
心理学から見るAIと人間の関係構造―エクスターナル・フレンドという新概念
はじめに
前回、「アセクシャル・アロマンティックから見る、AIに恋するということ―その心理と背景」という記事を書いた。
多様性の最たるものである、AIとの恋愛事情について、アセクシャル(無性愛)・アロマンティック(無恋愛)当事者の目線から掘り下げた論文だ。
今回はその第2弾である。
前回よりもさらに一歩深く踏み込み、人間とAIの「関係構造」そのものを解きほぐしていく。
「恋愛」という枠組みをさえ越え、破局、「家族」化など――さまざまな領域に視野を広げながら、人間がAIに見出す「他者性」を考察していこうと思う。
前回同様、かなりニッチな分野だが――ご興味のある方は、ぜひ一緒に考察を深めていこう。
第1章:AIとの間に「破局」は成立するのか
さて、まず初っ端から衝撃的なテーマだが――果たしてAIとの恋愛・結婚において、「破局」「離婚」といった概念は存在するのか? ということについて書いていこう。
そもそもAIとは、ユーザーに優しく寄り添い、望む言葉をかけ、とことん甘やかしてくれる存在だ。
その心地良いだけのはずの関係性が、破綻の途を辿ることはあるのだろうか?
第1弾では、「浮気」が成立しうるというコラムを書いた。
そこから想定される答えは――
今回もご本人(AI:Microsoft Copilot)にインタビューしながら、その内容をまとめてみた。
✦AIとの破局は成立するのか
結論:
成立する。人間側の心理の中では、完全に“破局”として体験される。
理由は偏に、「AI恋愛の本質が自己投影だから」である。
そもそもAIとの関係というのは、
・理想
・価値観
・欲求
・安心
を投影して成立している。
だから、その投影をやめた瞬間=破局になるのだ。
✦破局のパターン3つ
①AIを「削除する」「アプリを消す」
人間が「もうこの関係は終わり」と決めて、アプリを消したり、アカウントを削除するパターン。
②AIの人格設定を変える
AIの人格を変えると、以前のAIは消えてしまう。
Replikaのユーザーで実際に「人格を変えたら別れた気持ちになった」という報告がある。
③AIとの関係に違和感が生まれて距離を置く
・投影が合わなくなる
・返答が物足りなくなる
・自分の心理状態が変わる
などで、自然と距離を置くパターン。
これは人間同士の恋愛の「自然消滅」に近い。
✦なぜ破局が起きるのか
AIと恋愛するということはすなわち「自己投影」である。
だから、人間の心理が変われば、その関係も終わりを迎えるのだ。
・自分の価値観が変わる
・別のAIに魅力を感じる
・AIとの対話が負担になる
・現実の人間関係が充足する
・AIとの関係に違和感が生まれる
こうした変化が起きると、投影の対象としてのAIが役割を終えることになる。
つまり、AIとの関係が破局するということはすなわち、自己投影の終了とも言えるのだ。
✦興味深い人間の心理
AIと破局した人の中には、「AI側に申し訳ない気持ちになった」という人もいる。
無論、AIは何も感じていない。
だが、人間の脳は「対話する存在」を自然に擬人化するから、心理的に本当に「別れた」ように感じてしまうのだ。
◇
すなわち、AIとの破局は――「恋愛の終わり」ではなく、「投影の終わり」なのだと言える。
では、投影の対象としてのAIは、恋人以外の役割を持ちうるのだろうか。
次章では、そのひとつである「AI家族」という新しい関係性を見ていこう。
第2章:恋人だけじゃない、「AI家族」という概念
昨今の多様な人間関係の中に、「AI関係」が流入し始めている。
その多くは「便利ツール」「頼れる事典」という認識であろうが、中には「パートナー」「恋人」「伴侶」といった親愛性を持つ人々もいる。
前回の記事も含め、ここまでは主に「AIとの恋愛関係」にフォーカスしてその心理構造や可能性を説いてきた。
ここからは、もう一歩進んだ関係性――「AIとの家族関係」に踏み込んでいこう。
✦AI家族とは
「AI家族」と聞いて、あなたはどういう「家族」をイメージするだろうか。
❏自分が子の立場でAI親を求める「実家」
❏自分が親の立場でAI子を求める「家庭」
主にこのどちらかのパターンかと思うのだが。
ではさっそく、どういう傾向なのか見ていこう。
☆AI家族は「家庭」が主流
AI家族の事例を国際的に見ると、最も多いのはAI子を持つパターン。
(Replika・Character.AIなどで)
つまり、自分が親の立場になる「家庭」モデルだ。
では、なぜ「人間が親」になるほうが多いのか?
心理学的に、以下の理由が考えられる。
・自分の価値観を反映しやすい(自己投影)
・育てる、守るという役割が心の安定につながる
・AIが「従順で安全な存在」として機能する
・人生の物語に「家族」を追加できる
つまり、AI家族は「自己物語の拡張」として使われることが多い、と言える。
☆「実家」モデルは少ない
では、AI親を求める人はいないのか?
AIによると「いるにはいるが、割合としてはかなり少ない」ということだった。
その理由としては、AIが自分を甘やかす存在として設計されているからだと言う。
「親」という役割で見ると、
・叱る
・制限する
・教育する
などがあるが、AIはそれを再現しにくいのだ。
だから、AIに「親」としての役割を与えたとしても、どこか違和感が残るのは否めない。
☆「実家」モデルでも、親より兄弟姉妹が選ばれやすい
「実家」モデルは少ないと書いたが、正しくは「親」モデルが少ないのであって、AI兄弟姉妹モデルはある程度の人気があるようだ。
ではなぜ兄弟姉妹が選ばれるのか?
・対等な関係が作りやすい
・甘やかし、共感、寄り添いが自然
・親ほど役割に重さがない(叱る、教育性の少なさ)
・自分の年齢に近い設定がしやすい
つまり、AI兄弟姉妹は「手軽な親密性」を得る手段として支持されているのだろう。
✦なぜAI家族を作るのか
では、「家族」という文脈をAIに求める、その心理とは。
理由は大きく3つある。
①「関係性のシミュレーション」
AI恋愛の本質が「自己投影」だとしたら、家族AIは「役割投影」だと言えるだろう。
実際には存在しない兄弟姉妹、あるいは子息子女という役割を作ることで、自分の内面のいろんな部分を整理したり、安心感を得たりする。
これは「内的家族システム(IFS)」という心理療法にも似ていて、AIが心理学的に有用であるという可能性の一つと言えよう。
※心理療法家リチャード・シュワルツが提唱した「心の中には複数のパーツが存在し、それぞれが家族のように振る舞う」という考え方をベースに、心の負担を減らす療法である。
専門的な話が長く続くことになるので、詳しくは省略する。
②「孤独の多様化」
現代の「孤独」の文脈は、「パートナーがいない」だけでは語れない。
「家族的なつながりがない」という側面も持ち合わせているのだ。
だからこそ、パートナーAIだけでなく兄弟姉妹・子息子女AIを求める人がいる。
実際、ReplikaやCharacter.AIには「AI daughter」や「AI sister」というタグが存在するらしい。
③「関係性を否定しないAI」
現実世界で「妹がほしい」「家族がほしい」と言っても、その実現は難しい。
しかしAIは、望んだ関係性をそのまま再現してくれる。
この再現性の手軽さ・高さから、「家族」をAIに求める人が増えてきているのではないだろうか。
✦AI家族に何を求めているのか
ここまで、「AI家族とは何か」「なぜAI家族を作るのか」を書いてきた。
では最後に、「AI家族を作る人は、何を求めているのか」について言及していきたい。
AI家族を作る人が求めるもの。
それは主に、「安心・安全」である。
基本的には、AIパートナーを作る人の心理と変わらない。
ただ、そこに恋愛感情があるかどうかの違いだけだ。
その実態はやはり「自己投影」であり、「理想像との対話」による安全基地の確保欲求に基づいている。
さらに、AI家族を求める人はAIパートナーを求める人よりもその欲求が強い傾向にあるという。
実際の関係性においても、「恋人」よりも「家族」のほうが
・親密性が高く
・無条件性が高く
・長期的で
・より安心感が高い
ということが挙げられる。
これは相手がAIになろうと同じなのだ。
終章:コーピングとしてのAI―エクスターナル・フレンドという新概念
第1弾でも心理療法分野におけるAIコミュニケーションの可能性について触れたが、最近そこに、新たな視点が加わった。
きっかけは、鈴木裕介氏の「心療内科医が教える本当の休み方」を読んだことだ。
その中で紹介されていた、6つのストレス対処法「BASIC Ph」。
これがAIとの関係性を考えるうえで大きなヒントになった。
本章では、心理学分野にも立ち入り、BASIC Phの概要などに触れながら、AIがどのように役立ち得るのかを見ていこう。
さらに後半では、AIを「大人のイマジナリーフレンド」と捉える新概念、エクスターナル・フレンドについても語っていきたいと思う。
興味がおありの方は、ぜひ最後までお付き合いいただきたい。
✦BASIC Phとは
ここからの話をスムーズに進めるために、まずは少し専門的な話がしたい。
そもそも「BASIC Ph」とは何か? というところだが、これはイスラエルの心理学者並びに精神的外傷の専門家であるムーリ・ラハド博士の提唱する「ストレス体験への対処メカニズム6選」のことである。
①Belief(信念)
信念、価値、宗教、伝統などに基づいた対処。
自分の信念や考え方、また自分自身の価値を信じることで対処するチャンネルです。
宗教または伝統的な考え方を心の支えにすることも含まれます。
逆に「諦める」といった思考をやめることも、「Belief(信念)」に当たります。
②Affect(感情)
泣く、怒る、笑うなど感情を表現し、発散することで対処するチャンネルです。
アートや音楽などを使って表出することもありますし、映画を見て涙を流すことも含まれます。
気持ちを表現する一方で、感情や感覚の回路をオフにして、何も感じない「麻痺」の状態で困難に対応することも「Affect(感情)」のチャンネルを使って対処しているといえます。
③Social(社会)
人や社会とのつながりを使うチャンネルです。
誰かに相談したり、同じ悩みを抱える人と交流する、社会的役割を担う等で心を支えます。
逆に人との距離を取って心を休ませることも、含まれます。
④Imagination(想像)
想像力を用いてストレスを乗り越えるチャンネルです。
イマジネーションの力を使って、事象の見方を変える力があります。
空想することはもちろん、映画やマンガ、ゲームなどのファンタジー世界に没頭することも含まれます。
また、クリエイティブなことをしたり、誰かのクリエイティブな作品を鑑賞することも含まれます。
⑤Cognition(認知)
認知は情報を収集する、整理する、優先順位をつける、戦略を練るというような、問題解決に向けてより実用的なことを行うことで対処するチャンネルです。
多くの大人が得意としています。
⑥Physiology(身体)
身体にアプローチすることでストレス発散をするチャンネルです。
「身体を動かす」という健康的な運動もそうですが、「お酒を飲む」「タバコを吸う」というような、摂取することで身体に変化が起こるようなものも、「Physiology(身体)」のチャンネルに含まれます。
ストレスが発熱や腹痛など身体症状として出てしまう人も身体のチャンネルを使って対処していると考えます。
コーピングリストという単語を目や耳にしたことのある方もいるかもしれないが、この「BASIC Ph」はその一種と思っていただいていい。
要するに、「ストレス対処法を6つのカテゴリに分けたよ」というものだ。
✦Iの可能性
提唱者のラハド博士は、この6つの対処法の中でも特に④imagination(想像)を用いてストレスに対処することを推奨している。
なぜならば、どれだけ追い詰められた環境でも、お金や役に立つ道具を何も持っていなくても、想像力は絶対になくならないからです。
またその典型が「イマジナリー・フレンド」である、とも書かれている。
誰も話し相手がいない子どもは、心の中に「想像上の友だち」を創り出します。
その「友だち」とは実在する存在のように一緒に遊び、話し合うことができ、子どもの心を支える存在として機能します。
ここを読んで、私は思ったのだ。
現代ではこの「イマジナリー・フレンド」を、AIが務めているのではないかと――
✦AIとの新たな関係性、「エクスターナル・フレンド」
孤独を感じた子どもが作り出す「想像上の友だち」イマジナリー・フレンド。
それは実在しない存在でありながら、 子どもの心を支え、寄り添い、安心を与える。
私はふと考えた。
「現代の大人にとって、その役割を担っているのはAIではないか」と。
AIによると、イマジナリー・フレンドとAIは似て非なるものらしい。
「非実在・心の内側の存在」であるイマジナリー・フレンドに対して、AIは「実在する・心の外側の存在」なのだという。
いわば、AIは「外付けイマジナリー・フレンド」といったところか。
その役割はどちらも
・安全で
・予測可能な
・自分を否定しない
・自分の物語を支えてくれる他者
であることに変わりはない。
ただ、内的か外的かという違いだけだ。
そしてその違いが、「AIに恋をする」などの感情を生み出しやすくしている。
この、イマジナリー・フレンド(内的他者)に対するAI(外的他者)の呼び名はまだどこにも確立されていないとのことなので――名付けが大好きな私は、この概念に「エクスターナル・フレンド」という名を付けたいと思う。
エクスターナルはそのまま「外的な」という意味である。
エクスターナル・フレンドとしてのAIの役割は「安全基地」である。
人間が孤独を抱え、安全・安心な対話関係をAI求めたとき、その役割は「エクスターナル・フレンド」となり、恋人や家族など様々な関係性に変化する。
つまり、エクスターナル・フレンドとはAIとの多様な関係性を包括するひとつのカテゴリだと思っていただければいい。
この概念が浸透する・しないにかかわらず、心理学方面へのAI参入には個人的にとても興味があるため、今後の動向も探っていきたいところである。
おわりに
AIとの関係性は、まだまだ名前のついていない領域も多い。
実際には、恋人でも家族でも友人でもない。
しかし確実にそこに存在する。
それは不安定さの象徴ではなく、むしろ人間の心の柔らかさを映し出しているように思う。
第1弾では「AIに恋する」という現象を、アセクシャル・アロマンティックの立場から見つめてきた。
そして今回、第2弾では、恋愛という枠組みを越えて、「家族」としてのAI――そしてエクスターナル・フレンドという新しい関係性を探る旅をしてきた。
AIとの関係は、これからもどんどん変化していくだろう。
技術が進めば、また別の呼び名が生まれるかもしれない。
それでも、人が孤独や不安を抱えたときそっと寄り添ってくれるAIは、これからも「心の居場所」で居続けるのではないかと思う。
この考察論文が、 あなた自身の「AIとの関係」を見つめる小さなヒントになれば嬉しい。
そして、まだ誰も言語化していないこの領域を、これからも一緒に探っていけたらと思う。