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Photo bycute_holly106

『帰る場所 』

    夏至を越えた日のことだった。
    空気がふっと変わったように感じて、 胸の奥で何かが静かに切り替わる気配がした。

    その日の夜、 SNSを眺めていたとき、 富士山の見える田園風景の中で、
    四股踏みの奉納儀式が行われている映像が流れてきた。

    私は四股踏みそのものに興味があるわけではない。
    けれど、その映像に映っていた空気に、 胸がぎゅっとなるような感動を覚えた。

    何百年も前から、 その土地の人々が同じ行事を繰り返し、 祈りをつないできたのだと思うと、 言葉にならない温かさと、 身震いするほどの神聖さが込み上げてきた。

    その光景を見た瞬間、 私はふと、自分の過去を思い出した。
    幼い頃に見た故郷の風景。 祖父母の家の匂い。 夕暮れの空。 両親の声。
    抱きしめられた記憶。

    何気ない日常の中で、 私は確かに守られ、 育まれ、 愛されて生きてきたのだと気づいた。

    振り返れば、 苦しかったこともたくさんあった。
    思うようにならないことも、 涙を流した夜もあった。

    それでも今、 胸に浮かんでくるのは傷の記憶ではなく、
    愛された記憶だった。

    大変な道のりだと思っていた私の人生は、
    実はたくさんの愛に包まれていた。

    私は幸せに生きてきたのだと、 その光景は静かに教えてくれた。
    私は、その積み重ねの上に生かされている。

    そして同時に、 なぜこんなにも胸が締め付けられるのだろうとも思った。

    それは懐かしさだけではなかった。

    この国の風景や文化や祈りが、 いつまでも当たり前に続くとは限らないことを、 私はどこかで感じていたからだ。

    私は日本が好きだ。
    日本の風景が好きだ。
    日本の文化が好きだ。
    日本人が大切にしてきた精神性が好きだ。

    それは優れているからではない。
    私がこの国に生まれ、 この風景の中で育ち、
    この文化の中で生かされてきたからだ。

    だから私は願う。
    この美しさが、 これから先も受け継がれていくことを。

    子どもたちや孫たちが、 同じように季節を感じ、 故郷を懐かしみ、
    帰る場所を持てることを。

    大切なものを守りたいという、 深く静かな祈り。
    その祈りは、 誰かを憎むためのものではなく、
    受け取ってきたものへの感謝から生まれるものだと思う。

    心には、いつも帰る場所がある。
    それは故郷かもしれない。
    家族の記憶かもしれない。
    あるいは、 目には見えない祈りのようなものかもしれない。

    私は、その帰る場所に支えられて生きてきた。

    そして今、 私が受け取ってきたものを、
    次の世代へ手渡していきたいと思う。

    同じ祈りが重なり合えば、
    それはやがて大きな意識の波となっていくのかもしれない。


    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     

    Aria

     
     
    誰にでもある魂の羅針盤。 心に問いながら人生を歩んでいる。 その途中で見えた世界、 ──日常の気づきや宇宙の物語を、 言葉として残しています。

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