
貼られたラベルは“世間のシール”。外した瞬間、わたしは自由になる。
世間が貼ったラベルの中にいると、
なぜか守られている気がする。
守られているというか役割が与えられたというか。
分からない事がうまると、脳は安心するから。
それで
「私ってこうだから。」
そうやって自分を決めつけるのって、
ほんとうはめちゃくちゃ勿体ない。
だって私たちって、
貼られたラベルの中に収まる存在。
じゃなくて
『自分で創造していく存在』だから。
頭でわかったふりをして、
そのラベルで得してませんか?
落ち着いちゃってたら勿体無い。
「可哀想って言われたい」
「このままでも許される」
「変わらなくていい理由がほしい」
そんな風に思ってしまうのも、
ただ “そのラベルをぶら下げている” 今のわたしということが。が存在している。
今日の自分、
可哀想な私を演じてない?
頑張らなくていい“設定”のままでいてませんか?
ほんとはね、
それ、いつだって辞められる。
ラベルは“世間のシール”。
自分で外したとき、
自由な私がはじまる。
自由なわたしを選んでいく。
そう決める。
YUKIKO