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子なしシリーズ 10月22日 子どもを持たない私が、“保育士”を目指す理由

    「子どもがいないのに、なんで保育士の勉強をしてる?」

    もっともな疑問。

    正直、最初は私もそう思ってた。

    “子どもがいない人が保育を学ぶ”って、なんだか不思議に聞こえる。


    でも、学び始めて気づいた。

    保育って、子どもを育てる人のためだけのものじゃない。

    誰かを支えるすべての人に、つながっている世界なんだ。



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    弟の世話が教えてくれた「人を支える」ということ


    私は子どもの頃、体の弱い弟の世話をよくしていた。

    ミルクを作って、おむつを替えて、目を離さないようにする。

    楽しい思い出よりも、正直ちょっと寂しさの方が強かった。


    でもあの頃、「誰かのために動く」ことを自然に覚えた。

    それは“お姉ちゃんだから”じゃなく、

    ただ目の前の人を助けたいという気持ちだったんだと思う。



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    「子なし」だから見える景色もある



    市役所で働く中で、たくさんの家庭を見てきた。

    親が疲れていたり、子どもが元気すぎたり、

    うまくいかない日が誰にでもある。


    そんなとき、ふと思った。

    子どもを育てる人を支えることも、“保育”なんじゃないかって。


    保育士資格には、
    度々制度や施設の話がでてくる。

    健康保険や生活保護、ケースワーカーの話も出てくる。

    つまり、親やまわりの大人を前提とした話だ。

    私はこのあたりは市役所にいたから、人よりは少しわかる。


    私は子どもを持たないけれど、

    “協力する人”として生きていけるのかもしれない、と思った。



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    育てなくても、支えることはできる



    「育てる」だけが社会の還元ではないのではないか。

    見守る、寄り添う、信じる。

    それもぜんぶ“支える”ということ。


    私は子どもを持たないけれど、

    子どもを支える人たちの力になりたい。

    そして、自分の手が「誰かを包む手」であり続けたい。



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    さいごに


    保育を学ぶことは、

    心の奥の「世話する力」を、もう一度思い出していく作業。


    私がこの道を選ぶ努力をしているのは、

    自分に子どもがいないからじゃなくて、

    人を支えることが、私の生き方だから

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