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Photo byyukihi6

めざせ国際結婚!🌈3度目の結婚までを振り返るシリーズ🇬🇧(第4章 アップルジャパン本社で働く)

    恋愛シリーズ第2弾✨(33歳〜45歳)
    デービッドと結婚するまでの振り返り記事です🌈

    前回の記事はこちら…


    横浜の職業訓練学校を卒業してから
    派遣会社に登録、事務系の仕事を転々とした。

    週末はスーパーやデパートでの新商品の試食販売
    家電メーカーのオーブンの販促で料理の実演のバイト…

    ほとんど休みなく働いた。

    仕事の後や、週末に予定がない時は
    Tippness(フィットネスジム)へ行き
    バレエやジャズダンスのレッスンに参加💃

    1回500円で参加できる英会話サークルにも通った。

    横浜の学校で仲良くなった友人Sさんとも
    たまに会い、ランチやお茶で女子トークを楽しんだ。

    恋愛対象になりそうな男性との出会いはパタリと
    なくなっていた。


    2005年、登録していた派遣会社からの紹介で
    アップルジャパン本社の広報部の秘書の求人に応募。


    他の派遣会社からも多くの人が面接に来ていた中
    運よく私が合格した🍀

    当時、Macを触ったこともなかった私が
    選ばれるとは思っておらず、正直驚いた。

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    アメリカやカナダに住んだ経験、英語が話せたこと
    広告代理店やPR会社で働いてたのが良かったのかもしれない。

    ipodや ipod miniの最盛期の当時(2004年)
    アップルジャパンは販売部門とマーケティング部門に分かれていた。

    私はマーケティング部門のマーコム部と広報部の
    部長二人の秘書をしていて
    一部のアップル製品を配布され、愛用してた。

    マーケティング部門で働くスタッフは
    個性的ながらもオシャレで優しい人たちばかり
    服装は自由だし、自販機のドリンクは無料🌈

    芸能人や有名人の来社も多く、華やかで刺激的✨
    のびのびと楽しく働け、残業して貯金もできたし
    毎日が楽しかった…

    いまだに私の周りはアップル製品だらけ!
    メールアドレスにもappleが🤣

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    当時、アップルジャパンの社長だった
    前刀 禎明(さきとう よしあき)さんは

    スティーブ・ジョブスにアップルの日本市場の復活を託され
    「iPod mini」を大ヒットに導いた立役者だった。

    いつも笑顔でジョークを飛ばし
    誰にでも気さくに話しかけてくれる。

    スタッフの信頼も厚かった。

    以前クラブハウスで久しぶりに彼を見つけて嬉しくなった。

    下記の動画のインタビュー(約3分)で
    「元赤面症で人と話せなかった」と語る前刀さん🤣


    アップルでの仕事は楽しく
    「ずっとここで働きたい」
    と思った。

    かれこれ1年が過ぎ
    当時、39歳になっていた私は
    彼氏いない歴が3年を越えてようとしていた。

    毎年、クリスマスイブが来るたびに
    街を歩くカップルを羨ましげに見ながらも
    シングルで居続けた。


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    寂しさを紛らわすために
    誰かとつきあうこともできたと思う。

    ただ、そろそろ運命の人に出会える気もして…

    「他の人と付き合ったら、その人に会えなくなる!」

    と思い、ぐっと堪えた。


    20代や30代の時とは違う。
    私には時間がない…

    当時の私は
    子供を産むことを諦めていなかったし

    本当に好きな人としかつきあわないと決めていた。
    そうは言っても、肝心の相手がいない😂

    「このままだと、一生独り?」

    時々、不安が押し寄せてくる💦

    毎日のように残業して
    そこそこの貯金もあった私は

    ここで、ある手段を思いつく…

    つづく…


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