過払いありがとう
ありがとうを言い過ぎる
仕事をしていると
ありがとうございますを言いすぎてしまう癖がある
ありがとうという言葉を言われて嫌な人はいないだろうし、感謝は伝えたほうがいい
でもそれは適切な場面において
だと思う
私の場合は
「〜だったから、助かったよ!」
「ありがとうございます!」
という多分ありがとうじゃなかったな、みたいな場面でありがとうと言ってしまう
こういうとき、
「よかったです」
と言える人になりたいのだ
私は、昔から初対面の人との会話に凄く緊張してしまい、肩に力が入りすぎる。
そういう時、会話から逃げるように不本意な言葉を言ってしまうこともある。
その場合、私はよく自分を下げて(自虐ネタとかさ…)なんとかその場をうまく収めようとする。
自分を下げることが1番、相手を傷つけないという浅はかな考えからそうしてしまっていたのだけど、そうすると
私の中に残るのはいつも「自分を下げたことによる虚しさ」と
「相手の会話を断片的にしか覚えていない自分」
である。
非常に良くない。
実はここ半年で環境が大きく変わり、色んな人と出会う中で、もっと仲良くなりたいという自分のなんとも可愛い気持ちに目を向けたとき、今まで自分がしていたことが相手にとって凄く失礼だったなあと反省した。
そこで最近は少し時間をおいて
強制的に自分を思考させてから答えさせている
しかし、それによって
相手に「会話のリズムにおける不快感」を与えていたら申し訳ないなぁ、嫌だなぁ
なんて思っていた矢先、こんなことが起きた。
以下🦑↓↓↓↓
私の会話が映画のワンシーンになる
ある日、職場で初めましての人と話しているときにその会話を聞いていた先輩が
「2人の会話を聞いていると是枝監督の映画を見てる気分になる!」
と言ったのである。
「何を言っているのですか?」と思いながら
「そうなんですか?」と答えた。
まあ、絶対にそんなことはない
私たちはただ、「近所にスーパーがどのくらいあるのか」という話をしていたから……
しかし先輩によると
私たちの会話に穏やかな空気が流れているようでそう思ったらしいのだ
先輩が理由をつらつらと答えたので、私も
そうかもしれない…という気持ちになってきて(絶対に違うけど)
「なるほど…!」と答えた(絶対に違うけど)
帰り道、
私が懸念していた「ゆっくり話すことで与えるかもしれない不快感」は誰かにとっては是枝作品を彷彿させてしまうのか…(絶対に絶対に違うけど)と思ったら、
なんか
それに付随して感じていた色んなモヤモヤが
どうでもいい気がしてきて
早歩きになって
時折スキップにもなって
15分くらい巻いて家に着いた。
【あおざめもずくの自己開示】
そもそも早歩き達人なのでデフォで徒歩でかかる所要時間の5〜10分は巻けるにょ💃🏻