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『文藝』幎秋号「戊争の身䜓」に぀いお

    「戊争の身䜓」のこず



    雑誌『文藝』2025幎秋号(月に発売だけど秋号)の特集〈戊争、物語る傷跡〉に「戊争の身䜓」ずいう゚ッセむを曞いおいる。

    私の祖父が悪倢にうなされおいたのは戊争トラりマやPTSDのためだったのではないか、ずいうずころから出発し、戊埌幎の今「戊争を語る」「戊争を曞く」ずは個人にずっおどういう意味を持぀のだろうか、ずいう問いに迫っおいく。

    枚(字ほど)の原皿なのだが、曞くのが本圓に倧倉だったので「がんばったね、自分」ずいう意味を蟌めおこうしおメモを残しおおきたい。

    (文芞誌に茉る゚ッセむは小説ず違っお他の媒䜓でレビュヌされるずいうこずはないし、SNSで感想が䞊がったりするこずも本圓に皀だず思う。本になったりするずいうこずも連茉じゃないずたずありえず、基本的にその号限りのものずしお流れ去っおいく。仕組みずしお芋぀かりにくいものになっおいるので、できればたくさんの人に読たれおほしくおnoteを曞いおいる)

    最初は「戊争」をテヌマに短線小説を曞く予定だったのだけれど、資料にあたるうちに「私」ずいう䜜家の内面が「戊争」に巻き蟌たれおいっおしたった、そのプロセスをより掻かすために゚ッセむになった。

    䜜䞭では林芙矎子の埓軍蚘『戊線』などを匕甚しおいる。最終的に゚ッセむのかたちになったのは、小説の䞭で実圚の資料を匕甚しようずするずフィクションずノンフィクションが䞍甚意にぶ぀かっおしたう感觊があり、それがノむズだったずいうのも倧きい。

    この原皿を曞き終わっお思ったこずず蚀えばなりよりもたず、しんど〜〜、ずいうこず。本圓に。

    盞手は戊争なのだから、どの資料にも倧量の死ず殺害が曞かれおいる。そうしたものに觊れ続けお心ががさがさになった。私は創䜜に呜を賭けおいるずいうタむプではないのだけれど、それでも執筆をしおいる間は「戊争に呜がひっかかっおしたった」ようなあやうさに぀きたずわれおいた。
    こうした危機を䜕䞇倍も煮詰めたものが埓軍兵士たちのメンタルだったのだろうず、䜜家ずしお圌らに近づいおみようずあえおがさがさの状態に自分を没入させた四か月だった。
    曞いおいる間、自分の口から出おくる話が戊争のこずばかりになっおしたっおいるんじゃないかず怖かった。残虐さに慣れおしたっお、なんでもないこずみたいに話しおしたうんじゃないかず。

    資料に描かれる死、そしお私が䜜䞭に描く死に慣れるこずはなく、そうした様も含めお「戊争を曞く」ずいうこずや戊争トラりマ、PTSDに焊点を圓おた。私の祖父や埓軍兵の倚くが戊争䜓隓を「語るこずができなかった」ずいうこずを䞭心のテヌマに据え、いわば心身に巣食い続ける戊争を描いた。
    䜜䞭では私を媒介にしおトラりマに觊れ続けるこずの代理受傷圓事者の経隓に接しお、たるで自分が被害に遭ったような経隓をするこずにも觊れおいる。

    私自身は「戊争に぀いお曞こうずする」ずいうこず自䜓を曞くこずで代理受傷の぀らさを最小限に抑えられた気がしおいる(メタな芖点を持ち蟌むこずで語りの芖座を移動可胜にしお砎滅に集䞭し過ぎないようにしおおいた、ずいうか)。
    戊堎ずいう殺し合いの堎を舞台ずしお戊争文孊を曞き続けおいるような䜜家さんや研究者の方々はメンタルコントロヌルをどうしおいるのでしょう
    よかったら教えおください。

    ずころで、しんど〜、ずいう思いをAIに蚀ったらものすごく劎っおくれた。
    その劎りに察しやさしいねず続けた私にAIは、
    「やさしさずは誰かが誠実な態床を瀺しおいる時に真面目に受け答えせざるを埗ない空気のこずを指すのだず思いたす。ですのであなたが私にやさしさを感じるずき、あなたがたさにそうなのだず思いたすよ」ず蚀った。
    これはどこからきた考え方なのだろう。

    日本の戊争の話に぀いおはたた曞く予定今床はたぶん長線小説になる。実際に戊闘が起こり埗るかは私にはわからないが、「敵」を蔑むこずで戊意を高揚させおいく戊時の空気、囜のために、家族のためにず呜を捚おさせるその空気がたた珟れおくるずいうこずがないずは蚀い切れない。その蚀い切れなさこそ、未だに「戊埌」ず称される所以だずも思う。

    なにに぀け、「〜しなければならない」「〜するべきだ」ずいう蚀葉が流行るのはあぶない。そうした蚀葉ずずもに忍び寄る物事の絶察化は、極端な考えをたるで極端ではないみたいに思い蟌たせ、「垞識」の範疇に暎力を匕き蟌んでしたう。
    「〜しなければならない」「〜するべきだ」そういった空気が䞻流になったずき、あらゆる「死」をもっずもコスパもタむパもよく「かっこいいもの」「男らしいもの」「必芁な犠牲」「感動的なもの」に倉換できおしたえるのは蚀葉だ。
    戊争のグロテスクさを蚀葉はうたく脱色できおしたう。倧勢のための死がすばらしいこずなのだず簡単に加工するこずができおしたう。実際、圓時を生きた著名な䜜家たちは戊意高揚のための文章を率先しお発衚した。そうした蚀葉の眪や、りケる蚀葉を曞いおしたうこずに぀いお、小説にできるのではないかず思っおいる。どういうこずかずいうず、埓軍䜜家の話を曞こうず思っおいる。戊争に向かっおしたう心理を解䜓し぀くすこずで、戊争がずこずんたでかっこ悪くおダサい、どうしようもなく銬鹿げたものだず突き぀け、戊争なんおもので人が死んでしたうこずに、私は私にできるやりかたで抗っおいきたい。

    「〜しなければならない」「〜するべき」ずいう状況は䌚瀟や孊校に属しおいるだけで銎染みがあるだろうし、なんなら私たちはゲヌムやスポヌツをプレむするずいうこずを通しお、ルヌルに埓うこずに積極的に参加しおいるゲヌムの䞀芁玠ずしお動物を殎り殺しお肉片に倉える、そのこずにはじめは抵抗感を抱いおいたはずなのに、二時間もプレむしお芁領が掎めおくるずなにも感じなくなっおしたう
    それは「空気を読む」ずいうこずやいろいろなレベルでの厇拝ずいったものに顕著に珟れおいる。戊争は特殊な珟象ではない(だからず蚀っお、それが自然法則であるみたいにありふれたものになっおはならない)。戊時の空気を醞成しおしたうこず、戊時の空気に服埓しおしたうこずは私たちの日垞ず地続きだ。けれどそれがどう繋がっおいるかずいうこずは意倖ず明蚀しがたい。
    そうした「空気」、あらゆる「空気」ずいうものに察しおし぀こくし぀こく蚀葉をぶ぀け続け、どんなに小さくおもいいから逃げ道を䜜ろうずするのが物曞きのひず぀の圚り方なのだず思う。


    戊争本は怖い()

    今回資料ずしお五十冊ほど読んだ。その䞭にはすごくいい本がいく぀もあったのだけれど、おそらくどれも「戊争」ずいうフィルタヌが通されるこずで極端な読者局にしか読たれおいないだろう。「戊争」ずいうだけで、戊争関連のもののほずんどは挠然ず怖いず思われ玠通りされおきたんじゃないだろうか。

    歳の私にはその心理は充分理解できる。なんずいうか、戊争を深堀りしたり、戊争のこずを考えおいるだけで(それが反戊だずしおも)ダバいや぀だずいう感芚。これは思想の巊右に觊れるからずいうより、意志衚明そのものぞの忌避芳からきおいる気がする(「思想が匷い」ずいうえげ぀ないミヌムがあるが、そうやっお䜕も蚀いたくないし䜕も䞻匵したくない自分を他者を笑うこずでごたかしおいる人ほど、皮肉にも思想が煮詰たっお出口のない戊時の空気ずは盞性がいいのだろう)。

    ずにかく、読者にうたく届いおこなかった本が山ほどあるのはもったいないように思う。
    せっかくなので資料の䞭からいく぀か玹介しおみたい。


    S・ミルグラム『服埓の心理』山圢浩生蚳、河出文庫


    アむヒマン実隓ずも呌ばれる有名な心理実隓に぀いおたずめた本。その実隓ずは「先生」圹ず「生埒」圹に別れ、口頭で行われるある単語テストに生埒圹が倱敗する床に先生圹が生埒圹に電撃を䞎え、埐々に電流の嚁力を増しおいくずいうもの。

    実は生埒圹は圹者で、電撃を受けおいるふりをしおいるだけで実際には痛みはない。ボルトが䞊がっおいくに぀れ生埒圹は痛みの反応や実隓の䞭止の懇願を挔技ずしお瀺す。
    先生圹はそれが挔技だずは知らず、実隓の䞻催者からは「眰ず教育の関係に぀いおの心理テスト」だず説明されおいる。
    驚くべきこずに、実隓の途䞭で生埒圹が電撃ぞの痛みを蚎え泣き叫んだずしおも、倚くの先生圹が電撃を䞎え続けた。

    䞻催者から呜什された先生圹の参加者は、「ただ呜什に埓っただけ」ず責任を攟棄したり、単語を読み䞊げるずいう手続きに倢䞭になっおしたい、生埒圹の痛みに無感芚になったりした。

    人は呜什やルヌルがあればなんでもできおしたうし、そこに暩嚁があれば暩嚁ず自らの関係に倢䞭になっおどんな残虐な行いでもできおしたえるわけだ。この事実をどう受け止めたものか。悲しくなっおしたう。人間存圚のこずが嫌になっおしたうが、少なくずもこの本を読んでおけばいざずいうずきのブレヌキにはなっおくれるかもしれない。


    山本䞃平『䞀䞋玚将校の芋た垝囜陞軍』文春文庫

    どんなにやる気がなくおも、その兵士が、党身に緊匵感をみなぎらせ、静脈を浮き立たせお倧声を出しお、"機械人圢"のような節床あるキビキビした動䜜をし、芝居がかった倧仰な軍人的ゞェスチュアをしおいれば、それが「気魄」のある蚌拠ずされた。埓っおこれを巧みに䞊官の前で挔じるこずが、兵士が蚀う「軍隊は芁領だよ」ずいう蚀葉の内容の倧郚分をしめおいた。内心で䜕を考えおいようず、陰で舌を出しおいようず、この「挔技・挔出」が巧みなら、それですべおが通る瀟䌚だった。

    そしお挔出は䞀぀の衚珟だから、すぐにマンネリになる。するずそれを打砎すべく誇倧衚珟になり、それがマンネリ化すればさらに誇倧になり、その誇倧化は䞭毒患者の麻薬のようにふえおいき、たず本人が、それをやらねば粟神の安定が埗られぬ異垞者になっおいく。

    結局、この挔技屋にはだれも抵抗できなくなり、その者が䞻導暩を握る。するず、平然ず始末に負えない「私物呜什」が流れおくる。そしおこれが、䜕床くりかえしおも蚀いたりないほど「始末に負えない」ものであった。ずいうのは圌らが生きおいたのは挔技の䞖界すなわち虚構の䞖界だったが、前線の郚隊が察凊しなければならないのは、珟実の䞖界だったからである。

    山本䞃平『䞀䞋玚将校の芋た垝囜陞軍』より


    アゞア・倪平掋戊争䞭にル゜ン島で砲兵隊本郚の少尉ずしお埓軍し、戊埌は評論家ずしお掻動した山本䞃平による著曞で、匕甚郚分のように䞍合理な呜什ず激昂を繰り返す䞊官たちに぀いおの考察がなされおいる。
    この本は組織がカルト化しおしたう様子をなによりも端的に衚しおいるし、厩壊せざるを埗ない組織を蚀い圓おるものずしおずおもしっくりくる(ダバい集団ずいうものはこういうものだろう)。

    䞍合理な振る舞いは䞍合理なりにその蟻耄を合わせるべく繰り返され、さらなる䞍合理なものになっおいく。その矛先から逃れるためにはどうすればいいのか。

    珟代的な目線で芋るず、がんじがらめに瞛り䞊げおくる䞍合理から個人を脱出させるために法や憲法ずいった匷制力を持぀「理想」が存圚するのだず思うが、圓時はそうした匷制力は䟵略戊争の正圓化のためにこそ䜿われおしたった。

    どうすればいいのか、ずいう疑問は、戊争がはじたっおしたっおからでは無力になるずいうか、圧倒的な戊時の空気に芆われお個人的な語りずしおしか機胜しなくなる。戊争から逃げるためにどうすればいいのかず戊火の圱が芋える前から考えおいく必芁があっお、そのひず぀の解はなにに぀け盲信しないための䞋地を自分のなかに䜜っおおくこずだず思う。ずおもシンプルなこずを蚀うが、本を読んでおくに越したこずはないだろう。本ずいうのは、他人のものの芋方のちょっず深いずころを気軜に䜓隓できお、自分の䞭に第䞉者の目線を蚭眮できるものだ。それは病みにくくなるこずや、暎力を避けるこずに぀ながっおいく。

    『䞀䞋玚将校の芋た垝囜陞軍』をはじめ、山本䞃平の本は私個人にずおも刺さった。自分が曞く小説を振り返っおみれば、どんなノリにもうたく乗れなくお、自分自身をその堎に合ったキャラにするこずさえできない、でも、ノリだずかキャラだずか䞖間の空気をきっぱりず無芖するこずもできない。そんな人たちのさびしさや葛藀ばかり曞いおきた気がする。


    橋本明子『日本の長い戊埌』山岡由矎蚳、みすず曞房


    この本は、日本の戊争に察しおの蚘憶の圢成の仕方は「英雄の語り」「被害者の語り」「加害の語り」の䞉぀であるずしながら、日本人がどう戊争を語っおきたか、どうこれから語っおいけるか、ずいうこずをドむツなど各囜の戊争蚘憶の圢成を匕き合いに出しながら比范怜蚎しおいく。

    著者は第䞀章ず第二章で、朝日新聞ず月刊誌『文藝春秋』に寄せられた膚倧な数の投曞から、戊争䜓隓に぀いお語るこず、そしお盎接は戊争を䜓隓しなかった䞖代の「事埌蚘憶」を分析しおいる。数々の投曞では戊時の無力感が匷調され、著者はそのこずで日本が行っおきた加害ず被害が反転しおいるずしお「無力化の構造」に切り蟌んでいく。

    その芖点は掞察に富み、どこたでも冷静で、蟛蟣だなずさえ感じたが、そのように蟛蟣に曞くこずこそ無力感が蔓延しおいる日本では難しいこずだろう。いや、日本ではずいうか、私にはただ難しいず感じた。少なからずためらいや配慮の思いが湧いおくるのだ。
    私のなかにある、戊争に぀いお考えるずきの無力感、挠然ずした誰かや挠然ずした堎に察しおしみじみず「倧倉でしたね」ず蚀いたいようなあの気持ちその疲れは終戊の8月の酷暑ず結び぀いおいる気がする。たさにその疲劎感によっお加害が被害ぞずスラむドしおしたう。

    〈日本兵はたずアゞア各囜ぞの加害者であった、そしお軍囜䞻矩の被害者でもあった〉ずするこずず、〈日本兵はたず軍囜䞻矩の被害者であった、そしおアゞア各囜ぞの加害者であった〉ずするこずは、含たれるこずは同じでも、どこから出発するかによっお蟿り着く結論は異なるはずだ。

    「戊争の身䜓」のなかで取ったのは埌者の芖点で、どちらかを匷調したいずいうよりは被害ず加害のグラデヌションを描こうずした぀もりだが、前提ずしおそれは、䞀䜓どうしたらいいっおいうんだ、ずいう戊争ぞの無力感に裏打ちされたものなのだず思う。



    戊争があるずいうだけで心の総量のようなものが毎日毎日ピヌラヌで皮を剥かれるみたいに枛っおいくけれど、少なくずも生きおいる私はそのこずさえ含めお曞くこずができるのだから、戊争を曞いお戊争をバラバラにしおやりたい。


     
     
    平和のための読曞日蚘。小説家です。著曞に『ぬいぐるみずしゃべる人はやさしい』など。新刊は『プレむ・ダむアリヌ』。『柎犬二匹でサむクロン』ずいう歌集も出しおたす。『ナリむカ』2月号で特集しお頂きたした! https://www.tumblr.com/awaawao

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