
今日、世界は49回滅びの危機に瀕していた。
私が常人だったなら、今日、世界は49回滅亡していた。
スッキリ起床できなかった、1回。
目覚めが悪いのはいつものことだが、今朝は一段と不快だった。
眠気を拭えないまま、数分ただボーッとするだけの時間。
なんとも腹立たしい。
腹と腰が痛い、4回。
痛みというのは、常に人の機嫌を損ねるので厄介だ。
どんなに痛みに耐えようと、その端々で苛立ちが見え隠れする。
一刻も早く解放されたい。
下着が汚れた、1回。
朝から下着を洗う姿は惨めを極めていたことだろう。
世界のバランスを揺るがす大惨事にも関わらず、私は沈黙を守った。
めちゃくちゃ偉い。
マグカップが重い、1回。
いつもなら軽々持ち上がるマグカップが指に食い込む。
地球の引力は私を微塵も歓迎していないようだ。
気に入らないな。
痛み止めが効かない、4回。
この痛みを前にすると、普段世話になっている医学の英知ですら無力と化す。
問答無用で追加投入。
もっとやれるはずだ、全力を出せ!
月に一度の理不尽な呪いは、毎度ながら凶悪だ。
今朝だけで世界は11回も滅んでいたのだから。
いま世界が無事なのは、私が慈悲深く我慢強いからに他ならない。
世界は私に感謝した方がいい。
外出先でも、もちろん世界は滅びに向かう。
出勤、2回。
お仕事がある限り会社へ赴く。
今すぐ会社の所在地を我が家の二軒先に移すべき。
こんな状態でも働く意思がある私を労って。
バスが遅れた、1回。
いつもなら些細な遅れなど気にしないが、今日は虫の居所が悪いのだ。
渾身の面白ギャグが書いてあるラッピングバスでなければ釣り合わない。
クラクションの音は「なんでやねん!」に変更だ。
PCの処理が遅い、5回。
画面の砂時計が回るたび、あまりの遅さで不機嫌さに磨きがかかる。
瞼も異様に重く、気を抜くとそのまま閉じてしまいそうだった。
下を向いて、画面を睨むことで強制開眼。
やっぱり痛み止めが効かない、6回。
必死に痛みから意識を逸らしていたが、それも4時間が限界。
胃が荒れることを承知で追加の錠剤を流し込む。
薬が効力を発揮しないせいで、東アジアの片隅で世界は6回滅びかけた。
計14回は滅んだ。
痛み止めが効かないのはいけない。
滅びのスイッチを連打したくなる。
世界は私を崇め奉った方がいい。
夜になるともっと酷い。
カバンも足も重い、4回。
疲れた体は、あと少しの帰路をとても長く感じさせる。
痛みと闘いながら、世界の平穏のために己をセーブ。
自宅は車輪を付けて私を迎えに来るべき。
靴がスポッと脱げない、2回。
一刻も早く横になりたいのに、踵を擦り合わせても上手く脱げない。
いつもはガバガバのくせに、今日に限って私の足をガッチリホールドしている。
なんだこの靴、秘密結社の刺客か?
食欲ない、2回。
生きるための燃料補給すら拒絶したくなる。
美味しいものを美味しく食べられないなど、全く以て許されない。
生存権の侵害だ、いい加減にしてほしい。
風呂しんどい、4回。
もはや体力など残っていない肉体に風呂という任務はあまりにも過酷。
特にドライヤー、いつまでも乾かない髪と格闘している時間が苦しい。
湯船からベッドまで全自動搬送システムを早急に開発すべき。
どうしても痛み止めが効かない、12回。
もうこの段階になると怒髪天を衝いていた。
全然効かない。バカンスでも決め込んでいるのか?
頼むから今すぐこの痛みとオサラバさせてくれ!
布団の中で痛みにじっと耐え忍ぶ私はきっと、世界で最も哀れな姿だったに違いない。
今日くらいは世界を滅ぼしてしまっても誰も文句は言えないはず。
眠りに就くその瞬間まで、滅びの呪文を唱えることしかできなかった。
そうして世界は24回滅んだ。
私のフルパワー忍耐のおかげで、そうはならなかったというだけ。
命拾いしたな、世界。
50回目の危機を免れるかは、痛み止めの効き具合に懸かっているのだ。
世界は私の慈悲深さに平伏して明日の幸せを願ってくれ。