気づきから、人間を考える
第Ⅱ章 人間の知性を問い直す
第4回 知っていることと、気づくことは違う。
― 知識だけでは、人は変わらない ―
私たちは今、人類の歴史の中でも、かつてないほど多くの情報に囲まれて暮らしています。スマートフォンを開けば、世界中で起きている出来事を瞬時に知ることができます。
知りたいことを検索すれば、ほんの数秒で答えらしきものが見つかります。
しかし、これほど多くのことを「知る」ことができるようになった私たちは、本当に以前より賢くなったのでしょうか。
私は、ときどきそんな疑問を感じます。
たとえば、地球温暖化について、私たちは知っています。
海洋プラスチックの問題についても、多くの人が知っています。
海に流れ込んだプラスチックが細かく砕かれ、海洋生物や生態系に影響を与えていることも、さまざまな報道を通して知るようになりました。
それでも、そのことによって私たちの日々の暮らしが大きく変わるとは限りません。知っているのに、なぜ行動は変わらないのでしょう。
ここに、「知る」ということについて考える大切な手掛かりがあるように思います。
私たちは普段、「情報を得ること」「知識を持つこと」「理解すること」 そして、「気づくこと」を、あまり区別せずに使っているのではないでしょうか。けれども、私はこれらは同じものではないと思っています。
情報 → 知識 → 理解 → 気づき
情報は、まず外からやってきます。その情報を整理し、蓄積すれば知識になります。さらに、その意味や背景、物事同士の関係が分かるようになれば、理解へと進みます。しかし、それだけではまだ、その出来事は「自分の外側」にあるのかもしれません。ところが、ある瞬間、「これは自分と関係のあることなのだ」と感じることがあります。
知識として知っていたことが、自分の経験や感情、これまでの人生と結びつき、それまでとは違った意味を持って迫ってくる。
私は、そこに「気づき」が生まれるのではないかと考えています。
たとえば、水族館でウミガメを見た子どもがいるとします。
その子は学校で、海洋プラスチックについてすでに勉強していたかもしれません。けれども、目の前を泳ぐウミガメをじっと観て、その生命を身近に感じたあとで、「この海に捨てられたプラスチックを、このカメが食べてしまうかもしれない」と思ったとしたら、どうでしょう。教科書で学んだ「海洋プラスチック問題」は、もう単なる知識ではありません。
遠くにあった知識と、目の前の生命と、自分の心がつながった。そこに、「気づき」が生まれます。そして、「では、自分に何ができるだろう」 という、新しい問いが始まります。
私は、これが人間の知性の、とても大切な働きではないかと思うのです。
私たちは数年前から、「知的情操」という言葉を使ってきました。
知性と情操は、本来、別々に働くものではないのではないか。
知る。感じる。考える。そして、また感じる。
その往復の中から、それまで見えていなかった意味やつながりに気づき、ときには新しい考えがひらめく。芸術や音楽、短歌や俳句などの創作にも、似たことが起きているように思います。
優れた創作は、知識だけから生まれるものでも、感情だけから生まれるものでもありません。
知性と感性が響き合ったところから、何か新しいものが生まれてくる。
人間の知性とは、単に多くのことを記憶し、正しい答えを知っている能力だけではないのでしょう。
知識と経験を結びつける力。そこに意味を見いだす力。そして、自分自身との関係に気づく力。
それもまた、人間の知性の姿なのではないでしょうか。
地球温暖化も、海洋プラスチックも、「知っている」だけでは、まだ自分の外側の問題であり続けることがあります。けれども、何かとの出会いによって心が動き、知っていたことと自分自身がつながったとき、
「これは私にも関係がある」 という感覚が生まれます。
そして、その気づきが、「では、私はどうすればよいのだろう」という問いへと変わっていく。
もちろん、気づいたからといって、必ず行動できるとは限りません。
行動するためには、さらに知識も必要です。方法も必要です。
そして、ときには周囲の人々との協力も必要でしょう。
だからこそ、知性と情操は一方向に進むものではなく、
知る → 感じる → 考える → 気づく → さらに知る
というように、互いに働きかけながら、螺旋を描くように深まっていくのではないでしょうか。
情報があふれ、AIによってさらに多くの「答え」を手にすることができる時代になりました。
だからこそ、これからの人間に必要なのは、単に多くのことを知っていることではないのかもしれません。得た知識を、自分の経験や感情、そして世界との関係の中で捉え直すこと。
その中から、自分にとっての意味を発見すること。
私は、その瞬間を「気づき」と呼びたいと思います。
知ることは、世界についての知識を増やします。
気づくことは、その世界と自分との関係を変えます。
そして、その変化の中から初めて、新しい自分の行動が始まるのではないでしょうか。
