
希望的貧乏
今朝起きると「お父さん帰ってくるまでにバイク動かしといて」と母親からLINEが届いていた。昼から雨の予報だったので、午前中にギリギリ乾くと見越し家族全員分の洗濯物と掃除機とを終わらせて、家にあった5本1パックのみたらし団子を胃に詰め込み、脱毛の予定があるので急いで家を出た。
脱毛は到着して10分もかからずに終わってしまったので、どうせならこれまでに行ったことが無い場所に行ってみようと思い、高島屋のWithgreenでサラダを食べることにした。
単品注文は貧乏と思われる気がして、普段まったく飲まない、むしろ嫌いなオニオンスープもセットで付けてしまった。
1800円。
スーパーだったら菓子パン10個にコロッケなんかも付けて、2日分の食料は手に入る。貧乏こそ太るとはよく言ったもので、そういえば一度身に付いた脂肪のことを贅肉と言うのはあまりにも皮肉が効いている。高収入のデブに付いている肉は贅肉、低収入のデブにはひらがな表記のぜい肉、と多様性に配慮して区別する未来が来てもおかしくない。
貧乏暇無し。1人あたりで生み出すことのできる価値が低いから、生活を成立させるための資産を生み出すために時間を長く売らなければならないということわざ。
お金持ちは他人の時間を買い取って、または機械によって本来売らなければならなかった時間を代行させ、その24時間を大きく増やすことができる。なので、人間1人あたりに与えられた24時間は決して平等では無い。その中で我々貧乏にできることはせめて24時間のうちに出来ることをより効率化して増やすことくらいである。
肉体を鍛えておけばついでに見てくれも痩せて、SHEINやらしまむらをくたびれる前に買い回しておけば貧乏に見えることもないだろう。そのために高いサラダを食べているのは本末転倒もいいところだが。
「お待たせしました〜」と運ばれてきたオニオンスープは、「うわっ」と置かれた瞬間にグラっと揺れて、トレイに溢れた。拭くためのペーパーかおしぼりをもらうか、または取り替えをお願いしたい量だったのだが、もちろん余裕の無い貧乏と思われたく無いので、「え、えへへ…」と言いその場を濁した。「全然、大丈夫ですよ^^」の一言を選べていない時点で貧乏確定である。
スマホを見ると「バイク、動かしてくれへんかったんやな」と母親からLINEが届いていた。帰宅すれば「反省しなさい」「なんで動かしてないんや」と階段をドタドタと駆け上がりながら、責められることだろう。父親によってバイクがボコボコに破壊されていないことを願っている。19万の原付とは言え高い買い物だし、買い直す出費は地味に痛い。
実家を出たいな〜と思い早9年。
Geminiに「年収◯◯万で家賃■■円の生活は可能?」、「転職より先に実家を出るのは順番として悪い?生きていける?」と質問すると、大抵「その年収でその家賃は妥当なラインですヨ!」と肯定の回答が返ってくる。
しかし、この世で最も正しいのは私(もしくは私を育ててきた言葉たち)だと強く思い込んでいるので、私自身が無理だと思っている限り、いくらAIに励まされようが友人にリアルな生活費を聞こうが回答をイマイチ信用しきれていない。心も収入も貧しい私が実家を出て安全に生きていけるわけがない。バイクを動かすたった5分が捻出できないこんな人間が。
今まで通り過ぎるだけで入ったことのなかった、四条通りのエクセルシオールカフェに来た。
グレーと水色が基調の店内は落ち着いた音楽も流れていて、とても居心地が良い。このカフェにいる人は誰も私のことなど知ったこっちゃなくて安心する。
もしもこんな空間が家で、誰にも迷惑を掛けず誰からも干渉されない生活ができたら幸せだろうなと思って、2つの不動産屋に内覧の予約をした。会社に通いやすくて、いい感じに駅に近いところ。今の収入に見合った部屋は到底女性が安全に住める環境では無いだろうが、精神的な安全が無いに等しい今と比べれば、たとえ寂しかろうが精神の自由が守られるならば今よりも大丈夫になれると信じている。
ということで友人たち、私は来月から暇無し貧乏になるので、自宅での激安野菜鍋パーティー以外では遊べなくなります。近所の食べられる野草でも探しておくから、たまに生存確認にでも来ておくれよ。