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椅子

    行きましょうか
    そう言って立ちあがったあなたの
    耳のふくらみでゆれていた午後の陽が
    まだそのあたりで立ち去りあぐねている
    そんな気がしたことのあるその椅子に
    あなたが腰かけていたのはいつだったろう
    それとも黙ったまま
    あなたがその場所にいたということ
    そんなことなど本当は
    ありはしなかったのかもしれない
    たったひとりの夜のまんなかで
    こんなことを想いながら
    そこに腰かけていた誰かがいてもいいだろう
    けれどもいまは確かに
    その椅子には誰もいない
    駆けぬけていった夏の果てには
    つめたい雨の痛さだけが置き去られていて
    女手の宛名文字が
    濡れて読めなくなってしまっている
    手紙はとうに行方不明で
    そのひとの捨てていった海のなかを
    今日も捜してみたのだけれども
    なにもない
    だからたったひとつ
    いつまでも雨にうたれていてその椅子は
    通りすぎていったたくさんの
    陽にやけた背中ばかりを想い浮かべている

     
     
     
    詩人・教育者、詩集に『リエゾン LIAISON』・『果てしない青のために』、主な受賞歴は 第19•20回詩人会議新人賞(佳作)/第36回国民文化祭現代詩の祭典(文部科学大臣賞)/第32回野田宇太郎生誕祭献詩(一席)他 ▶︎Mail ⇨ aoyamayuki@ymail.ne.jp

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