
オッス! オレはオッサン! 1 「おしゃれ魂に火がついて」
タイトルの通りであれなんだけども、
ども、オッサンです。
地方に住む40代です。
「#身体についてのひとりごと」というテーマをいただいちゃったので投稿します。
いや、いただいちゃったっつうか、通貨はドルが好きなんだよ~。円安いし。
いやいや、つうか自分で選んだんだけどよ。
いただいちゃったって言うと、なんか特別感が出るよね。
まあオッサンだからさ、
育児してるのよ。
あ、これはオッサン関係ないやね。
保育園の参観日とか行くと、
ひと回り若い親たちばっかりでさ、
異物感丸出しなのよ。
それに服装もまるで違うじゃない。
ま、世代が違うから当然かもしれないけどさ、一際目立つオッサンになっちゃうのよ。
おまけにファッションなんか15年くらい気にしたことなかったから、野暮ったいことこの上なし。
極上の野暮ったさ。
じゃがいもカウボーイって感じだったよ。
今はピタっとした服よりも、ゆるい服が主流なんだよね。
動きやすさ重視。
コスパやタイパが叫ばれる時代っぽいのかもしれないね。
ユニクロや無印良品で全身固めたオレは無個性なオッサン。
服には何も求めない。
ただ無難であればいい。
着心地も求めない。
いつしかそんなポリシーで服を選ぶようになっていた。
保育園は子ども主役だから、オッサンなんて誰も気にかけないんだけど、火がついちゃったよね。
ケツに。
じゃなくて、
おしゃれ魂に。
子どものために、もっと身なりに気を使おうって。
ファッションが好きだった、若かりし日々を思い出した。
あの数年間。
みじか!
でも平均的な長さかもしれない。
一般的な男性が服に興味を向けるのは学生から社会人2、3年目までの間くらいじゃないのか。
たまにおしゃれなオッサンを見かけるが、ほんの一握り。
無難なファッションというものにほとんどの人が吸い寄せられて行く。
つまり安くて、気軽に買えて、トレンドもしっかり押さえているファストファッションな。
こないだ、フリマサイト見てたら、
安いのよ、服が。
昔流行ったブランドが今や投げ売りされている。
定価数万円の服が数千円、9割引きでも売れずに残っている。
流行の無慈悲さ、浅ましさというか、ファッション業界の栄枯盛衰、平家物語感がえげつないのよ。
ガッチリとファン、というか信者がついているコムデギャルソンやヨージヤマモト、アンダーカバー、マルジェラやラグジュアリーブランドは例外ね。
よく探せば、新品みたいな服が結構売られている。
見た感じ、10年以上前の服がよく市場に出ている様子。
ブランドのタグに詳しくなくても、洗濯表示記号を見れば古いかどうかが分かる。
2016年12月以前のもの(洗濯表示記号が日本語)が多めの印象。
10年前は昔と言えば昔だけど、
日常着のデザインはそうそう大きくは変わらない。
特にベーシックなシャツなんか、どのメーカーも定番と流行を追ったものの2種類をだいたい作っているよね。
断捨離、
サイズアウト(要するに中年太り)、
買ったものの着る機会がなかった、
など出品の理由は様々。
なので、状態のいい服がゴロゴロしている。
服一つとってもその人の人生のドラマがあるよね。
いや、オッサンなんだけどさ、
腹は出てないんだよね。
中年太りっていうじゃない?
無縁。
20代の服、未だに着れるからね。
オホン、じゃなくてエヘン。
自転車通勤で山登りが趣味だからさ。
オッサンはブリティッシュ・トラッドが好きなもんで、これはフリマサイトと相性が良かった。
というのも、10年前の服でもサイズ感があまり変わらない。
これがストリートファッションのブランドだと、10年前の服はタイトめのものが多くて、今の服と合わせづらい。
古い服を無理して着ている、昔のオッサンになってしまう。
オッサンの好きなブランドは新品だと高いので、手が出ない。
フリマサイトで売られている状態のいい古着で十分。
30歳過ぎたら人間も古着みたいなもんだからさ、新品にこだわる必要なんてないのよ。
オシャレ魂に火がついて感じたことがあるんだけどさ、もうちっと読んでくれるかい?
よく「自分に似合う服」って言うけれど、
なんで服が上位なん?
人より服が偉いことになってまうやん。
雑誌の情報に踊らされてない?
服は人が作るもんで、突き詰めて考えたら、
単なる布地と糸の集合体やで。
なんで人間が服に選ばれなあかんの?
着たい服を着ている人間が一番かっこええやろ!
DJ KOOさんだって、いつも変な服着てるけど、
堂々としてるから似合ってるように見えるだけで、
やっぱ変な服やで!
DJ KOOさんは着たい服を着ているからカッコよく見えるだけやで!
念のため補足しますが、
KOOさんはオシャレです。
めっちゃ褒めてます。
着たい服を着ている人間が一番かっこええ!
という真理にたどり着いたオッサンは、
かくして、元値が高いけれどファストファッションよりも格段に安くお手頃価格になっている古着を買い漁った。
ベーシックなシャツは、ぱっと見ではファストファッションとブランドのものとで違いは分からない。
だが細部を見ると、
ブランドのシャツは、
布地のきめ細やかさ、
縫製に手間暇かけられている点、
シルエットに無駄がなく美しい点
などがよく分かる。
袖を通すと、身体にすっと馴染む。
着る人のことが考え抜かれている。
大量生産のシャツでは、どうしたってこんな感覚は味わえない。
一着の服を通して、デザイナーやパタンナーや縫製職人の細やかな心遣いに触れることができる。
心を揺さぶられるのである。
値段が高いのにも納得がいく。
オッサンはトレンドなんてもう気にしない。
他人がどんな服を着ていようと気にしない。
地味な服、無難な服、多くの人に似合うように作られているファストファッションなんて着て何が楽しいのか?
服に選ばれるのではなく、身体が喜ぶ服を選ぶ楽しさ。
着たいものを着る自由、喜びを知ったオッサンは、子どもと過ごす休日に着る服は何がいいか、仕事中もあれこれ悩んでいる。
ワードローブはすっかり入れ替わった。
妻からもらった服(ファストファッション)は、
もう着ないので売り飛ばした。
あっこれは秘密ね。
ぶっ飛ばされるだけじゃ済まねぇからよ。
な、頼むよ。