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Photo bymaumau_5

「うしろの席」 第14話(最終話)

    受験が近づいていた。塾。宿題。模試。日々は、予定で埋まっていった。ルリの家に行くことは、自然と減った。
    「今日は無理かも」
    「勉強あるからごめん」
    「また今度ね」
    そう言うたびに、ルリは一度だけ言った。
    「そっか」
    それ以上は何も言わなかった。怒るでもなく、引き止めるでもなく。ただ、返事だけがそこに落ちた。その軽さが、逆に残った。
    LINEは減った。
    「元気?」「最近来てくれないね」
    短いメッセージは時々届いた。返すと、すぐ返ってくる。けれど会話は続かなかった。やりとりはいつも途中で止まり、そこだけが宙に浮いたままだった。りさは、返事の間隔を少しずつ空けるようになった。

    進路が決まった。りさは第一志望の進学校。ルリは地元の高校。合格発表の日、掲示板の前で自分の番号を見つけたとき。ふと、背後を気にした。誰かがそこにいる気がした。でも、当然、誰もいなかった。ただ一瞬だけ、視線の残りのようなものが首筋に残った。

    春休み。ルリから連絡が来た。
    「一回家来ない?」
    りさは少し迷ってから、行った。理由はなかった。断る理由も、行く理由も、どちらも薄かった。
    ルリの部屋は変わっていなかった。本。机。ベッド。どれも同じ場所にあった。なのに空気だけが違っていた。音が吸われるみたいに、静かだった。
    ルリはいつもの話をした。家族のこと。将来のこと。学校のこと。りさは頷きながら聞いていた。けれど途中から、それは会話というより独り言に近かった。誰かに向けて話しているというより、確かめているような声だった。
    帰り際。ルリが言った。
    「りさ可愛いし、高校でも友達いっぱいできるんだろうね」
    りさは少し間を置いてから頷いた。
    「えーどうだろうね」
    ルリは、その返事を見て、小さく笑った。
    「そっか」
    その笑い方だけが、少しだけ記憶に残った。

    高校に入った。環境は変わった。忙しさに紛れて、考える時間は減った。ルリのことを思い出す回数も減った。それは自然なことだった。
    SNSでルリを見かけた。知らない友達と笑っていた。画面の中のルリは、前より少しだけ遠かった。それでいいと思った。もう、自分の場所ではない。そう思った。
    ただ一度だけ。その投稿に、見慣れないコメントがあった。
    「また来るね」
    りさはそれを見て、指を止めた。けれど、すぐにスクロールした。意味は考えなかった。

    高校二年生。ルリのアカウントは、いつの間にか表示されなくなっていた。ブロックした記憶はない。ただ、見なくなっていた。それだけだった。
    それでも時々。ふとした瞬間に思い出す。あの部屋。あの声。あの距離。でも、その記憶はもう痛みを伴わなかった。薄い膜みたいに、ただ残っているだけだった。

    ある日。中学の時の友達と集まった時に言われた。
    「りさとルリって、めっちゃ仲良かったよね」
    りさは少し考えてから頷いた。
    「ん…うん」
    ほんの少しだけ、言葉が遅れた。

    夜。布団の中。スマホが一度だけ震えた。画面には何も表示されていない。気のせいだったと思って、伏せた。

    翌朝。高校の教室の後ろの席を、なんとなく見た。朝はその席の子は部活に行っていて、誰もいない。それが当たり前だった。
    それでも一瞬だけ、そこに“誰かが座っているような気がした”。
    怖さではなかった。理由のない、引っかかりだけが残った。そのまま、りさは前を向いた。何も起きなかったように、日常に戻った。後ろの席は空いている。ただ、空いているはずの場所だけが、ときどき、視界の端に残った。

     
     
    うまく生きられなかった日々が、 なぜか愛おしい。そういう話を書いています。