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絵本を“ちゃんと”読み聞かせしなかったから、わかったこと

    その日の読み聞かせは、正直、あまり“ちゃんと”できていませんでした。

    毎日の息子の就寝前の読み聞かせタイム。
    子育てで、「これは!」と胸を張れる習慣はあまりないのですが、寝る前の読み聞かせだけは、小学生になった今もなぜか続いています。

    ただ最近は、仕事やコミュニティ活動のことで頭がいっぱいで、この時間をあまり大事にできていない自分がいました。
    少し疲れていて、少し投げやりで、冗談を言ったり、皮肉をこぼしたりしながら読んでいました。

    息子に何かを”教える”ためではなく、ただ一緒にページをめくっていただけの時間。

    そんな中、その日息子が最後に選んだ絵本が、『ちいさなあなたへ』 でした。

    息子が生まれる前、産休前に当時の職場の同僚がプレゼントしてくれた一冊です。

    「久しぶりに読んでみたい」とのこと。

    正直に言うと、プレゼントしてもらった当時の私は、この絵本の良さを十分に受け取れていなかったように思います。(世間での評判が良いことは知っていましたが)

    「わが子がだんだんと成長して大人になっていく過程を想像しながら語る母親の視点からの絵本」

    そんな、少し表面的な感想しか持てていませんでした。

    でもその日は、読みながら、息子と、そして自分自身と、思ったことを正直に声に出しながら読んでいました。

    例えば、冗談まじりに、

    「すやすやとゆめをみているあなたをみながら、わたしもときどきゆめをみる……」
    という箇所では、

    「お母さんも眠くなっちゃったのかね」と笑ってみたり。

    「しんぞうがはりさけそうになるまではやく、とおくへ、かけていくひもあるだろう」の場面では、

    「そんなふうに挑戦できたらいいよねぇ。きっと、みんながみんなそうじゃないと思うけど」と、少し皮肉めいたことをつぶやいたり。

    すると息子が、

    「じゃあ、お母さんは?」と聞いてきました。

    「うーん、そうだなぁ。もしかしたら、なかったかも。そんなにがんばったこと。強いて言うなら、“今”のほうが挑戦できているかな」

    そんなふうに、ぼそぼそと会話を交えながら読み進めていました。

    そして最後の一節で、はっとしました。

    そうして いつか
    ながい としつきの はてには、
    あなたじしんの かみも
    ぎんいろに かがやく ひが やってくる。
    わたしの いとしいこ。
    そのときは、どうか わたしの ことを おもいだして。

    『ちいさいあなたへ』

    ――ああ、だから英語のタイトルは “Someday” なんだ。

    「いつか」でいいんだ。

    子どもが自分の人生を生ききった、そのずっと先でいい。
    そのときに、ふと思い出してくれたら、それでいい。

    なんて、子ども主体を大切にしているお母さんなんだろう。

    だから多くの人の心に響いていたんだと、はじめて腑に落ちました。

    死ぬ直前でいい。

    母親のことを思い出すのは。

    それまでは、自分の人生を大事にして生きてほしい。

    そう思ったら、自然と涙が出てきました。

    こんな母親になりたい、と心から思いました。

    これまで私はつい「わが子のため」と言いながら、世間体を気にしたり、自分の価値観を押しつけてしまったり、選択肢を狭めてしまっていることがありました。

    そしてそれは、私自身が育ってきた中で感じてきたこととも、どこか重なります。

    私の母もまた、同じような側面を持っていたように思います。

    長い間、そのことで苦しさを感じてきたこともありました。

    中年になった今でこそ、ようやく、母に対して自分の意見を伝えたり、何かを勧められても自分で考えて選択できるようになりましたが、ほんの数年前まではそうではありませんでした。

    親と子。

    とても身近で、だからこそ距離の取り方が難しい関係。

    それゆえに、親は一歩引いて、子どもを「見守る」ことが大切なのだと、しみじみ感じた夜でした。

    絵本の読み聞かせにおいて、
    「ちゃんと読まなきゃ」「いい話として伝えなきゃ」と、
    どこか“母親としての正しさ”が物語を受け取るうえで足かせになることがあるのかもしれません。

    でも、あの夜は「母親」という役割から少し降りて、
    ひとりの人間として、この絵本と息子と自分と向き合うことができたからこそ、
    「いつかでいい」という言葉が、“きれいな物語”ではなく、
    自分に向けられたメッセージとして届いたのだと思います。

    こんなささやかで貴重な時間が、「いつか」読み聞かせをしなくなるその日まで、続いていったらいいなと思いました。


     
     

    aki

     
     
    キャリアを「つんだ」中年です。 詰んだと思ったことも、積んできた経験も、 これから摘み取っていきたい仕事もある。 中二病的な思考が抜けきれずに、 仕事や日常で感じたモヤモヤを つれづれに書いています。 ▶ブログ:https://blog.blueandfall.jp/

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