スペイン首相がGorillazを観に来た夜―Primavera Sound 2026で起きていたこと
Primavera Sound 2026のGorillaz公演
朝からスマホの小さい画面でGorillazのライブ配信を観ていた。
開演直後、デーモンは妙にシリアスな表情で登場した。"19-2000"の途中で曲を止め、「演説でも始まるのかな…?!」と思ったら、スペイン語でひとこと挨拶しただけでそのまま続けた(笑)。序盤はテンションが少し奇妙で、酔っぱらっているのか通常運転なのか判断がつかなかった。
(※ただ、後から確認した情報によると、Gorillazの登場直前にはArab Barghoutiのスピーチがあり、彼自身がGorillazを紹介してからバンドが出てくる流れだった。そしてこの後でてくるスペイン首相との面会の話も考えると、あの硬い表情にも少し納得がいく。)
でも後半にかけてどんどんご機嫌になっていって、ゲスト陣が出てくるたびにニコニコしていた。Moonchild Sanelly、Little Simz、Yasiin Bey(Mos Def)、De La Soul、Kara Jackson——みんな楽しそうだった。
特によかった場面を二つ。
"Clint Eastwood"でのバンスリー(インドの笛)との掛け合い。笛と鍵盤ハーモニカがやりとりするような場面で、デーモンが本当に楽しそうだった。そして"The Shadowy Light"の終盤。JeffのギターとDamonのアコギが絡む場面が長めに続いて、たぶんデーモンがJeffに耳打ちして延ばしていた。この曲には、2026年4月に亡くなったAsha Bhosleさんの声も入っている。
観客もよかった。4月にコーチェラの配信も観ていたのだけど(GorillazではないけれどThe XXはどちらも観た)、今回のPrimavera Soundの観客のノリは明らかに違った。"On Melancholy Hill"では会場全体が一緒に歌っていて、NMEも「今年のPrimavera Sound最後の大合唱のひとつ」と書いていた。
.@gorillaz deliver one of the last big singalongs of @Primavera_Sound 2026 with a dreamy ‘On Melancholy Hill’ pic.twitter.com/AP1FbhuOFr
— NME (@NME) June 7, 2026
デーモンもハッピーそうだったし、配信越しでもそれが伝わってくるライブだった。
スペイン首相が来ていたらしい
ライブを観終わって、SNSを見ていたら知った話。
スペイン首相のPedro SánchezがPrimavera Soundに来ていて、公演前にデーモンと直接会っていたらしい。
この人、今年3月のアルバム発売直後にXでこんな投稿をしていた。
El nuevo disco de Gorillaz es una delicia, altamente recomendable. ‘The Manifesto’ es una pasada.
— Pedro Sánchez (@sanchezcastejon) March 20, 2026
Y después de leer su entrevista… ¡aún más!https://t.co/QSidtsIRoT
(AIの翻訳:「Gorillazの新譜は最高、超オススメ。"The Manifesto"は最高すぎる。そしてEl Paísのインタビューを読んだら……さらに好きになった!)
リンク先のEl Paísインタビューのタイトルは
「Gorillaz:『私たちは社会主義に傾いていると思う。100%左翼だ』」。
そして今日投稿されたInstagramのReelには、楽屋でデーモンと向かい合って話すサンチェス首相の姿が映っていた。しかもその投稿のBGMに使われていた曲は "She's My Collar (Gorillaz feat. Kali Uchis)"だった。
"The Manifesto"に"She's My Collar"……これは結構、普通にGorillazをちゃんと聴いている人だと思う。笑
もちろん、現職の首相がフェスに足を運び、アーティストと会い、その様子をSNSに投稿する以上、そこには政治的な見せ方や戦略もあると思う。権力との距離に敏感なデーモンがそれをどう受け取ったのかにも興味がある。
さらに写真を見ると、この日のデーモンの迷彩ジャケットにはチェ・ゲバラのバッヂが付いていた。しかも別の動画には、そのジャケットをサンチェス首相に見せているシーンがある。ライブ中にはそのバッヂにキスする場面もあった。
さらにもうひとつ、SNSでちょっと話題になっていた場面が、デーモンの娘ミッシー・アルバーンが、サンチェス首相に政治系配信者Hasan Pikerの英国入国拒否問題について話しているシーンがあった。
*Hasan Pikerは、アメリカを拠点に活動する左派系の政治配信者・コメンテーターで、TwitchやYouTubeで大きな影響力を持つ人物らしい。イスラエルやパレスチナ、アメリカ政治、労働問題などについて発信しており、若い世代のオンライン左派コミュニティではかなり知られた存在である。
つまり、Primavera Soundのバックステージでは、デーモン本人だけでなく、娘のミッシーを含むGorillaz周辺の人々とサンチェス首相が、音楽の話だけでなく政治的な話題も交わしていたことになる。
Busy Saturday for Pedro Sánchez, Prime Minister of Spain: after welcoming the Pope in Madrid, he headed to Barcelona to see Gorillaz at Primavera Sound. He also met Damon backstage.
— Damon Albarn Unofficial (@DamonUnofficial) June 7, 2026
credit: Pool Moncloa / Fernando Calvo pic.twitter.com/RcaUOad4Zz
(6/8追記)YouTubeのインタビュー
さらに、Radio Primavera Soundのインタビューでも、サンチェス首相はかなりはっきりとGorillazについて語っていた。今回が初めてのPrimavera Sound来場だとしながら、「自分はGorillazを観に来た」と明言し、最新作『The Mountain』についても「SNSで推薦したアルバムで、本当に夢中になっている」と話している。
終盤には、「今、家で一番聴かれているアルバムは?」という質問に対して、『The Mountain』を挙げていた。しかも単に好きなアルバムとしてではなく、喪失や困難を乗り越え、前に進み、自分自身を築いていく作品として読み、好きになっただけでなく「感動した」と語っている。少なくともこのインタビューを読む限り、Gorillazをただのフェス用の記号として扱っている感じはしなかった。(字幕の自動翻訳でみました)
同じインタビューで、アーティストが社会的・政治的な立場を示すことについても語っていた。Bruce Springsteenが移民政策に対して声を上げていることを例に挙げ、Primavera Soundが「No a la guerra(戦争反対)」を掲げることについても、今の世界ではそうした表明が必要になっていると話している。政治的イデオロギーというより、平和や非暴力といった価値や原則、あるいは「常識」として声を上げることは称賛に値する、という趣旨だった。
ライブ前には、こんなスピーチもあったらしい
配信で観ていた時は気づかなかったのだけど、Gorillazの公演前に、Arab Barghoutiという青年のスピーチがあったらしい。
父はMarwan Barghouti。パレスチナの政治家で、イスラエルの刑務所に20年以上収監されている人物だ。Arabは父の手紙をステージで読み上げ、釈放を訴えたという。
(このスピーチが行われたタイミングについては記事によって記述が少し異なっていて、デーモンが紹介したとする報道もあれば、バンド登場前から行われていたとする報道もある。)
そしてサンチェス首相はその夜、このスピーチの場面も自身のInstagramに投稿し、「声を上げてくれてありがとう」と書いていた。
記事(スペイン語)はこちら:Gorillaz llena de música la madrugada del Primavera Sound con Pedro Sánchez de invitado
このスピーチは本来、木曜日に出演予定だったMassive Attackの公演で行われるはずだったものらしい。しかしMassive Attackの公演は悪天候で中止になり、最終的にGorillazの公演の場で届けられることになったという。
今回のスピーチについて、Massive AttackとGorillazの間で直接やり取りがあったのか、それともフェス側の判断だったのかは分からない。けれど、もし何らかの形で協力や調整があったのだとしたら、それはちょっと嬉しい。
最初は「Primavera Soundのライブ楽しかった!」「スペイン首相がGorillazファンらしい」という話から始まったのだけど、調べているうちにMassive AttackやArab Barghoutiのスピーチの話まで出てきて、思った以上にいろいろな文脈が重なっていた出来事だった。
後追いで昔のインタビューや出来事を掘る記事を書くことが多いけれど、AIの件や今回みたいに、リアルタイムで起きている出来事を調べながら情報をつないでいくのもやっぱり楽しい。
もし今後続報や修正があれば、この記事にも反映していこうと思う。
(追記)
SNS上の反応はどうなっているんだろうと思って、少し見てみた。
サンチェス首相については、どうやら以前から「国外では進歩的な政治家として評価されやすいが、スペイン国内では汚職疑惑や住宅問題、生活苦と結びつけて批判される」というズレがあるようだった。
Instagramのデーモンファンのアカウントでは、サンチェス首相を「イスラエルへの制裁や反戦の姿勢を示してきた政治家」として評価する声がある一方で、スペイン国内の汚職疑惑や生活苦を理由に強く批判する声も多かった。「音楽に政治を持ち込むな」という反応に対して、「Gorillazはずっと政治的だった」と返すコメントもあり、Gorillazというバンドの受け止め方そのものも争点になっていた。これはもう、長年繰り返されている伝統でもある。
Xでは、もう少しミーム化していた。「朝は教皇を迎え、夜はDamon Albarnとミート&グリート」「DamonがPSOE化された」「新曲名はPSOED」といった反応があり、スペイン首相がGorillazのバックステージに現れたこと自体が、現実感のない出来事として面白がられていた。デーモンがチェ・ゲバラのバッジを見せていることに注目するファンもいて、ただの記念写真以上のものとして受け止められていたように見える。
Redditでは、もう少し距離を置いた反応も見られた。サンチェス首相は以前からGorillazの新作『The Mountain』を褒めていたようで、その時点でも「音楽の趣味はいい」「センスのある首相」と見る声と、「国内政治では問題が多い」という声が混在していた。
先ほど挙げたRadio Primavera Soundのインタビュー動画のコメント欄では、さらにスペイン国内政治の色が濃く出ていた。サンチェス首相を「教養ある首相」「文化を語れる大統領」と評価する声がある一方で、汚職疑惑や公用機の使用、生活苦を理由に強く批判するコメントも多い。なかには、彼がフェスに来たこと自体を「メディア戦略」や「若者・ヒップスター層へのアピール」と見る反応もあった。
音楽趣味の具体性や文化への理解を好意的に見る人もいれば、それをまさに政治的イメージ作りとして警戒する人もいる。
