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吉備塚(吉備塚古墳)など [2016-2019年記事のバックアップ (第2次)]

    ART AND MOVIE

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    🔸吉備塚(吉備塚古墳)など

    2016/10/27(木) 午後 9:10

    これまで最強の祟りの塚などと言われてきた吉備塚(吉備塚古墳)。
    🔍 他の方が書かれた記事。「伝説では、吉備塚は強い祟りがある。」  

    http://www5.kcn.ne.jp/~book-h/mm057.html / 
    〔(この鍵括弧内11月12月加筆) 2016年11月私が行った時は、人力車の『えびす屋』の屋号は『やまと屋』に変わり、
    店裏手(南方)の住居の庭にある《破石》の見学には予約が要るとのお話を店の方から聞きました。〕
    🔍 https://japanmystery.com/nara/kibiduka.html /  
    🔍『タタリ話や呪い譚が盗掘を防いだ古墳』 https://chinchiko.blog.ss-blog.jp/2022-05-07 /  

    🔍 吉備塚古墳発掘調査。学問の前向きな気質を感じた。 
    http://www.gensetsu.com/04kibizuka/doc1.htm


    2002年11月から2003年1月までの吉備塚古墳第1次発掘のリーダー(調査委員長)を務めた、考古学者の伊達宗泰花園大学名誉教授、2003年4月13日逝去。76歳。http://www.tt.rim.or.jp/~shr/nl/20034b.html


    (11月18日加筆)


    🔸奈良巡礼(頭塔から吉備塚)

    2016/11/19 (土) 

    11月、奈良の高畑の辺りを歩いた。

    頭塔から始めて、
    不空院本堂裏手にある、光仁天皇の皇后・井上内親王の『御霊塚』、新薬師寺、鏡神社、吉備塚、破石を写真に撮らせて頂こうと思ったが、
    (御霊塚、破石以外は此れまでも何回か参っていたが、デジカメは今回が初めて。)
    行先を急に変更してのルートだったのでカメラを持って出ず、頼りの携帯は電池が無くなる寸前になっていた。
    せめて、初めて参る御霊塚の辺りだけでも電池が持ってほしい。

    御霊塚は、西向きの不空院本堂の裏手、境内の南東隅にあった。

    不思議にも?電池はもう日が暮れる間際、吉備塚に参る頃にも持ち続けてくれた。
    奈良教育大学の門まで回り込み、守衛室で吉備塚古墳のパンフレットの所在をお尋ねすると、快くお渡し下さった。

    吉備塚は坂道の横にあり、塚自体も傾斜した地形を用いて作られているのだろうか。
    その場合でも、斜めの地形をそのまま周囲に残している感じは、
    独立した古墳としては変わった立地にも思える。
    一方、周囲の地形を考えると、建物も無い頃は西への眺望に優れた、
    しかしあからさまに崖際にあって見下ろすでもない、奥行きを持って構えた、古墳の礼拝地として良い位置にあったのではなかろうか。
    (西の頭塔〔ここは崖際にある〕の位置でも発掘調査時、古墳の跡が見つかったらしいが。)
    相当な有力者の墳墓と考え得る。

    大学構内をすこし歩き、
    薄暗くなりかけ、肌寒い秋風で木の葉が舞い散る吉備塚に携帯のカメラを向けた。


    (制作中  仮記入)

    この記事にライク1


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    上の記事群は、📕2019年12月にサービスが終了されるYahoo!ブログで、かつて発表したものです。
    Yahoo!ブログはブログの移転を勧めていますが、私はYahoo!ブログへのログインが成らない等の事情ゆえに、
    私からも見ることが可能な公開の記事毎に、📓ここへコピーしています (第1次バックアップ。若干の修正有り)。

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    上のごとき「吉備塚」記事群の文面もそのままにヤフーが廃棄するということが信じられません。

    迷信だと笑われるかもしれませんが、
    16年12月に携帯ブログサービスを停止したり、あるいは、この19年12月までの時期に
    ヤフー関連や、ひいては「監督」的な立場の政府機関に、「祟り」が無かったのでしょうか?

    私自身へは、「吉備塚の記事」関連と符合するとの解釈も可能になりかねない (そう思いたくないのですが) 時期 (17年12月) に、
    大事が有りました。


    /🔸(2023年12月追加) はてなブログの未公開版も、10月にログインすら出来なくされたまま、申し立てても改善されるどころか逆に12月、見る事すら不可能になった (いずれも理由不明)。これにも「吉備塚」の伝承のことなども多く書いていたが…💢


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    📓 本ブログ内関連記事 -

    #奈良 Net 因縁

    📓 2019-12-01 

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    📔 ブログ内関連記事

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    📝 (IT機能関連コメント)
    「バックアップ記事が変化?」  
    上に貼り出した「奈良巡礼」記事を📓はてなブログ以外に📗Evernoteでバックアップしてますが、「吉備塚」で23年10月にEvernote内検索して出た記事枠群のタイムライン (記事枠数が49という意外な多さ) を見ると、
    📘「また別の旧ブログ記事 ( excite. 上代史関連) 索引」(このブログもログアウトされてログイン出来ず、それは私だけでないらしく、excite公式の記事になってます。) の同じ画面のバックアップ記事枠が何十個も出るので変だ (コピーはしたが、同じ索引を何十もコピーした覚えが無い) と思ってたところ、
    その下 (検索最底辺) の2つの記事枠の
    《タイトル》は📕 (ヤフーでの私の最初期のブログ Art&MovieCafe の記事である)「奈良関連記事  Art&MovieCafe」と出てるのに、
    (そのひとつの) 《記事内容》は (その上に連なるものと同じ) 📘exciteブログ記事の索引 となっています (📷カメラでのスクショあり)。

    そのもうひとつが📕「奈良巡礼記事」のコピー枠であり、このタイムラインの底辺に置いたままだと、すぐ上の索引コピー群の影響を受けるかも、などと思い、底辺の2記事をいちおうタイムラインの上へ出しました。

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    (📓23年10月に書き込み機能不全となった私の別巻ブログ [原因不明 (参照 https://note.com/artandmovie/n/n8c58482ded8e ) /📓はてなブログ ] からの📔バックアップ・リライト 公開 [第2次バックアップ。一部修正。10月] 。関連記事欄には、バックアップ作業中のためリンク機能を停止中の分も有ります。📔noteでの記事枠は、以前トライアル的に作ってあった記事枠群から元記事の月日に近いものを選んで、貼出しています。10月更新) 

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    ⚪️ GoogleStreetView (吉備塚古墳 [画像左] 前から奈良教育大学校舎 [東] を見る)


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    第1回FLIX賞受賞 (映画論文。ルイス・ブニュエル監督の映画等に関して。1992年)。映画と芸術について、倫理分析や様式史的観点、レトリック・ギャグを交えつつ体系化を目論んでいます。「映画」の「どこに誰が出ているか」が、すぐわかる記事を心がけます。since 2018

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