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Photo byhideo_tkh

全ての物事はいずれ哲学に通ずる

    哲学の英訳philosophyはギリシャ語に語源を持ち、直訳で知を愛するという意味だそうです。では哲学とは、単に人について思索することではなく、あらゆる物事に向き合う学ぶ姿勢そのものではないでしょうか。
    前置きはさておき、今から私の考える哲学について書いていきます。
     一般的に哲学と聞くと、現実離れした難しい理論を考えるイメージを持たれるかもしれません。ですが私は、哲学とはもっと身近で、かつ実践的なものだと考えています。例えば、私は日々の学習において、いかに効率を上げ、目標とする最適化するかを常に模索してきました。
    この最適化は楽にしようとするのではなくその物本来の力を十分の発揮できるようにする過程です。
     こうした物事をより良くしよう、最適にしようとする試みを突き詰めていくと、私たちは必ずある壁にぶつかります。それはそもそも、なぜこれをしているのか?何をもって最適とするのかという、根幹的な問いです。この瞬間にこそ、哲学が立ち現れます。単なる作業が、その対象の本質を問う深い学びへと変わると感じます。
     ここで重要なのが、古代ギリシャの概念であるアレテーです。アレテーとは、そのものが持つ本来の良さや卓越性を最大限に発揮することを意味します。ナイフであればよく切れることがそのアレテーであり、人間であれば理性を用いて物事の本質を捉えることがアレテーとされています。
     とするならばあらゆる学問や日常の営みは、このアレテーを追求するプロセスと考えられるのではないでしょうか。数学を解くことも、文章を書くことも、あるいは自分自身の生活を整えることも、対象が持つ本来の輝きを最大限に引き出そうとする行為です。その過程で私たちは、既存の枠組みを疑い、根源的な問いを見つめることになります。
     結論として、私は哲学とは単なる知識の体系ではなく、物事に向き合う姿勢そのものであると考えます。それは、目の前の事象を深く理解し、物事のアレテーを最大限に引き出すために問い続ける姿勢です。全ての道が哲学に通じているのであれば、私たちが情熱を持って何かに取り組むとき、私たちは既に哲学者としての第一歩を踏み出しているのです。

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