコリ」をグリグリ。

    顔は「今期のネットからの問い合わせをいかに加速させるか考察しているマーケター」のそれだが、机の下では、自分の股関節を文房具で拷問し続けるサイコパスと化しているただの変態。

    ふと視線を感じて顔を上げると、向かいの席の同僚が、妙なモノを見る目で私を見ていた。

    「骨子さん、体が前後に揺れてますね」

    私 「あはははは、そう?」

    しかし悲しいかな、文房具による一時しのぎは、
    それからほどなくして限界を迎えることに。。。

    「自信をもって言える。絶対、私の足おかしい!」

    私はついに、
    「循環器内科」から「整形外科」の門をコツコツと叩きました。

    人工股関節手術3年前の秋のことでした。

    「骨子さーん、診察室へどうぞ」

    呼ばれて入った診察室。
    そこにいたのは、循環器内科のドクターと同じ白髪で上品なすこぶるタートルネックが似合う初老のドクター。

    これまでの経緯と、ボールペンでグリグリすると気持ちいいことを伝えると、
    「まずはレントゲンを撮ってみましょう」。

    ひんやりとしたレントゲン室で、何枚か撮影を終え、再び診察室に。
    モニターには、私の骨盤のモノクロ写真。

    「骨子さん、本来、骨盤の受け皿と、大腿骨の頭の間には、軟骨の『すき間』が綺麗に空いているのが分かりますか?左足の方はまだ少しありますよね? でも、右足を見てください。隙間がほとんどない。これは、変形性股関節症ですね。」

    変形。。。
    不気味な言葉。

    そして、次にドクターは追い打ちをかけるように、さらりと私の未来の預言を宣告。

    「骨子さん、あなた何歳?え、49歳?
    49歳か。若いけど、いづれは人工関節だね……」

    ジ・ン・コ・ウ、コ・カ・ン・セツ。

    (え? 人工。。。天然の骨を切り落として、体に金属の股関節を入れる。。なんだそれ。。SFの世界。 私はシュワちゃんになるのか。。)

    私の心の動揺を露とも知らず、先生は淡々と
    「念のため大きな病院でMR検査受けて下さいね。紹介状書きますから。それから痛み止めの薬と湿布を出しておきますね」

    「はぁ・・」

    渡された紹介状を握りしめながら、変形性股関節症に人工股関節手術と何度も何度も心の中でイスラムのコーランのように唱えながら家路に。

    私が手術?しかも体の中に金属をいれる手術??

    この日を境に、私は最初のドクターから下された「いづれ人工股関節ね」を全力で拒絶し、暗黒の「あがき期」へと突入していくことになります。

    すんなりと人工股関節を受け入れられないのは、
    もちろん、【手術への怖さ】もありますが、
    ドクターの【若いのに】という言葉は、なんどもなんども状況を飲み込もうとするも。喉にひっかかった魚の小骨のようにひっかかります。

    なぜ40代の私が「おばあちゃん」みたいな病気になって、
    パーツ交換なんてしなきゃいけないのか・・・

    自分の体が、40代で「不良品」だと烙印を押されて、人生ゲームから一人だけ車から降ろされるような置いてけぼり感。

    いろんな感情が入り混じった「いづれは人工股関節ね」。

    「まずは、手術をしなくても済むように自力でなんとかしてみよう!
    セカンドオピニオンも大事っていうしもしかして、人工関節を入れなくて済む方法があるかも!!」

    そこから、科学的根拠ゼロ・執念100%の骨子の無謀で孤独な悪あがき期がスタートします。

    第3章:痛いの痛いの飛んでいけ!私が繰り広げた、涙と整体通いの悪あがき〜奇跡を信じた暗黒期〜【中期】

    「まずは自分で治してみよう。なんでもまずは自力で!」

    私の相棒となったのは、相変わらずの「ボールペングリグリ」。

    前章で開発した会議中のグリグリ・メソッドは、もはや日常のルーティンへと昇格。

    デスクワーク中はもちろん、テレビを見ている時も、なんならちょっとした移動中も、私の右手には常にボールペン。

    痛みの芯へ向かって、ペンの頭をギチギチとねじ込む。
    強い力でギチギチすればするほど、
    イタ気持ち〜ぃぃぃ!!

    同時にチノパンの右ポケット付近だけが、謎の円形に色落ち。。。

    でも悲しいかな、ボールペンは一瞬痛みを忘れさせてくれるだけ。
    5歩ほど歩くと再びアイタタタ。

    立ち上がりの痛みもひどくなってきました。
    立ち上がってしまえばこっちのもので痛みは収まるものの、
    立ち上がりはいつも生まれたての子牛のように、よろよろ。

    時々起こる膝のピリピリと針を刺すような痛もありました。

    足首の浮腫みと痛みにはじまり、
    膝、股関節と徐々に上に上に痛みが
    股関節に集中していく感じ。

    そして、自分でも気がつかなかったのですが、
    歩き方がやや大股だと周りから言われ始めました。
    立ち姿も仁王立ちのように肩幅よりも広い状態。

    確かに足を閉じた状態で立っているよりも仁王立ちの方が楽。
    こういった足の症状の進行に応じて、立ち方も姿勢も変化していきました。

    立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は仁王立ち

    「もっと、こう……ガツンと奥まで効くのはないかな」

    色々と家の中を物色してみると、救急箱の最奥から、低周波治療器を発見。

    「これだ!」

    救世主を見つけた喜びで震えながら、からまったコードをほぐしていった先に見えたのは汚ったない「粘着パッド」。

    長年の経年劣化でジェル部分は、完全に干からび、
    部屋の隅のホコリや謎の繊維がくっつきホコリまみれ。。。
    触ると、ベタベタというよりは、妙にネチャネチャしている。

    普通ならここでゴミ箱行きだが、当時の私はアドレナリンが出まくっている。
    「背に腹は変えられん! ホコリごと、いくわよ!」

    私はそのネチャつくパッドを、右股関節にペチャ!
    そして、一刻も早く痛みを消し去りたい一心で、出力ダイヤルを、躊躇(ちゅうちょ)なく「強度マックス」まで一気に回した。

    「ぶ、ぶ、ぶぶぶぶぶぶぶぶ!!!!!」

    強度マックスの低周波は、リラクゼーションの域を軽〜く超えた「電気ショック」。
    股関節周辺の筋肉が、私の意志とは1ミリも関係なく、強烈に収縮。
    前太ももが勝手にマリオネットのようにビクンビクン。

    びっくりしたな〜もう〜。慌ててスイッチ・オフ。。。

    無謀な動きをするエレクトロニックは、震えている時だけ気持ちよく、スイッチをきると再び現実的な痛みがむくりと頭をもたげる。。。
    数回チャレンジして、静かにまた救急箱に。。

    次に私が目をつけたのは「お灸(きゅう)」

    股関節の付け根にポチッと乗せると、じわじわと煙が立ち上る。

    「じんわり温かくて気持ちい……

    ・・・あっつっ!!」

    最初は心地よかった熱が、ある一線を超えた瞬間、 熱いのか 痛いのか どっちか分からない鋭い痛み。

    急いで、お灸をむしり取ると、見事なまでの根性焼き。

    股関節の痛みを取るために、わざわざ太ももの皮膚に新たな火傷の痛みを上書きするという、本末転倒なセルフケア。

    セルフケアの限界を悟った私は、ついにプロの力を頼ることに。
    次にチャレンジしたのは
    整体院。

    「あー、骨子さん、体の中心が歪んでますね。筋肉をほぐしていきましょう。」と言われ、歪みを直せばこの痛みも少し収まるかとしばらく通うことに。」

    爽やかな笑顔の整体師の言葉に、私の曇りきった心はパッ。 

    藁を掴むどころか、大金を掴ませる勢いで高額な回数券を握りしめ、
    ベッドに。

    20分のモミモミ施術直後は、なんとなく体が軽くなったような気がして、帰り道は少しだけ胸を張って歩けました。

    しかし、翌日になると再び「ピキッ」と鋭い痛み。

    結局、いくらバキバキ鳴らそうが、いくら筋肉をほぐそうが、股関節の痛みはうんともすんともなくならない。。

    むしろ、通えば通うほど、お財布の残高だけが綺麗に「断捨離」されてすり減っていく始末。

    お灸で焦げた太ももの皮膚。
    低周波で痙攣した筋肉。
    整体に貢いだ数万円のレシート。

    鏡に映る私の歩き方は、どこからどう見ても、さらにヨボヨボ感を増していきましたとさ。

    第4章:ついに『大根1本』に負けた・・・〜限界突破の末期症状〜【末期】

    「自力で治すしてみせる!」とプライドをもってしても、現実は非情。
    いよいよ病状は、誰の目から見ても、あ、あの人足が痛いのね、と分かる「末期」状態に突入しました。

    人間の体は、悲しいかな、願望だけでは動きません。
    私の股関節の軟骨は、復活するどころか、日々きれいに、確実に、サイナラ!サイナラ!サイナラ〜!と手を振りながら削れていきました。

    いよいよ病状は「末期」という名の最終ステージへ突入。

    この頃になると、朝、ベッドから起き上がるだけで股関節にズキっとした痛み。
    ズボンに足を通す時は、いろんな体勢をクネクネととりながら痛くない奇跡のポジション探し。

    車通勤の私にとっては、自力では痛みで足が持ち上がらず、よっこらしょと太ももを掴み、荷物のように外へ引っ張り出す。
    そんなもたもたを会社の駐車場で繰り広げているせいで、早く会社には早くついているのに、なぜかオフィスには遅刻ギリギリのチェックイン。


    それでも私は、 「痛いけど、まだ歩ける。まだ、自分の足だ」 と、もはや何と戦っているのか分からない意地だけで、ギリギリの生活を維持していました。

    そんなある日。

    スーパーの野菜コーナーで先月まで298円だった大根がなんと128円に!なっているのを発見。
    【お買い得!】というポップにひかれて左手で太くて短い瑞々しい大根を持ち上げた瞬間、右の股関節がズキっ。

    うそ。。

    その瞬間、
    「あぁ、もういいや。頑張るの、やめよう」

    これまでずっと私を縛り付けていた
    「まだ若いのに手術なんて」
    「自力で治さなきゃ、女がすたる」という、変なプライドが、たった1本の大根の重みによってきれいに消滅。

    「これ以上あがいたところで、待っているのは、
    次は、バナナやごぼうを持っても痛くなるかも知れない。」

    第5章: 魔女の爪と、お正月気分のカウントダウン

    大根1本に完敗、白旗を掲げ、3度目の正直で訪れた病院で人工股関節手術を決心。

    最初の病院で「いづれ人工股関節ね」宣告を受けるのも聞く耳持たず、
    自力で治そうと意気込んでから3年目でした。
    その間にセカンドオピニオンで訪れた病院も「やっぱり人工股関節手術」宣告。
    こちらは、リハビリを含めた3か月入院で、家を3か月も空けるのは無理という言い訳で断念。

    そして、大根事件。
    完全に意地とプライドがズタボロ。

    3度目に訪れた病院では、「先生お願いだから手術してください。しかも出来るだけ早く」と最初のドクターが聞いたらきっと
    「だからいわんこっちゃない。」と呆れたはず。

    普通は、手術が近づくにつれて
    「怖い。」
    「失敗したらどうしよう」
    「本当に歩けるの?」と不安になるものですが、
    私の場合は、もうい〜くつ寝ると〜とお正月気分。

    それほど、末期の痛みは辛いもので、早くこの痛みから解放されたい一心で
    手術日を指折り数えていました。

    今、振り返ると、日常生活の至るところで支障が出てきました。

    入院直前の頃には、自分の体ですら痛みで支えられず杖使用。
    股関節をガシっと股関節サポーターできつくきつくきつ〜く巻いて縛り上げないと痛くて歩けない。

    羽毛布団の重みで夜中痛みで目が覚め、
    寝返りも打てず、夜明けを迎えて寝不足状態。

    痛みで前屈出来ず、爪切りが切れない。
    結果爪出伸び放題
    靴下が履けない、ズボンも履けない
    ないない尽くしの末期。

    「骨子さん、それでは手術室に向かいましょうか」
    手術朝、勢いよくカーテンをあけた看護婦さん。

    (ようやくこの痛みから解放される。。。天然の股関節で歩くのもこれが最後ね)
    股関節が動かない為、ゆっさゆっさ肩を大きく左右に揺らすペンギン歩きをしながら手術室にへ向かいました。

    さらば、私のポンコツな天然股関節!
    いよいよ、人生最大の肉体アップデートの幕が上がります。











     
     
    変形性股関節症で「将来は人工股関節」と言われ、びびって石の上にも3年我慢 ついに痛みの強さに負けて人工関節手術。 同じ股関節の痛みを持つ人に痛みを鼻息で吹き飛ばせるよう執筆中

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