尾ひれをつけたはなし
別に誇張しまくった話をしたいのではなく。
文字通り、尾ひれをつけてはじめて泳いだ。具体的には「モノフィンを初体験した」はなし。
ちょっとおもしろかったので気持ちを記録しておきたい。
未来、多分うまくなって初心を忘れてしまった自分用。
モノフィンって?
モノフィンはこんな感じ。
両足一体化したフィンを使って泳ぐ。
とにかくスピードが出るらしい。
だからイルカのようなジャンプだってできる
なんでやりたい?
私にはハクジラの身体になりたいという欲求がある。
彼らは尾ひれで泳ぐ。
このモノフィンの体験でハクジラに近づいた感じがするのか。これを確かめたかった。
解剖学的にはハクジラの尾びれに相当する器官は尻尾だ。後ろ足ではない。
ハクジラの後ろ足は進化の過程で退化して、その代わりに尻尾を使って移動することになった。
一方のヒトは尻尾を退化させて後ろ足"だけ"で移動することになった。
そんなヒト後ろ足を尾ひれに見立てて泳ごうというのだ。
イルカたちのあの動きをヒトの足腰で代用しようものなら、フォームがおかしいと椎間板ヘルニアになる。
おまけに両足が拘束される。慣れないまま海に出ればパニックになって溺れることは珍しくない。慎重かつ充分な練習が必要なのだ。
とは言えヒトの身体の使い勝手の良さはすごい。
ウォーミングアップ
よく私が水中生活に憧れる理由のひとつとして「3次元方向の自由度」を挙げることがある。
それを実現しているのが空気よりもずっと粘性の大きい水の存在だ。
これを押しのけるだけで上でも下でも好きに移動できる。
自分の腕はほとんど円柱形。アシカのように水を押しのけるのに適した形状ではないが、かろうじて手のひらが機能する。
もっぱら腕を使って泳ぐペンギンやアシカの洗練された腕の形状を思い出しながら、自分の汎用的だが中途半端なヒトの腕で泳ぐたび、先割れスプーンを思い出す。
モノフィン
初めて実物を見た。でかい。
足はゴムの摩擦で全然入らない。ギチギチ音を立てながら苦労してはめ込む。
基本的な起き上がり方、立ち方を教えてもらった後、いよいよ泳ぐことに。見様見真似でドルフィンキックをしようとしてみる。
足が動かない。
はじめは誰かにフィンを押さえつけられているのではないかと思った。
押さえつけていたのは学習机ほどあるフィンの面が受ける水の抵抗だった。
「蹴るんじゃなくて水面にお尻を突き出してみな」
依然として水を蹴っている感覚はない。でも腰を水面に突き出し、下ろし、それを繰り返していたら水底の景色が少しずつ動き出した。
「いいね。そしたら次は手の先から下げて、胸、腰、フィンと全身使ってやってみよう」
意識なんてできないが、ドルフィンキック自体は馴染みのある動きだ。
進む。確かに進む。蹴るたびに顔に水圧を感じる。
「じゃあ次はスピード出してみようか」
完全に見様見真似。
全身を完全に水中に沈め、細かく素早く動かしてみる。
うまく言えないけど水の流体力学的な特性が体に指示してくるリズムみたいなものがあって、それに合わせて水を押す。
ちょうどブランコに乗っている人の背中を押してより振幅を大きくするようなかんじ。
ある瞬間に完全に掴んだ。
水の強い抵抗を腕と顔に感じる。
にもかかわらず減速するどころかぐんぐん速度が上がり続ける。
この矛盾をなんとか脳が処理しようとして、諦めた。
水中ではとてもありえない、経験したことのない加速を感じた。
こわい。
自動車教習所で初めて40km/hを出したあの速度の恐怖。
これは一瞬後に興奮に変わった。
そのまた一瞬後、泳ぎ始めた時には25m先にあったはずの壁が急に現れた。
長く水泳はやってきたがこんなに早く壁が現れるはずがない。
咄嗟に両手で受け止めるも、壁から受ける反作用は想像以上に強く、全力で押し返してやっと顔面の衝突を防げたほどだった。
「モノフィンはスピード出るからね、たまに壁に手をつく時骨折しちゃう人もいるんだよ」と。
納得。
一息ついて気づいた。
この25m、一度も息継ぎしていない。
無呼吸で25m泳ぎ切っていた。
しかもまだまだ余裕があった。
「イルカと泳ぎたいならスピード出す泳ぎ方は大事だよ。例えばサメが来たら全速力で逃げないといけないからね。」
「あとクジラ。口を開けてきたら必ず逃げなきゃいけない。」
以前スキンダイビングをした時、やる気満々のサメに狙われたら私の肉なんぞ齧らせてやろうと腹を括っていた。
でももしかしたら、ほんとうに逃げられるのではないか?
いや、逃げられるようになってやろう。
残りの時間は全速力の練習をして今日だけでもうまくなるぞ。
「無呼吸の全速力は1日8本までね。」
え、ダメなの。
詳しくは教えてくれなかったが、身体に長期的な悪影響があるらしく、決められていることらしい。
この理由は是非とも知りたいのでご存じの方いたら教えて欲しい。
残りの時間はフォームをきれいにすることを意識してゆっくり大きく泳いでいた。
もちろん難しさもある
少し進行方向がズレた時。
二本脚に慣れた動物として、位置に関する問題解決は脚を別々に動かして対処したい。
結果別々に動かそうとした脚がフィンを傾かせ、呼吸孔が想定外の方向に回転し、呼吸できず、水を飲む。
なるほどこうやって溺れるらしい。
練習終わり
フィンを脱いで最後に普通に泳いだ。この時の衝撃が忘れられない。
水の粘性がまるで感じられない。
蹴っても蹴っても進まない。
おかしい。なんだこれは。
水中にいるのに足の周りだけ空気のようだ。
いったい今までどうやって泳いでいたのか。
平泳ぎとも犬掻きとも言えないジタバタでなんとか泳ぎ切った。
道具の力はすごい。
ヒトの体は能力の面から言えばいくらでも劣った点を見出せるが、汎用性と拡張性は他の動物にはないものがある。
モノフィンの扱いに慣れて、もっと自由に泳ぎ、水面からジャンプなどやってみたい。できる人はいる。
ハクジラになった感覚というのはわからないが、少なくともあの非現実的な水中での加速は、モノフィンが誕生する前は海洋生物だけに許された特権だっただろう。
とはいえ。
例えばシャチの息継ぎは1〜3分に1回。水深20mまでで生活の7割を過ごし、9000kmの距離を42日間でほぼ休まず泳いで移動、ということができる。
モノフィンは間違いなく「ヒトの海棲哺乳類としての能力」を大きく引き上げる。
しかし実際のハクジラの生活をするにはヒトの生理学的な限界を超えなくてはならない。
その方法についてはまた別の機会に考えたい。
尻尾か脚か
最後に気になっていたことについて。
以前、私が真にハクジラになるには、脚を切り落とし、何かしらの方法で尻尾を生やし、それを尾ひれとしなければならないと、半ば脅迫めいた心持ちで信じていた。
今回体験して思ったのは「尻尾だろうと脚だろうとどっちでもいい」ということだ。
ヒトとして移動するときは「脚で歩いている」感じがある。
一方でモノフィンで泳ぐ時は全身が1つの移動器官であった。その末端の一部分が脚だろうと尻尾だろうとどちらでも良い。
何か別の問題を発見するまで、脚を尾ひれとして使うことにしよう。
継続的に練習に参加しよう。
いい日だった。
