
第9話 早春
紆余曲折を経てテトは家族となり、
ドタバタの日々の中、2026年、
人生で初めて猫と一緒に元旦を迎えた。
愛犬を亡くしてから久しぶりの
なんとも温かな正月だった。
とはいえ、外気温は一桁台が続いていて、
冬将軍が降らせた大雪がニュースになっていた。
そんな折、テトに
一足早い春がやってきた。
初めは小さな変化だった。
「鳴き声に微かな切なさがあるな」と思ったのは、
正月休みが明けた頃。
その鳴き声が、少しずつ大きくなって、
次第に鳴く回数も増えていった。
テトの場合、うるさいと思うほどの大声ではなく、
でも明らかにいつもより大きい、その微妙な音量が
聞いているこちらの切なさを一層掻き立てた。
立春の頃には、
それまでは無傷だったカーテンに
執拗に絡むようになり、
いくつか小さな穴が開いた。
かかりつけのS先生に相談すると、
「それは発情期で間違いないね」とのこと。
*
実は、避妊手術には苦い思い出がある。
大袈裟かもしれないが、
人間の都合で自然の摂理を変えてしまうような気がして、
愛犬には手術を受けさせなかった。
ところがその子が8歳を過ぎたある日、
苦しそうに体を震わせていた。
慌てて病院に連れて行くと、
震えは子宮蓄膿症からくる痛みのせいだとわかった。
すぐに手術をして、命に別状はなかったものの、
飼い主の判断ミスで痛い思いをさせてしまったことが
悔やまれてならなかった。
だからテトには、
最初から手術を受けさせるつもりだった。
子犬の成長も早いが、子猫の成長はさらに早く、
呆気にとられているうちに、
「そのとき」が来てしまった。
手術当日は、8時以降は絶食。
夕方病院に送り届けた。
その夜の食事は、
妙に静かで、落ち着かなかった。
退院は明日だとわかっているのに、
何度も時計を見る。
もう手術は終わったかな…
そろそろ麻酔が覚めた頃かな…
長い夜をやり過ごすには、
映画に限る。
重過ぎず、
軽過ぎないもの。
*
選んだのは、是枝監督の「海街diary」だった。
これなら、ストーリーは頭に入っている。
父親の死をきっかけに、
異母姉妹のすずを引き取る覚悟をした長女に、
樹木希林扮する叔母が言う。
「犬や猫の子供じゃないのよ」と。
当然の心配だ。
けれど、
食堂のおばちゃんのアジフライ
お父さんのしらすトースト
お母さんのシーフードカレー
おばあちゃんの梅酒…
「作って、食べる」営みが、
血のつながりを超えて続いていく。
さちとすずが縁側で梅酒を飲む姿は、
母娘のようにも見えてくる。
*
明日は、朝一番に迎えに行こう。
tête-à-tête より
