
隊長!敵が攻めてきました
子供の頃はお姉ちゃんがいることに憧れを持っていた。
洋服を貸してもらったり、髪の毛をアレンジしてもらったり。
姉がいるとどんなだろうと妄想していた頃もあった気がする。
しかし、そんな姉はフィクションの中にしかおらず、現実の姉妹はそんなに甘くないことを友人から聞かされ、兄で良かったと思うようになった。
4つ離れた兄は、私を非常に可愛がってくれた。
幼稚園でもらったビスケットを、まだ歯も生えていない私のために持って帰るとポケットに入れようとしたり。
私が小学校に上がるときには、「いじめられたら俺に言え」なんてかっこいいことを言ってくれたり。
兄の友人たちと遊ぶ時も、一緒に連れていってくれた。
兄の友人はどう思ってたのか知らないが、当時住んでいた地域の子供の中では上位層に位置していたのか、その妹として私の存在を認めてくれていたように思う。
私の実家は山を切り崩して作られた住宅地だったので、いろんな生き物が山から出てくることがあった。
ちなみにここに住むと決めたのは、住宅展示を見に行った兄の「ここ、トカゲがいるからここがいい」だったらしい。小学校に上がる前の男子の考えることなんてそんなものだ。
その結果、小学校まで徒歩で片道45分の道のりを通うことになるとは思ってもみなかったに違いない。
兄のすごいところは、友人たちと遊ぶ時も、ただ連れていくのではなく、役割を与えて遊びに参加させてくれたことだ。
ある日、兄の友人4、5人と、住宅地と山の境目あたりで遊んでいた時、誰かが「蛇だ!」と、言った。用水路に逃げ込んだらしい!
わっ!と、盛り上がり、即座に兄は私に向かって言った。
「そっちの用水路見てろ!」
「わかった!」
と言って、蛇が出たところから少し離れた、用水路の隙間をじっと見ていた。
「いたか?」
「いない」
いたところで、私に何かできるわけでもない。
役に立たない監視役である。
また、ある時は住宅地全体を戦場に見立てて、敵味方に分かれて戦争をやっていたこともあった。
兄は隊長だった。かなりの人数が参加していたように思う。
隊長である兄と、その妹であることが誇らしかった。
その場では私は通信兵という役割をもらった。
通常は基地に常駐しており、敵が攻めてきたら走って隊長を探し敬礼した上でこう言うのだ。
「隊長!敵が攻めてきました!」
練習も何回もやった。
避難訓練と同じだ。本番で力を発揮するためには練習は不可欠なのだ。
兄たちが侵攻している間、基地でおとなしく待っていた。
その時、出番がやってきた。
基地の裏から敵が攻めてきたのだ。
私は慌てて、兄を探しに走り出した。
それなりに広い住宅地である。どこにいるかわからないが必死で走った。
やっと歩いている兄を見つけて、敬礼をする。
「隊長!!敵が攻めてきました!!」
完璧だった。
声の大きさも敬礼の手の形も。
その声に応えるように、兄が言った。
「俺、もうやられた」
・・・隊長!
やられて基地に戻るところだったのだ。
あの戦争がその後どうなったのか、私の記憶はここまでだ。
今でも兄とは二人で美術展に行ったり、映画を観たりする。
モモ、はてしない物語など、数々の本に囲まれて育ったせいか、感性が似ているところがあるのかもしれない。
成長していくにつれ、分岐していった時代もあったが根底にあるものは似通っているのだろう。
私にとって兄は、今でも隊長だ。負けることもあるけど隊長なのだ。
兄にとっての私は、通信兵よりは昇格しているだろうか。
副隊長くらいになっていればいいなと思っている。