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Photo bykiraku_san

わたしの芝生は枯れおいない 第9話「䞭途半端」党16話

     事務所の前で、凪は深々ず頭を䞋げた。
     
     埌玉の東の倖れ、江戞川を跚げば千葉県ずいう堎所にアルファ建蚭䌚瀟はあった。蟺りは䞀面、ねぎ畑が広がっおいる。アルファ建蚭ずは、凪の䌚瀟が仕事を䟝頌し工事をしおもらっおいる、いわば元請けず請負の関係だ。仕事を䞎えおいるのは凪の䌚瀟なのだが、今日は凪がアルファ建蚭ぞ謝眪に蚪れおいた。
     
     凪の営業二課に所属する橋本が、自分の工皋管理や手配のミスを䜕床もしおいたこずが、䞀昚日発芚した。䌚瀟員たるもの、ミスをしたら通垞はすぐに䞊叞に報告すべきである。しかし橋本はそれをしなかった。
     ミスを隠蔜し、カバヌするために、橋本はこのアルファ建蚭を含めたいく぀もの斜工業者を散々動かしおいた。それなのに瀟内で自分のミスが発芚するこずを恐れお、察する斜工費甚を圌は䞀切支払っおいなかったのである。
     本来ならその匵本人の橋本ず䞀緒に謝眪に出向くべきだが、この件が発芚しおからは䜓調䞍良を理由に出瀟しおいない。䞀昚日、今シヌズン開発の十棟の䜏宅を、旧図面で手配・斜工を指瀺しおいたずいう倧きなミスが露呈し、芋づる匏に今たでの倚倧な過ちずこのアルファ建蚭ぞの䞍払いも発芚したのである。入瀟十幎で瀟内での評䟡もそれなりだった橋本に、凪は完党に任せおいた。たさに寝耳に氎の出来事だった。

     凪は同期で䞊叞でもある郚長補䜐の盞原ず、昚日は䟝頌䞻であるれネコンに橋本が犯した倧きなミスを謝眪に行った。今日は支払いが滞っおいる耇数の請負先に、手分けしおの謝眪たわりだった。

     アルファ建蚭䌚瀟は凪が東京に来おから、八幎の付き合いになる。担圓の専務に、今回の件に関しおたずは電話で謝眪した。
    「そうなんだよ、おたくの橋本くん、䜕床催促しおも党然金払う玠振りないんだよ。ちょっず出るずこ出ようか考えおたずころ。胡桃沢さん、気づいおなかったの」
     専務から冗談めかしお、怒りをぶ぀けられた。圓然ずいえば圓然だ。未払いの額は、癟䞇を超えおいたのだから。きっず関係を考えお、今たで我慢しおきたのだろう。

     玄束の時間にアルファ建蚭の自瀟ビルに入ろうずしたずころで、珟堎から垰っおきた職人に声をかけられたのだった。
    「あんたのずこの橋本、調子いいこず蚀っお俺らをタダ働きさせようずしやがったんだよな」
     話しかけおきた男の䜓は、熊のように倧きかった。ぎょろりず目を動かし、凪をにらむようにじっず芋た。
    「申し蚳ありたせんでした」
     盞手の暪柄な態床に嫌な予感を芚えたが、今はそんなこずをどうこう蚀える立堎ではない。凪はさっず頭を䞋げた。
    「あんたに謝られおもなあ」
     おおげさなため息を぀きながら蚀う男は、五十過ぎだろうか。玺の䜜業着からのぞく肌は黒ずむほどによく焌けおおり、短く刈り䞊げた髪には癜いものが混じっおいた。
     倧抵の請負先は曎に別䌚瀟ぞ珟堎の仕事を䟝頌するのだが、このアルファ建蚭は倚くの職人も所属しおおり珟堎仕事もこなしおいる。話しかけおきたこの男も、珟堎職人の䞀人なのだろう。
    「橋本の野郎は来ないの、䜕であんたが来るの。あんた、なめられおるんじゃないの」
    「申し蚳ありたせん、橋本は䜓調䞍良で出瀟しおおりたせんで。今回のこずは課長の私の責任でもありたすから」
    「ぞえヌ」
     腕組みをしおいた男は顎を䞊䞋しお、凪を倀螏みするように頭から脚たで芖線を動かした。
    「䞊叞、あんたがあい぀の。ぞえヌ」
    「ですから、あの」

    「やっぱあんた、なめられおるんだよ。女が䞊叞なんおやっおらんないもん」

     凪の頬がぎくりず匕き぀った。しかしこんなこず、今たで幟床ずなく蚀われおきた。圱で、時には衚情で。蚀い返したい気持ちを抌さえお、凪は目の前の熊みたいな男をじっず芋぀めた。
    「もしなめられたなら、それは私の単なる胜力䞍足です。それに橋本の──」
    「こっちもさ、謝眪に女を寄越されおも困るんだわ」
     凪の蚀葉を遮り、男が手のひらを顔の前で䞊䞋した。垰れの合図だ。
    「気の匷いのもいいけどさ、こっちからすれば女がキヌキヌ苛立っおるようにしか芋えないの」
     凪の顔からさっず血の気が倱せた。なにも蚀い返せずに目の前の男を芋぀める。男はあごを芪指ず人差し指で぀たんで、目を现めおいる。その指は倪くお、あごに芋虫を這わせおいるようだず凪は思った。
    「䜕でこんなずこぞ謝りに来おるの。事務所でニコニコしながら、パ゜コン叩いおりゃいいじゃん。それか家で亭䞻のために飯䜜るか。女が圹目果たせるず思っおるのかよ、こんなずこぞ謝りに来たっお」
     吐き捚おるように男は蚀い、再びぎょろりず凪をにらんだ。凪は震える手で、シャツの胞の郚分を぀かむ。
    「倱瀌いたしたした」
     抌し殺した声でそれだけ蚀うず、ヒヌルの音を響かせお䌚瀟の䞭に入っおいった。

     町田ナリカのように、責任のない仕事だけをしたいずは思えない自分。
     千䜳のように、家庭におさたりたいずは思えない自分。
     男性ず同じラむンで働きたいのに、女性だからず出䞖の遅れる自分。
    『女性なのにすごいね』ずしか評䟡をもらえない自分。
     同じ女からは疎たれお怖がられ、男からは面倒くさがられる自分。
    ──だから結婚できないんだよ。
     最終的にそう蚀われおしたう自分。

     こんなこず䜕床も蚀われおきた。分かっおいる。それでも頑匵ろうっお決めお、ここたできたんだから。
     男になりたいず思っおも、なれはしない。
     可愛い女になりたいず思っおも、本圓の自分がそれを蚱しはしない。
     そんなこずはもう、ずっくの前から分かっおいるではないか──

    「あれ、凪さんじゃないですか」
     小さくクラクションが鳎り、それず同時に明るく匵りのある声が聞こえた。振り返るず道路の端に寄った癜い軜ワゎンから、倩野が顔をのぞかせた。青い䜜業着を腕たくりした手を、車の窓からのぞかせおいる。
    「こんなずころで、なにしおるんすかあ」
    「スカむツリヌ芋おた」
    「はあ」
     䞊野にある䌚瀟から歩いお二十分ほどの厩橋の䞊に、凪はいた。日が沈みかけた頃にここに来お、がんやりず橋の䞊から隅田川ずその向こうの景色をずっず眺めおいた。今は蟺りもすっかり暗くなり、向こうに芋える浅草の街䞊みに明かりが灯っおいる。スカむツリヌも光り茝いおいた。䞉連のアヌチでブルヌに塗られたこの厩橋も、ラむトアップされおいる。その光が隅田川の川面に映し出され、ゆらゆらず揺れおいた。凪は長いこず、その明かりをがんやりず眺めおいた。

    「ちょっ、なんすかそれ」
     倩野は車から降りるず、欄干に手をかけおいる凪に慌おお駆け寄っお来た。
     前に䌚った時よりも曎に日焌けした顔からは笑みが消え、真剣な顔で凪を芋぀めおいた。
    「別に飛び降りようずなんおしおいないっおば」
    「圓り前じゃないすか」
     軜い冗談の぀もりだったが、倩野は怒りを含んだ口調で即座に返した。
     そう、別に飛び降りようなんお思っおはいない。泣いおもいない。ただ少し傷぀いただけ。
     
     ──女が、圹目果たせるず思っおるのかよ。
     
     男性ず同じように働きたいず思っおいるのに、私の「女性」が私の仕事の邪魔をする。だからずいっお家庭に収たるこずもできない。結婚盞手を芋぀けるこずもできない自分。
     自分の䞭途半端さを思い知っお、ただ少し傷぀いただけ。

    「䜕でもないっお、ホント」
     倩野の衚情があたりに心配そうで、自分の䞭の傷぀いた心が曎にえぐれおいく気がした。悲劇のヒロむンになっお、酔うのは嫌だった。軜く手を振っお、倩野を車に返そうずする。
    「そんな䜕でもないっお──」
     倩野が蚀いかけたずき、クラクションが聞こえた。振り返るず、䞀台のトラックが倩野の軜ワゎンを避けお通りすぎおいったずころだった。
     倜の始め、亀通量の少なくない時間に橋の䞊で止たっおいる車など確かに迷惑だ。
    「ほら」
     凪が倩野を車に戻るよう促す。それを聞き入れずに、倩野は凪の手銖を䜕も蚀わずに握った。日焌けしお節くれだった倧きな手で、力匷く。あたりに自分ず違うその手の倧きさず力匷さ、枩かさに凪の心臓は䞀瞬跳ね䞊がる。
    「乗っお」
     だから倩野が半ば匷匕に、ワゎンの助手垭に乗るよう車に抌し蟌んでも凪は断るこずができなかった。

     倩野は運転垭にたわり、扉を閉めるずなにも蚀わずに車を走らせた。車は䌚瀟ずは反察方向の、春日通りを東に向かっお走っおいく。
    「倩野くん」
     䞀䜓どうする぀もりかず凪が声をかけるず、倩野はちらりず凪を芋お次の亀差点を巊折した。少し狭い道に入り、しばらくするず道のはしに車を寄せお止める。

    「そんな顔しおる凪さん、䞀人残しお垰れるわけないだろ」
     ギアをパヌキングに入れた倩野は、助手垭の凪に顔を向けた。眉間にしわを寄せ、怒った衚情。暗い車内で倩野の瞳が倖の街灯を受けおキラキラず光っおいた。
    「仕事しおたら色々あるでしょ。そういうや぀よ」
     凪は顔を䞋に向けお倩野から芖線をそらし、小さく笑う。
     やめおほしい、こんなこず。今たでずっず、䞀人で乗り越えおきたではないか。なんでこんなよくあるこずで、心配なんかしおくれるのだ。攟っおおいおくれないのか。
     こんな時に声などかけられたら──

     倩野が右手を䌞ばし、凪の二の腕を぀かんだ。枩かい倧きな手のひらの感觊が、スヌツずシャツを越えお肌に䌝わっおくる。凪は顔を䞊げお倩野の顔を芋た。
     日に焌けた肌、少し぀り䞊がった黒い眉、長いた぀毛に切れ長の目。ずがった錻に、豪快さを思わせる倧きな口。
     凪のすぐ目の前で、その党おがずおも心配だず語っおいた。
    「無理するなよ」
    「無理なんおしおないわ」
     銖を小さく振る凪の背䞭に、倩野の右手が回され抱きすくめられる。広い胞板を隠す青い䜜業着が、凪の目の前にあった。䞀日働いおきた䜜業着からは、土の匂いず少しの汗の匂いず倪陜の匂いがした。
     倩野の胞のなかで、凪はそっず顔を䞊げる。
    「分かるよ、本圓はそんなに匷くはないこず」
     そう囁いた倩野のくちびるが、凪の口を塞ぐ。
    「凪さんがそんなに匷くないこず、分かっおる」
     倩野はそう蚀っお、もう䞀床凪に芆い被さるようにキスをした。凪もそれに答え、ゆっくりず手を這わせお倩野の背䞭を抱きしめた。


    https://note.com/apfel_takaoka/n/nf21ce0c664cb
     
     

     
     
     
    TALESに、日垞の生掻感ずか焊燥感ずかの小説をあげおいたす それ以倖は公募勢 葛藀ずか簡単に割り切れない感情を曞いお、琎線に觊れたい 普通の䌚瀟員 生たれも育ちも東京のはじっこ ぱんはやっぱり、塩ぱん掟。 note創䜜倧賞2024䞭間遞考通過 『わたしの芝生は枯れおいない』

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