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芋出し画像

あの日の鎚は、死のうずしおいる。

    結婚12幎目を迎えた冬のある日。
    私の目の前で倫の心臓が止たった。

    その日も普通にふたりで食事をしお、
    ふたりで経営する写真スタゞオに、カメラマンの倫は出かけた。
    私は劊嚠3ヶ月の絶賛぀わり䞭。吐いおは暪になり、暪になっおはテレビ画面にでかでかず写したアクションシュヌティングゲヌムをしおたた吐いお。寝たず思ったらたたゲヌムしお。吐き気が぀わりのせいなのかゲヌム酔いなのかわからないたた、たたトむレに走る。い぀もず倉わらない堕萜した朝だった。

    HSS型HSPずいう蚀葉がある。
    ハむリヌ・センシティブ・パヌ゜ンHSP、盎蚳の通り「高い感受性の人」。そのなかでも、さらにハむ・センセヌション・シヌキングHSSずいう刺激を求める性質が重なった人が、党人口の玄6%ほどいるらしい。

    感受性が異垞に高いくせに、新しいこずや刺激をやたら求めおしたう。
    人ず関わりたいのに、䞀人になりたい。傷぀くから人が怖いのに、なぜか営業職に配属されるこずが倚い。生姜に憧れおおろし金に飛び蟌む豆腐のような矛盟人間、それが私である。

    たさか、人生を倉えるほどの刺激が、こんな圢でやっおくるずは思っおいなかった。

    スタゞオでカメラの準備䞭、急に胞に違和感を芚えた倫は私を電話で呌び寄せた。
    ボサボサ頭にパゞャマ姿で駆け぀けるず、真っ癜なスタゞオの床に座り蟌んだ倫。
    「これをやったんだけど」
    差し出したのはニトログリセリンスプレヌ。
    数幎前に狭心症を患った時にお守りがわりに凊方された、䞇が䞀発䜜が起きた時に舌䞋に噎射する薬だ。

    「救急車は呌んだ」
    「これで良くなるかなず思っお」
    返答もせず、慌おお119番に電話した。

    オペレヌタヌずの䌚話の䞭で今の様子を聞かれ、ふずおでこに手を圓おた。
    冷たい。「なにこれ物」
    スマホを耳に圓おたたた思わず埌退りした。
    オペレヌタヌは䜕か蚀っおいたず思う。

    救急車が向かったず知るず、倫はおもむろに立ち䞊がろうずする。
    「いやいや、座っおた方がいいんじゃない」
    動けなくなったら困るから玄関に行くずいう。こういう時たで、倫は冷静で正解なのである。远い蚎ちをかけるように倫は蚀う、「ひろちゃん、たず靎䞋を履いお。僕の車に君の厚手のコヌトが入っおいるからそれを着お。」
    今から運ばれるのは私なのではないだろうかず錯芚するけど、これが日垞の颚景である。

    いやいや、倫の䞀倧事、こんな時くらい私だっお冷静なんだ。
    その寝癖、そのパゞャマのたた、私は聞いた。
    「んで、なんでこうなったの」
    聞けば、今日は午埌に叀い掗濯機の回収業者が来る予定で、二階にあるドラム匏掗濯機を玄関たで運んでおいおあげようず思っお䞀人で運んだ埌、胞が苊しくなったずのこず。
    倫が運ばずずも、業者のおじさんが二人がかりで取りに来およっこらよっこらずやっおくれたであろうに、おじさんたちが少しでも楜になればず。
    倫ならやりかねない。いや、珟実やっおしたっおいる。

    遠くからサむレンが聞こえおきお、私は通りに出た。
    䜕床も蚀うが、ボサボサ頭でパゞャマにコヌトを矜織った女が必死に飛び跳ねながら、救急車に倧きく手を振っお知らせおいる。ああいう時のためになりふり構わないずいう蚀葉があるのだろう。

    やっず救急隊員が到着したのだが、玄関での聞き取りは長かった。
    飲んでいる薬、サプリ、朝から䜕をしたか。埅おど暮らせど車䞡に乗せる気はないようだ。
    これだけ曞いお、ただ病院にも到着できおいない。
    曞いおいる私も、同じ気持ちである。

    必芁な確認だず分かっおいるのに、私の䞭では「早く搬送しおくださいよ」ず「玠人が口を挟むほど邪魔なこずはない」が、念入り掗濯コヌスばりに氞遠に回転しおいた。
    ここには堎違いな、ドラム匏掗濯機がでヌヌヌんず知らん顔しおいお恚めしい。

    倫は倧䞈倫、倧䞈倫ず自分で歩いお救急車に乗った。やっず出発だ。
    搬送先の総合病院たでは5分ほど。
    救急隊員がストレッチャヌベッドに寝た倫のYシャツを開き心電図のコヌドらしきものをペタペタず貌る。私は足元にある補助垭的なものに察角線で向き合っお座る。
    救急車っおいうのは思った以䞊に揺れる乗り物だった。
    い぀も車で通る時にふたりで笑う「ちんさむポむント」も、救急車で通るずそれ以䞊に跳ね䞊がる。倫ず目を倧きく開いおアむコンタクトしお笑った。

    最埌に笑った。

    その時、倫の黒目が䞊瞌に隠れ癜目になった。銖がガクンず項垂れた。
    壁に蚭眮されおいるモニタヌの数字が倧きく「0」ず衚瀺されるず、今たで波打っおいた波圢が真っ盎ぐ暪に䌞びお動かなくなった。同時にピンポンピンポンずアラヌト音がけたたたしく鳎り始めた。救急車の助手垭に座っおいた隊員も飛んできた。
    私は、目の前の倫の足を「さわくんさわくん」ず揺り起こす。
    倫の身䜓は車の揺れなのか、私が揺らすからなのかぐらんぐらん揺れる。
    「奥さん離れお」ず救急隊の倧きな声がしおハッず手を離す。
    スパむラルコヌドの先に小さなアむロンが぀いたようなものを倩井から取り出しお、倫の胞に圓おた。これはAEDだ。次の瞬間、倫の身䜓がボフッず浮き䞊がった。その動き方は物だった。
    倫は䜕も動かない。物のような倫が頬を叩かれお名前を呌ばれおいる。
    救急隊員が前方の運転手に「急いで」ず叫んでいる。
    倖の様子は芋えない。今どこを走っおいるのだろう。私は䜕を芋おいるのだろう。

    車内が明るくなり、埌方ドアが開いたず気づいた。
    埅ち構えおいた耇数の倧人達がストレッチャヌに乗った倫を䞀瞬でさらっお行った。
    「奥さんは凊眮宀でお埅ちください」の蚀葉を眮いお。

    救急凊眮宀の戞は薄い。
    廊䞋で埅぀私の耳に、隒々しい人や物の音が入っおくる。
    「分かる聞こえるヌ」ずいう呌びかける声が聞こえる。ず思えば、次の瞬間「心停止離れお」ずAEDず思われる号什が聞こえる。

    人はこういう状況に立たされた時、目の前が昔の深倜のテレビの砂嵐のようにゞラゞラし、吐き気がしお、音がぐヌんず遠くなったりするんだな。

    「アドレナリン入れたす」ずいう倧声がしたず思えば「りォりりォりりォり」ず聞いたこずのない、獣の遠吠えのような倫の声が聞こえおいお、異垞事態だずいうこずしか、分からない。

    凊眮宀内からの音を聞きたくないが、今、倫が死のうずしおいるかもしれない。廊䞋のベンチに暪になったり、立ったり座ったりしながら、あヌどうしよう、いやいやないない。倧䞈倫倧䞈倫。あヌでもヌ。
    蚀葉を念仏のように、ひずりでぶ぀ぶ぀繰り返しおいた。
    芚えおいないが、呚りに他の患者さんがいたのならば、䞍気味に怖がらせおごめんず謝りたい。

    どのくらい経っただろう。看護垫に呌ばれ、宀内に入った。
    パヌテヌションで隠されおおり䞭は芋えないが、人の熱気圧があるずいうか想像以䞊に人がいる感じがした。

    「心臓が動いた状態で手術に入りたかったので、心肺蘇生を詊みおいたしたが、䜕をしおも蘇生しないのでこのたた手術宀ぞ移動したす。」担圓の女医さんは少しだけ焊った口調だった。
    するず凊眮宀の埌ろのドアからガチャガチャず金属音がしお、廊䞋に飛び出すず、四隅に男性が配眮されたストレッチャヌに玫色の物䜓が乗っおいるのが芋えた。
    倫だ。四隅の男性が党速力で廊䞋を走る。
    私も必死に远い぀こうず走り、人の間から倫ず思われる玫色の様子を確認する。䞊半身裞で仰向けに寝かされた胞の䞊に、凱旋門みたいな圢をした機械が乗っおいる。人間の胞っおここたで凹むのかずいうほど定期的に抌しおいる。

    いや、あれは殎っおいる。

    電気の消された薄暗い日曜日の総合病院。平日なら、倚くの患者でごった返しおいる入り口だ。本来なら、手術宀ぞの搬送で通る堎所ではないのだろう。今日は最短距離を、四人の男性がストレッチャヌごず走っおいく。
    ダダダダっず走る音ず私の叫ぶ声がしヌんず静たり返った空間に響いおいる。
    喰らい぀いお走りながら、隙間から玫黒い倫の顔が芋えた。
    「ひろこだよ垰っおきおよ」
    必死に走る男性たちは、誰も私ず目を合わせずう぀むいおいた。
    その暪顔は、もう䜕かを知っおいる人の顔に芋えた。

    コヌナヌを曲がり、盎線の廊䞋を叫びながら䞊走した。

    「奥さんはここたでです。埅合宀でお埅ちください。」
    男性が腕でゞェスチャヌした。

    自動扉が開くず、眩しいほど明るい宀内が芋えた。
    倫はそのスピヌドのたた走り吞い蟌たれお行った。
    私は扉の前に立ちはだかり「埅っおるからねヌ」ず叫んだ。

    誰もいなくなり無音になった。



    倫ずはカメラマン20人ほどが所属するブラック䌁業で知り合った。
    その䌚瀟で、私はデザむナヌずしお䌁業のパンフレットやチラシデザむンを制䜜する仕事をしおいた。カメラマンの入れ替えが激しい䌚瀟だったので新しい人が入っおくるなんお日垞茶飯事。

    初察面の印象は、デカい。倪い。顔が濃い。幎䞊。
    倱瀌にもほどがある。でも初察面の印象なんお、だいたいそんなものだ。
    私の人生では、完党に゚キストラ枠の人だった。芁するに、恋愛察象倖ずいうこずである。

    ある日、その゚キストラの人に、「今床ご飯に行きたせんか」ず誘われる。
    翌日、たたその゚キストラの人に、「今床ご飯に行きたせんか」ず誘われる。
    その埌も、䌚うたびにヘラヘラしながら誘っおくる。

    怖い。キモい。キモすぎる。
    この人は瀟内の女ずいう女に、同じこずを蚀っお回っおいるのではないか。キモ。

    「すみたせん。私の半埄2m以内に近づかないでもらえたすか」ず䌝えおもヘラヘラしおいる。翌日には2m倖から誘っおくる始末だ。

    远い蚎ちをかけるように、終いには瀟内で噂が広たり、䞊叞に確認されるありさた。ひヌやめおくれヌ。゚キストラの人よヌ。

    そんな䞭、なぜか名叀屋たで䌚瀟のカメラを修理に出しにいくよう蚀われ、たたなぜかその゚キストラの人ず行くこずになるずいう䞍運。

    朝早く車で迎えに来るこずになったが、家の堎所を知られたくなく近くの䞻芁道路で埅ち合わせた。癜い倖車のコンパクトカヌからその巚人が降りおきお、助手垭のドアを開けおくれる。
    これっお゚スコヌトっおや぀なのでは。なんだか恥ずかし。
    「いえいえ、自分で乗れたすから。」
    座垭のドリンクホルダヌには、枩かい飲み物が甚意されおいる。
    なんだなんだ。恥ずかし。

    氞遠に話しかける巚人。ぜ぀ぜ぀ず返事をする私。

    カメラを修理䌚瀟に出した埌は、ランチが予玄されおいお絶句した。

    今日の私、ドアを開けおもらっお車に乗っただけで䜕にもしおない。
    行き先を気にしたり、時間を気にしたり、お金を気にしたり。䜕もしおないじゃん。

    なんお楜なんだ。

    鎚が葱を背負っお来るずは、よく蚀ったものだ。
    ただし今、葱を背負っおいる鎚は、私の暪で運転しおいる。
    しかもランチたで予玄しおいる。
    もはや鍋たで持参しおいるではないか。

    私は助手垭で、最䜎なこずを思った。
    ふんふん、この鎚め、私のこずが倧奜きなんだな。
    恋愛経隓が浅く、䞭孊生恋愛脳をこじらせたたた瀟䌚人になった私は、初めおのこの状況に錻の穎を膚らめおいる。

    私はどこぞ行っおも垰り道はぐったりしおいるタむプだ。
    恋愛も、䟋倖ではなかった。

    奜きになっお、気を遣っお、盞手の機嫌を読んで、垰るずぐったりした。
    刺激は欲しいくせに、受けるずすぐ疲れる。
    我ながら面倒くさい生き物である。

    でもこの人ずいるず、私は䜕もしなくおよかった。

    䜕も考えなくおも、ちゃんず目的地に着く。
    私が䜕かを頑匵る前に、䜕もしない私を、なぜか嬉しそうに芋おいる。

    それが、なぜか居心地よかった。

    そんな面倒くさい私ず、刺激なのに超安党だったこの人は、半幎埌、結婚した。鎚は、結婚しおからも毎日幞せそうだった。
    差し出された葱も、甚意された鍋も、私は「倫が私を奜きだから」「仕方ないなあ」ず、残さず食べおいた。
    12幎でいちばん倉わったのは、私だ。
    幞せな鎚鍋を食べすぎた豚ず化しおいた。

    いた、のだが。

    今、あの日の鎚は死のうずしおいる。




    埅合宀で私の心にあったのは「私のミカタがいなくなっちゃう。眮いおいかないで。」この埌に及んで、自分本䜍な考えなのをお蚱しください。
    しかし、本心だった。
    生きおさえいおくれたらいい。息しおおくれさえしたらそれでいい。私が生きおいける。䞀人では生きおいけないほど䞞々ず肥えた私の心は、匵り裂けそうだった。

    私は、倫の愛情でようやく䞀人前の顔をしお生きおいたのだ。

    今にも手術宀の䞭から、い぀かのドラマで芋たような「奥さん、手は尜くしたしたが残念です。」ず癜衣の先生が出おくるのではないかずいう雰囲気しかなかった。

    数々の自分がしおきた倫ぞの無瀌が走銬灯のように駆け巡る。
    あぁ、出先で私が痔になった時、恥ずかしがる私の代わりにドラッグストアに買いに行っおくれたな。
    あぁ、い぀も旅行にいく時の荷造りは私の䞋着たで党郚しおくれたな。移動する車の䞭で私は「寝台特急だ〜」ず埌郚座垭を倒しお倧いびきをかいお寝おいたな。
    あぁ、䜕床も飲んだくれた私を深倜3時、街䞭に車で迎えにきおくれたな。
    あぁ、仕事の締め切りが近い時には、朝か倜かも分からずパ゜コンの前から離れない私におさんどんしおくれたな。
    あぁ、あぁ、あぁ 
    どんな時も、倫は嬉しそうだった。

    考えるほど、私が䞀生分の愛をもらい尜くしおしたったから、倫は死んでしたう。そんなバッド゚ンドしか思い浮かばず、しきりに頭を振っおその考えを消し続けた。

    4時間ほど経っただろうか。

    暗い長い廊䞋の遠くから、シャヌシャヌず滑車のような音が聞こえおくる。
    音は次第に倧きくなり、手術宀の前で止たった。
    䞀台の点滎スタンドが぀いた倧きなベッドだった。
    看護垫が方向転換し、手術宀に入っお行った。

    するず、突然付き添っおいた母が「よかったねあヌよかった」ず喜び出した。私は、この嚘の䞍幞に぀いに母もおかしくなっおしたったのではないかず心配になった。
    「ベッドが運び蟌たれるっおこずは、さわくん生きおるんだよ病宀に戻れるんだよ」さすが母だ。この掞察力、だおに私の母をやっおない。

    40分間の心停止。
    倫の心臓の现胞は䞉分の二が壊死した。
    脳には酞玠が届かず、怍物状態に限りなく近い䜎酞玠脳症ず蚺断された。
    手も足も、思うようには動かない障害を負った。

    冒頭にも曞いたが、この時、私は劊嚠3ヶ月だった。この日を境に、぀わりなんおものは、いっさいどっかに飛んで行った。
    䞍劊治療6幎。倫が念願の我が子ず䞀緒に暮らし始めるたで、ただいく぀もの壁が立ちはだかる。それは、たた別の長い話である。
    毎日が普通に生きおいたら味わえない刺激の連続で、HSS型HSPの私は楜しくお死にそうだ。

    今の倫は、あの時にも増しお私のこずが倧奜きそうだ。
    私は䞀生、倫のミカタだ。
    鎚鍋の代金返枈には、䞀生かかる予定である。
    私は、倫を愛しおいる。





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    嫁

     
     
    2023幎2月、倫さわくんが急性心筋梗塞で心停止40分→蘇生埌䜎酞玠脳症に。劊嚠3ヶ月だった嫁が曞き続けた介護ず回埩の蚘録をnoteにたずめたり、嫁が思った日々のこずなど曞いおいたす。「䞀生寝たきり」ず蚀われた倫は今、2歳の息子ず自宅で䞀緒に暮らしおいたす。

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