
「推しと結婚したいので、別れて下さい」第13話 推しって、人生を変えるんだ
あれから一年が過ぎようとしていた。
人生って、本当に何が起こるか分からない。
一年前の俺は、まさか元カノが行方不明になり、その元カレのアイドルと沖縄まで追っかけていく、なんて想像もしていなかった。
もっと言えば。
俺が、推し活を始めることになるなんて、絶対に想像できなかった。
――さて。
橋本仁奈、神宮寺蒼、そして俺。
あの後どうなったのか。
順番に話そうと思う。
◇◇◇
まずは橋本仁奈について。
仁奈は今、ここにはいない。
沖縄のさらに先にある小さな孤島にいる。
海釣りの事故の日。
奇跡的に助かった仁奈は、島で民泊を営むタエさんに助けてもらった。
俺たちが必死で探していた頃。
仁奈は高熱を出して、しばらくの間寝込んでいたらしい。
スマホは海水で壊れ、連絡手段もなさそうだった。
そして、気付けば数週間が過ぎていた。
普通ならすぐ帰ってくるところだろう。でも、仁奈は帰ってこなかった。
タエさんがいたからだ。
タエさんは一人で民泊を切り盛りしていた。
けれど高齢になり、体力の限界を感じていた。それと、後を任せられるような後継者もいなかった。
お客さんのために出来るだけ続けたいけれど、店を閉めるしかないのかと悩んでいたそうだ。
そんな時、仁奈が流れ着いた。
まるでドラマみたいな話だ。
俺も最初は作り話かと思った。
でも本当だった。
仁奈が後で笑いながら教えてくれた。
タエさんは言ったらしい。
「結婚なんか考えんでいいから、好きなだけここにおりなさい」
その言葉に……仁奈は救われたそうだ。
心の重荷がすっと軽くなる気がしたとのことだった。
そして、ふたつ返事で民泊を手伝い始めた。
今では予約管理から接客まで担当し、タエさんから料理も教わっている。
さらには、過疎化が進む島にどうやって若者を呼び込むか。SNSで発信をし、今やイベントまで企画しているらしい。
毎日がとても忙しそう。
でも、すごく楽しそうだった。
仁奈は結局、夢だったものを二つ叶えた。
海のきれいな場所で暮らすこと。
そして。
自分の店を持つこと。
良かったな、仁奈……本当に。
あの時、モヤモヤしたまま俺と結婚しなくて。
今なら心からそう思える。
◇◇◇
次に神宮寺蒼について。
彼は相変わらず大人気だ。
アイドルグループ『シャイニー★ナイトメア』のメンバーとして全国を飛び回っている。
ただ、一年前と少し違うことがある。
食レポだ。
喫茶レトロでオムライスを食べていたあの日。
俺は神宮寺に言った。
「神宮寺さんって、食べてる時が一番幸せそうですよ」
すると神宮寺はハッとして、真顔になった。
「それです!」
「何が?」
「僕が、僕らしくいられる場所!」
「え……?」
不思議に思っていたら、しばらくして神宮寺から連絡がきた。
そして、なぜか食レポYouTubeが始まったのだ。
『神宮寺蒼の、美味しい食べ物いっぱいたべるぞー!』
が大当たりした。
全国の喫茶店、定食屋、ラーメン屋。神宮寺が幸せそうにご飯を食べるだけの動画。
それが人気に火がついた。
今では登録者数もかなり増えているし、動画の再生回数は100万回を越えた。
――そして、その企画、撮影、編集と、チャンネル運営。全部をやっているのは俺だ。
気付けば休日のほとんどを神宮寺と過ごしている。
人生って本当に分からない。
◇◇◇
「神宮寺ーーーっ!!」
俺は全力で叫んだ。
場所は福岡ドーム。
『シャイニー★ナイトメア』は、
ただいま絶賛全国ツアー中。
隣では友人の健太が引いている。
「直人、お前うるさいわー」
「うるさくない!」
「ね、麻衣ちゃん、こんな奴引くだろ?」
「う、確かに……」
健太の隣には仁奈の友人、麻衣ちゃんがいる。
彼女とは、今や神宮寺蒼のファン仲間になっていた。
俺の右手にはペンライト。
首から双眼鏡。万全の準備をしてきている。
「あ、直人さん、ライブタオル買ったんだ!」
麻衣ちゃんが、俺が首からかけているタオルをめざとくみつけた。
「やー、買うのに1時間並んだかも」
「えー、いいなぁ。でも、並ばなくても蒼くんに頼んだらいいんじゃない?」
「いやいや、そこはファンとしてちゃんとしたルートで買うよ」
「えらいー!! ファンのかがみだわ」
「だろ?」
俺と麻衣ちゃんのやり取りを、健太はじーっと見ていて笑った。
一年前。
推し活なんて言葉すらよく分かっていなかった俺。
それが、今ではライブのために全国行脚する男になっていた。
――人生って本当に分からない。
ステージの上で神宮寺が輝いている。客席に向かって手を振ると、会場が歓声で揺れた。
その時、スマホが震えた。
メッセージがきたんだ。
送信者は橋本仁奈。
『今日のお客さん、名古屋から来たんだって』
『島の星空、見て感動して泣いてた』
『あと、魚煮てたら焦がしちゃった!』
思わず笑った。
仁奈は相変わらずだな。
内容がいちいち平和すぎる。でも、文面から楽しんでることがわかった。
俺は返信を打った。
『神宮寺、今日もライブで輝いている!』
数秒後。
『推し活してるねー』と返ってきた。
本当にそうだと思う。
推し活は、今や俺の生活の一部になっていた。
そして……結局、俺たちは結婚しなかった。恋人にも戻らなかった。
――でも。
あの別れがあったから。
あの日々があったから。
今があったりするんだと思う。
そして俺は知った。
推しって、人生を変えるんだ。
それは恋愛だけじゃない。
夢も。
出会いも。
生き方も。
全部……。
だからもし、また誰かにこう言われたら、
『推しと結婚したいので、別れて下さい』
俺はたぶんこう返す。
『とりあえず、君の推しを教えてくれ』
会場の歓声が最高潮になる。
俺はペンライトを高く振り上げた。
「神宮寺ーーーっ!!」
叫びすぎて喉が痛い。
会場の熱気で身体があつい。
人生は、思ったより面白いらしい。
これから先、どんな感じになっていくのか……今から楽しみだ。
―おしまい―
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最後まで『推しと結婚したいので、別れて下さい』をお読みいただき、本当にありがとうございました。
また次の物語でお会いできたら嬉しいです。
感想なども頂けますと幸いです。
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