メインコンテンツへスキップ
見出し画像

炊き立てご飯とあったかみそ汁があれば大丈夫

    炊き立てご飯とあったかみそ汁があれば、大丈夫な日がある。

    私にはASD(自閉スペクトラム症)の息子がいる。

    始まりは、1歳9ヶ月健診だった。

    「なんでもいいので、悩んでいることはありませんか」
    「小さいことでもいいのでありませんか」

    そう聞かれ、私は少し迷いながら言葉の遅さを伝えた。

    男の子だからそのうち追いつくだろう。
    そんな気持ちも、どこかにあった。

    それでも後日、行政から連絡がきた。
    先日伺った内容について一度来てほしいと。

    理由がはっきりしないまま呼ばれたことに、
    小さな違和感だけが残った。


    会ったその日。
    息子が持っていたおもちゃを相手が手に取ろうとした。

    その瞬間、息子ははっきりと怒った。

    まだ言葉にならない「うーん!」という声とともに、
    「僕のだ」というように、おもちゃを引き寄せた。
    そのまま、私の横に寄ってきた。

    空気が変わった。

    「あら、怖いですね」

    その言葉に、私は一瞬、意味が分からなかった。
    怖いとは、何に対してだろう。


    好きな食べ物を聞かれたとき、私は「ご飯が好きです」と答えた。

    それだけのことなのに、

    「ご飯以外も食べられるようになるといいね」

    と返ってきた。

    好きなものを聞かれただけだった。
    息子は、他のものも食べている。

    それでも、その場で否定することはできなかった。

    違うと言えば、
    “発達を認めたくない母親”になる気がしたからだ。

    そのまま、療育の話が静かに進んでいく。

    それが、始まりだった。


    私は考えた末、療育ではなく幼稚園を選んだ。

    初めての集団生活。
    そこから、少しずつ見えるものが増えていく。

    毎年の巡回相談。
    できることと、できないことが整理されていく時間だった。

    小学校は普通級に在籍しながら、個別の配慮を受けた。


    小学生になると、できることも増えた。
    けれど同じだけ、うまくいかない場面も増えた。

    その差が、私の心を少しずつ揺らしていった。


    あるとき、支援の先生から「薬」という言葉が出た。

    突然のことだった。

    頭が追いつく前に、気持ちは怒りになっていた。
    学校のことを、信じられなくなった瞬間だった。


    それでも、それは私の感情。

    必要なことかもしれない。
    そう思い直し、発達外来を受診した。

    検査と聞き取りを重ねる日々は、長く感じた。


    そして半年後の4年生の夏に
    息子はASD(自閉スペクトラム症)と診断された。

    そのとき、薬の必要はないと言われた。

    少しだけ、肩の力が抜けた。


    学校とは支援の形を整えながら、日々を過ごすことになった。

    ある日、支援の先生が言った。

    「あまり例がないので嬉しいです」

    私は何も言えず、ただうなずいた。

    その嬉しさはなんだったのだろう。
    分からないまま、しばらく耳に残っていた。


    月日が進むにつれ、環境も変わっていく。
    息子は落ち着かない日が増えた。

    学校からの連絡も増えていった。


    5年生になった頃、その流れは一気に加速した。

    友達と一緒に行動し、トラブルも増えた。

    学校から電話があるたびに、身構えた。
    また何か言われるのだろうか。
    今日は何事もありませんように。
    そう願う日々が続いた。

    息子は、帰ってくるとケロッとしている。
    特性なのか、その日のことを口にすることは無く、こちらから聞くと嫌なことを思い出したように怒る。
    けれど、謝るときはいつも素直だった。

    家にいる息子と、学校にいる息子が違って見えた。


    ある日、私は限界になり、息子の前で泣いてしまった。

    泣いてる私をみて、息子も泣いた。

    その姿を見て、少しだけ息ができるような気がした。

    それから時々、息子は私に聞くようになった。

    「ママ、大丈夫?」


    そんな息子は、イライラしたときも、怒られたときも言う。

    「炊き立てご飯とみそ汁が食べたい」

    それを食べると、少し落ち着いた顔をする。

    その時間だけは、世界が少し静かになる。


    炊き立てご飯とあったかみそ汁があれば、大丈夫な日がある。

    まだそう言い切れる日と、そう言い切れない日を行ったり来たりしながら、
    それでも今日も、ご飯を炊く。

     
     
    暮らしの中の小さな出来事から、 自分の心を少し見つめています。 家族との毎日。 ふと立ち止まった瞬間。 「これでいいのかな」と思ったこと。 頑張ることだけが正解じゃない。 自分を少し大切にすると、 見える景色も少し変わる。 そんな気づきを、 ゆっくり言葉にしています。

    あなたへのおすすめ