
頼んでいないお土産
人は時として、頼んでもいないお土産を家に持ち帰ってくることがある。
それは地方の名産品だったり、話題のスイーツだったりするわけだが、うちの相方の場合は、決まって他人の会話という、極めて鮮度の落ちやすい、そして正直どうでもいい情報の断片だ。
先日、相方がオープンカフェで一息ついていたとき、隣に座っていた30代とおぼしき女性二人組の会話が、どうしても耳にこびりついて離れなかったらしい。
「あのさ、今日ね、お昼過ぎにカフェにいたんだけどね―」帰宅するなり、相方はコートも脱がずに話し始めた。よほどその会話の違和感を誰かに共有したかったのだろう。
相方の話によれば、その二人組は「清楚系の黒髪」と「不思議系の茶髪」という、まるで対照的なビジュアルだったという。
話の火蓋を切ったのは、茶髪の方だ。彼女はカフェラテの泡を見つめながら、唐突にこう言い放ったらしい。
「私、ずっと自分には異能が備わっていないと思って生きてきたんだよね」
異能。30を過ぎた大人が、真っ昼間のオープンカフェで、厨二病の残り香のする単語を真顔で繰り出す。
その時点で、隣で聞き耳を立てていた相方の「観察スイッチ」は全開になったという。
聞き役の黒髪が「ちょっとした文章くらいなら書けるでしょ」と真っ当なフォローを入れると、茶髪は「あ、今のはボケね。一旦忘れて」と、つっこみを律儀に管理し始めたらしい。
一番関わりたくない、自己申告制の面倒くさいタイプだ。
そこから、茶髪の女性による「魂の演説」が始まったという。
「誰かに見せる前提の文章はね、あんなの記号みたいなもんでしょ。だからちょちょいで書けるのよ。でもね、自分の内面は違うの。心の深淵にある、下水道の奥底に沈殿してるヘドロみたいなドロドロした本心を書き出そうとすると、急にブレーキがかかるわけ。それでも頑張ってドロドロを吐き出そうとするんだけど、気づいたら『今日は楽しかったです』みたいな、全年齢対象、PTAも大喜びの作文みたいな仕上がりになっちゃうのよ」
相方はその表現の汚さに若干引きつつも、茶髪が導き出した「結論」に妙に感銘を受けたらしい。彼女はこう叫んだという。
「これ、義務教育のせいだと思うんだよね。私たちはね、常に『先生に提出するための正解』を書くクセがついちゃってるの。もうね、教育が、私の魂の叫びを、校長先生に褒められるフレーズに変換しちゃうのよ!」
……ところがだ。
そこまで熱く、日本の教育システムという巨大な壁に異議を唱えていた茶髪に、黒髪の友人が「うん、わかった。……で、なんでそのドロドロを書きたいのよ?」と素朴な疑問をぶつけた瞬間、茶髪は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、「えっ!?なんでだっけ!?」と、動機を全ロスしたらしい。
結局、茶髪の女性が「自分の内面と向き合いたい」と言い出したきっかけは、SNSで誰かが言っていた受け売りだった。さらには、念のためにスマホのAIに相談したところ、「その指摘は鋭いですね」とお世辞を言われたことで、「私は間違っていない」と確信を得たのだという。
「いや、それ一番自分の内面から遠いところにいるじゃん」
黒髪の友人が放ったその完璧なツッコミを、相方は心の中でスタンディングオベーションしながら聞いていたらしい。
一通り話し終えた相方は、どこか満足げな表情でこう締めくくった。
「でもさ、あの茶髪の人が言ってたこと、ちょっとわかる気がするんだよね。俺もさ、文章がどうしても型にはまっちゃうのは、やっぱり国語の授業の弊害だと思うんだよ」
相方はそこで一度言葉を切り、窓の外に視線をやった。
「もっとこう、俺の中にもあるはずなんだよね。誰にも見せられない、ドロドロした塊みたいなものがさ」
さも自分も深い葛藤を抱えた人間であるとでも言いたげな、遠い目。国語の教育を嘆き、内面のドロドロに憧れるその横顔を、私はしばらく黙って見ていた。
この男は、さっきの女性の「SNSの受け売り」というエピソードを聞いて笑っていたはずなのに、今まさにそれと同じことを、自分の意見のような顔をして、私に卸している転売ヤーなのだ。
他人のエピソードをそのままスライドして語ってしまう相方の心の中は、ドロドロの塊どころか、驚くほど不純物のない無菌状態。
もはや、反射するほどにツルッツルに違いない。
その顔を見つめながら、ただ「そうだね」とだけ答えておいた。