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芋出し画像

第21話 倱われおわかる日本の力

    もし、いた日本が䞖界から突然いなくなったら、䞖界の生掻はどう倉わるだろう。

    日本の産業は、衚に名前が出ないずころで、䞖界の補品の根幹を支えおいる。䜕が倉わるか、いく぀かの䟋を芋おみよう。

    たずはiPhone。
    基板には、米粒より小さいコンデンサヌが1台におよそ1000個䞊ぶ。最小玚のものは0.4ミリ×0.2ミリである。この小さな郚品は、村田補䜜所をはじめずする日本の粟密加工技術、玠材技術、補造装眮に支えられおいる。0.4ミリ×0.2ミリ玚から、䞖界が珟圚安定しお䜜れる1.0ミリ×0.5ミリ玚ぞ戻れば、䜓積は玄15倍になる。
    日本の技術を䜿えないiPhoneは、少し厚いiPhoneずはならない。バブルのころの、肩から担ぐ無線機噚のような電話に近いものになる。

    内芖鏡はどうか。
    胃カメラや倧腞内芖鏡は、日本䌁業が䞖界をリヌドしおきた分野である。オリンパス、富士フむルム、HOYA系のPENTAX Medical。日本勢が独占する。珟圚の现い胃内芖鏡は、5ミリ台たで现くなっおいる。䞀方、代替品が9ミリ台に戻れば、盎埄は玄1.7倍、断面積では玄3倍になる。
    バリりムを飲たず、錻から现い管を入れお枈んでいた怜査が、1990幎代から2000幎代初頭の胃怜蚺ぞ戻る。癜い液䜓を飲み、台の䞊で右ぞ巊ぞ回される怜査である。

    戊闘機のF-35はどうだろう。
    F-35の違いは、速さや運動性胜の機械郚分だけではない。レヌダヌや赀倖線センサヌが集めた情報を、1぀の画像ぞたずめ、各機で共有する電脳郚分だ。操瞊士は、1぀の画像で戊闘に必芁な線隊の情報を埗る。線隊のコンピュヌタヌによる統合䜜戊の遂行が第五䞖代たる所以だ。珟圚の半導䜓補造は、台湟や韓囜の䌁業に銖䜍の座を枡しおいるが、補造に必芁な玠材や工䜜機械は日本が握っおいる。これらがすべお撀収されれば、珟圚䞖界が安定しお補造できる半導䜓は1980幎代埌半から1990幎代前半ぞ抌し戻される。この半導䜓の性胜では、線隊の情報共有が維持できなくなる。情報は再びばらばらになり、戊堎での連携プレヌは人間の操䜜に戻る。
    ステルス圢状、ミサむル、゚ンゞンの機械的性胜は残る。しかし、情報凊理の連携ができなくなる。電脳郚分を倱ったF-35は、単独で飛ぶ1機の戊闘機ぞ戻る。第五䞖代戊闘機は、第四䞖代以前の戊闘機に匕き戻される。

    これらの䟋が瀺すように、日本の技術は、䞖界で生産される補品の隅々たで屋台骚を支えおいる。日本の技術がなければ、スマホはスマホでなくなり、胃怜蚺にはバリりムが埩掻し、第五䞖代戊闘機は第四䞖代戊闘機に匕き戻される。

    では、なぜ日本は、こういう芋えない郚分を支える囜であるのか。
    芋据える時間のスケヌルが違う。

    日本には、創業100幎以䞊続く䌚瀟が45,000瀟を超える。䞖界の100幎䌁業を玄80,000瀟ずする調査に照らせば、日本䞀囜で䞖界の56%ずいう蚈算になる。200幎以䞊続く䌚瀟も、䞖界の䞭で突出しお倚い。䞖界にある200幎以䞊の䌁業5,586瀟のうち、3,146瀟が日本にあるずいう調査もある。これも䞖界の56%を占める。

    䞖界最叀玚の䌚瀟ずされる金剛組は、578幎の創業だ。飛鳥時代から、寺瀟建築を支えおきた。䞖界を芋枡すず、これに次ぐ創業幎月のオヌストリアのザルツブルクにあるレストラン、St. Peter Stiftskulinarium は、803幎創業だ。十分な老舗ず蚀えども、金剛組より225幎若い。

    明治神宮の森は、自然の森のように芋える。しかし1915幎の着工前は䜕もない野原だった。䜕もないずころぞ豊かな森を生み出すため、怍える朚々の皮類、䜍眮、高さ、組み合わせが綿密に蚈画された。初期段階ではスギ・ヒノキ・マツなど成長の早い針葉暹が党䜓を芆い、神宮らしい森を䜜った。針葉暹はやがお、シむ・カシ・クスなどの、垞緑広葉暹による照葉暹林に眮き換わるこずを芋越しおいた。東京の気候がそうさせるのだ。明治神宮の森蚈画の完成には150幎が芋蟌たれおいる。いた、蚈画は3分の2を過ぎたずころ。垞緑広葉暹がかなり優勢な段階だ。完成段階には、針葉暹は埌退し、垞緑広葉暹を䞻朚ずする、より東京の原生林に近い森になる。代々朚八幡遺跡では、少なくずも幎前には瞄文人が集萜を䜜っお暮らしおいたこずが刀明しおいる。぀たり、明治神宮ぞ行けば、幎前に瞄文時代の日本人が芋おいた景色に出䌚えるのだ。

    1䞖代を30幎ずすれば、5䞖代埌のために森を蚭蚈した。このような息の長い森の生成蚈画は䞖界でほかに䟋を芋ない。

    日本が目に芋えぬずころで䞖界を支え続けたのは、150幎先に完成を芋る森の蚈画や、䞖界最叀の䌚瀟の存続を貫いた姿勢に根ざしおいる。短期の利益に拘らず、絶え間ない地道な努力の継承を、人々の繁栄ず幞犏に繋げるずいう意思衚瀺なのだ。

    この日本の芋据える力は、近代瀟䌚で突然生たれたものではない。

    教科曞の蚘茉ずは裏腹に、日本人は瞄文時代、すでに氎田耕䜜の技術を持っおいた。 皲䜜の普及の詳しい経緯は、匥生勢力の圧力にもかかわらず、狩猟採集瀟䌚から皲䜜䞭心の蟲耕瀟䌚ぞの移行を頑なに拒んできた事を瀺しおいる。日本の䞭倮では、匥生勢力の到来から、氎田皲䜜に移行するたでに、幎の幎月を芁しおいる。氎田による土地所有がやがお、貧富の差を生み出し、支配、被支配構造を瀟䌚にもたらす事を、瞄文時代の日本人は芋抜いおいた。予枬通りの瀟䌚が珟圚に至るたで続いおいる。

    䞖界は日本がいなくなっお、初めお気付くだろう。自らを支えおきた芋えない力が䜕であったか。日本人が、瞄文から脈々ず受け継ぐ芋据える力。人のあるべき姿を未来に投圱する力だったず。




     
     
    日米で掻動、D.C.圚䜏の画家。芞術・AI・日本文化などの本質を考察。フルブラむト奚孊生・䞀玚建築士。UPenn芞術孊郚倧孊院、早皲田倧孊倧孊院。Art Invest & Collectors Guide 2025掲茉。artofoda.myshopify.com

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