【短編小説】的を、変えてくれ
テニスボールがとんでくる、それを打ち返す。またくる、打ち返す。それだけのこと。反復。
でも、シズカの番は10回に1回。部員数が多い。ジッと待つのが苦手なシズカは少し離れたところで、誰かが打つボールに合わせて素振りを繰り返した。
「打てへんなぁ」「ほんまになぁ」「あの球出しが悪ない?」「ほんまにな」なんて、居心地の悪い思いをするのが嫌だから。
だから、ラケットを振り回していた。真剣なフリをして、人のせいにしてる話を情報として耳から頭にいれながら、今後の立ち回りを考える。
球出しの場所、打ち返すのが失敗したとき、ボール拾いの後輩の動かし方、先輩への賛辞、自分の立ち位置。あらゆる声掛けのパターンを組み立てる。誰にも弱みを見せてはいけない。これが中学二年生の、部活動。
「しゅーごーう!」
部長の高い声で顧問の教師の元へ集められる。「下手なくせに」そんな声が聞こえた。どんな立場やねん。シズカは心中お察しいたします、と顧問の元へ周囲と同じペースで走った。
舐められてるのを理解しているはずの顧問、あだ名はマキコ。名字でなく下の名前を呼び捨てされている。舐められている。そんな少しずつベトベトしたマキコは、ねっとりした声で語り出した。
「このなかで、1番上手いの誰やと思う?ってそこの男子たちに聞いてみてん」
空気が色めき立った。
内股になる膝の角度、ニヤける口角をシズカは見逃さない。
そこの男子たちは、ここで他責を歌うのが得意な彼女たちの憧れの的である。
「そしたら、シズカが1番上手いと思うって」
視線が、痛い。
シズカの視線は、マキコの口内の唾液に固定された。
「1番、真剣に練習してるからやって。自分の番でないときも、素振りして、目が離せない。どんどん上手くなってるって」
言葉が、強い。
あのさ、それ、男子のありがたいお言葉にする必要あった?マキコのお言葉やと響かないから?
あのさ、あのさ、あのさ。
シズカの頭で生贄という言葉が踊る。
「みんな、シズカ見習ってやるように。わかるやろ?」
殺すぞ、マキコ。
シズカは苦笑いしながら「1番下手やから……」と答えた。
殺される、マジで。
ハイ!と重なる可愛い女子中学生の声に、シズカは崩壊を理解した。
シズカはこのあと予定通り、球出しのポジションをする。
「下手でごめん!」
笑い声と共に飛んでくる強いボールを、つめたい身体と頭で甘んじて受け止める。気が済むまでやられるしかない。
「ナイスファイトー」
予定通り微笑みながら賛辞。立ち位置はまだ変えられる、はず。シズカは中学二年生だから。
シズカを狙ったボールが「下手だから」近くの一年生に当たる、前に、ラケットで打ち落とす。
「ナイスファイトー」
一年生に目配せして、球出しを再開する。恥ずかしいはずの八つ当たりに付き合わされているのは、シズカだけじゃない。
(下手でありがとう)
的も定められない集中力。
シズカは後輩からの初恋みたいなボケっとした視線に、安堵した。
球を出す、打ち返す。それだけのこと。
「なんでおんねん」
部活終わり薄い青が残る夕暮れ。1番最後まで片付けして帰ることで、明日からの学校生活のガス抜きをしたシズカ。雲が流れるのを見ながら坂道を登る。帰り道、兄が道のはじで、草抜きをしているのを見つけてしまった。
「シズカ!一緒に帰ろ!」
爽やかに笑う黒の学ラン。汚さないよう長い足を折りたたんで、草を抜いている。
「朝ケンカしたやん」
何故草を抜いているのか。シズカは朝の罪悪感を草抜きに意識を移すことで、反抗期を抑えていた。
「でもオレお兄ちゃんやしなぁ。この先イヌおるやん。オレが追い払ったるから、帰ろや」
朝、キモいから学校で話しかけんなって一方的に八つ当たりした。さっきぶつけられたボールは痛かった。兄は朝も困った顔して笑ってた。帰りも声をかけられないから、ここで待っていたのだろう。2時間。
「……イヌはこわいわ。アキラ兄ちゃん、ありがとう」
ニカリと日の光を感じさせる笑みをこぼしたアキラは、手をはたき、学ランのズボンに擦り付けた。
「そんなんせんとって!!」
またお母さん疲れるやんか。
やってもうたなー、とヘラヘラ笑うアキラを見据える。
「なんで草抜きしてたん?」
「え?オレの道作ろうと思って」
「は?」
「こっちはもうコンクリなっとるやん。だから、はしはオレの道にしたら明日から気分ええやろな、思って」
とりあえず帰ろか、とサブバッグを肩に背負い、坂道を登るアキラを追いかけるシズカ。コンパスの差にまたイライラする。
「足が長くて細いなんてアキラ兄ちゃんはズルい」
「アキラ兄ちゃんの美術部はほぼ帰宅部なのおかしい」
「今日も女の子たちは変だった」
「アキラ兄ちゃんの同級生、はよ帰ってほしかった」
シズカはアキラの前では、素直に言葉を持てた。
ひととおり愚痴を吐き出してため息をつくシズカ。
「今日の晩御飯はハヤシライスやで」
アキラが穏やかに唱えた。