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党おは「みんな、なに食べお、どう生きおるんだろ」から始たった


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    旅の間よく行っおいたファストフヌド店ペンギン双葉町のカツサンド 
    写真䞀之瀬ちひろ


    「ロッコク・キッチン」は、説明がややこしいプロゞェクトである。同名の゚ッセむ集ず今回のノンフィクション曞籍が存圚するためだ。

    さかのがるこず玄幎前2023幎12月、私は「゚ッセむ募集」ず曞かれたチラシを手に、倧熊町犏島県双葉郡の公営䜏宅呚蟺をうろうろしおいた。震灜があったこの蟺りでは、䜕か少しでも倉わった動きをしおいるず、即座にパトロヌル䞭の譊官に職務質問される。だから、怪しいものではありたせん、私は平和を愛する物曞きです、ず答える準備はできおいたが、誰にも䜕も聞かれなかった。

    圓時、倧熊町に䞀軒だけあったコンビニにはコピヌ機はなく、チラシは隣の富岡町のファミリヌマヌトでコピヌしおきたものだ。私たちがあたりに倧量のコピヌをしたせいでコピヌ機が故障しおしたうほどの量だった。そんなふうに迷惑をかけながら、ずにかく人生初のポスティングの真っ最䞭。どうか誰かこのチラシに目を止めおくれたすように――。チラシはポスト投凜するには倧きすぎたので、䞉぀折りたたんだ。

    さらに時間を巻き戻そう。改めお説明するたでもないが、倧熊町ず双葉町は犏島第䞀原発が立地する町である。曞籍タむトルにある「ロッコク」ずは囜道六号線のこずで、東京の日本橋から仙台に至る玄䞉六〇キロの長い幹線道路である。途䞭で犏島県双葉郡を通り、メルトダりンした原子力発電所を望むこずができるずいう䞖界で類をみない道路である。
    その䜕幎も前から、私はちょくちょく双葉郡を蚪れおいた。特になにか取材をしおいたわけでもなく、ただ時間があれば行っおみるずいうこずを繰り返しおいた。原発事故により、䞀床はひずが䜏めなくなったこの地のこずを、自分なりに芚えおいたかったのだろう。

    最初の頃はあちこちバリケヌドだらけだったが、時ずずもに避難指瀺解陀が進み、人の営みが戻り぀぀あった。しかし、倧熊町ず双葉町だけは別で、二぀の町に䜏民が垰れたのは、倧熊町が2019幎、双葉町は2022幎。それはなんず、震灜から11幎半も経っおのこずである。

    ある日、ただ避難指瀺が解陀されたばかりの堎所を通った時、暗闇が支配する町のなかで、たった䞀軒だけ窓から灯りがもれる家があった。なにも根拠はないのだけれど、あの家の人はいた倜ご飯を食べおいるのかもしれないず思った。

    ただスヌパヌもなく隣人もいないこの町で、いたなにを食べおいるんだろう。ご飯なのかパンなのか、魚なのか肉なのか。ひずりなのか、家族ず䞀緒なのか。そんなこずが気になっお仕方がない。だからずいっお、むンタヌホンを鳎らし「こんにちは、いた䜕を食べおるんですか」ず聞くわけにもいかない。
    そこで、劙な案を思い぀いた。
    食にた぀わる゚ッセむを曞いお送っおもらったらどうだろう。
    私は実際にチラシを䜜り、「䞀緒に゚ッセむ集を䜜りたせんか」ず呌びかけ続けた。誰も送っおくれなかったらず心配したものの、思いがけず倚くの人が曞いおくれた。むンドから移り䜏んできた女性、倧人になっおも小孊校に通う人、倜だけ開く本屋さんを運営する若い人も。そんな、ロッコク沿いの町で暮らす人々が曞いた䞀䞀線の文章が収録されおいるのが、゚ッセむ集「ロッコク・キッチン」である。


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    食の蚘憶を探しお、犏島の浜通りを旅した—— 囜道6号線をめぐる12線のアン゜ロゞヌ

    ゚ッセむを読んでいるうちに、今床は文章を曞いおくれた人たちに䌚っお話をしたくおしょうがなくなった。思い立ったら吉日。あなたに䌚いに行っおもいいですか――。
    そう尋ねるず、倚くの人がドアを倧きく開け、料理を始めた。

    私は食べたくった。䞭華䞌、お味噌汁、チャむ、バタヌチキンカレヌ、逃子、クラムチャりダヌスヌプ、鍋、バヌベキュヌ。いただ廃炉䜜業が進たない犏島第䞀原発から近く、倚くの曎地や廃墟に囲たれた地である。しかし、私がそこを想う時、心によみがえっおくるのは枩かくお矎味しい蚘憶ばかりだ。
    こうしお浜通りで食べさせおもらったもの、聞いた話、芋おきた颚景を綎ったものが、今回のノンフィクション版『ロッコク・キッチン』である。぀たり二冊の「ロッコク・キッチン」は姉効のような関係だが、姉効のわりに名前が同じだからややこしい。しかも最初に生たれた姉の方は八〇ペヌゞずこぶりで、今回の効のほうは300ペヌゞ以䞊ずなかなかの貫犄である。

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    ゚ッセむを寄せおくれたひずを蚪ね、
    川内有緒が曞いたノンフィクション曞籍。


    曞籍に登堎する人の䞭には、震灜前から地域に暮らしおいた「垰還者」もいるし、遠くから移䜏しおきた人もいる。震灜で倧きな存圚を倱った人もいれば、原発事故を起こした東京電力に勀めおいた人もいる。そう、いたこの地では様々な人が、ひず぀ずしお同じではない䜓隓、䟡倀芳、悲しみや喜び抱きながら、食べ、暮らしを共にする。そこには圓然、問題や課題も倚いわけだが、だからこそ、私は「みんな、なに食べお、どう生きおるんだろ」ずいう問いにたっすぐ答えるべく、本曞を執筆した。本の䞭には、写真家の䞀之瀬ちひろさんが撮った写真も掲茉されおいる。ちひろさんは、廃屋の暪に咲く小さな花に目を向けるような人だから、ペヌゞをめくるたびに新しい「犏島」を発芋できるように思う。


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    写真䞀之瀬ちひろ

    せっかくだから、本の䞭に曞きたくおも曞けなかった人たちのこずを蚘したい。毎月のように浜通りに通っおきた私には、実は小さな期埅があった。どこかで、か぀お友人だった二人の女性ず再䌚できるのではないかずいうものだ。ひずりは浪江町出身で仮にAさんずする。 Aさんはもずもず某発電所で働いおいたが、原発事故を機に家族ず䞀緒に関東の街に避難。その避難先で知り合ったのが、東京圚䜏のSさんだ。Sさんは被灜者ではないが、音楜の趣味を通じお仲良くなった。ふたりは、それぞれの自分の家族を東京に残したたた、避難指瀺が解陀されおたもない浪江町に匕っ越しおくるこずを遞んだ。Sさんにずっおは瞁もゆかりもない町である。ふたりは、それぞれを拠り所にしながら、小さな食堂をひらいた。

    どうしおこの地での暮らしを遞んだのだろう。い぀か話を聞いおみたいず思いながらも、聞けないたた時間が過ぎた。でも、あせる必芁はなかった。だっお、そこに行けばい぀でもふたりに䌚えるはずだから。

    しかし、あるずき食堂はなくなり、二人はどこかに消えおしたった。メヌルやSNSでも連絡を詊みたが、アカりントごずなくなっおいた。どこに行っおしたったんだろう それでも、私が毎月のように浜通りに通っおいれば、きっずどこかですれ違い、「有緒さん」ず声をかけおくれるはずだず思っおいた。しかし、その日は来ないたた、本を曞き終えおしたった。

    ひずずひずが出䌚い、料理をし、枩かいスヌプを飲む。それは、圓たり前に芋えお圓たり前ではない。䞀床はすべおの光を倱っおしたったこの地に来るたびに、人ず぀ながりの儚さを思い、それでも短い人生の䞭で出䌚えた喜びで私は震える。

    ふたりは、いたも浜通りにいるだろうか。せめおこの本が出たら、ああ、有緒さん、あれからずっず浜通りに通っおきおいたのね、ず少しばかり感心しおくれるかもしれない。

    『矀像』講談瀟2026幎1月号「本の名刺」より䞀郚修正し転茉


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    2冊の本に加えお、同名のドキュメンタリヌ映画も
    2月14日からポレポレ東䞭野、3月6日からシモキタ゚キマ゚シネマK2ほか
    党囜順次公開。詳现は公匏ホヌムペヌゞぞ。


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    生たれ倉わったら冒険家になりたいず思い぀぀、フランスずアメリカ、日本で蚈12幎働いたあず、今は本や゚ッセむを曞いお暮らす。趣味は旅ず本ずDIY小屋づくり。知らない堎所、知らない人々を求めおずっず旅を続けたい。児の母。著䜜いく぀か。「空をゆく巚人」で開高健賞受賞。

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