
電車で見かけた男の子
お昼間近の電車の中は、さほど混んでいませんでした。
電車が駅に着いて、5歳ぐらいの男の子とお母さんが乗ってきました。
ふたりとも木綿の涼しそうな服を着ています。
お母さんはもうじき赤ちゃんが生まれるようです。
私の隣にひとつ、席が空いていました。
「お母さん、どうぞ。ぼくいいよ」
そう言って、男の子はお母さんを座らせました。
前の座席にもひとり分の空きがあります。
お母さんが男の子の後ろを指さして何か言いました。
男の子は後ろを振り返って見てから、
「ううん、ぼくいいよ」
と、首を振りました。
電車がガタンと揺れたので、男の子は少しよろけて、お母さんの手につかまりました。
お母さんは座席に腰掛け、両手を前に伸ばして男の子の手を握ったまま、ふたりで楽しそうにお喋りを始めました。
珍しい親子だなぁ。私は感心して男の子を眺めました。
満員の電車やバスの中で、座りたいと駄々をこねる子供を見かけることがあります。
ドアが開くや否や空席めざして突進する子供。
元気いっぱいの子供を座らせて自分は立っている親。
そういう光景を見慣れているので、お母さんを立派にエスコートしているこの幼い男の子が、なんだか頼もしく見えたのです。
どうしたらこんな子供に育てることができるのでしょう。
男の子とお母さんの会話は続いています。
お母さんはまわりの迷惑にならないように、男の子にだけ聞こえるような声で話しているので、隣に座っている私にも何を言っているか聞き取れません。
でも、男の子の受け答えで察しがつきます。
「ぼく、赤ちゃんの世話するよ」
男の子がそう言うと、お母さんも何か言いました。
「うん。やり方教えてね」
と、男の子。
お母さんは何かを拭く仕草をして見せました。
「ちゃんと拭いて.....」
と、男の子もお母さんの真似をします。
どうやら、赤ちゃんのオムツを取り替える話のようです。
こんな優しいお兄ちゃんのいる家に生まれてくる赤ちゃんは幸せです。
私達を乗せた電車が多摩川を渡りました。
男の子とお母さんは次の駅で降りるようです。
ふたりの楽しげなお喋りともお別れです。
またどこかで会えるかな。会いたいな。
ふっとそんな気にさせる、爽やかな親子でした。