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家の「見栄え」と「心地よさ」は分けて考えるべき理由

    インテリア雑誌を見ると生活感のないフォトジェニックなお家たちがわんさか並んでいるけれど、それって目指すべき「マイ・お家」の姿ではないと思うこの頃。

    例えば、石鹸と香水のボトルしか出ていないバスルーム。写真では美しく見えるけど、私は行方不明になっている歯ブラシの存在が気になってしまう。

    それか、リビングのローテーブルに置いてある木製のフルーツボウル。たしかにカラフルでいいんだけど「そのパパイヤ、そこで食べるかなぁ」という疑問が残る。

    SNSで流れてくる家の風景だってそう。「生活感を出してます」みたいな写真でも、例外なく整っていて美しい。細々としたキッチンの道具ひとつひとつが丁寧に選び抜かれたんだろうなぁと想像できる。

    そう感じるたびに「写真の向こうの世界はファンタジーでしょ」と自分に言い聞かせてみたりもするんだけど、やっぱり理想の家ってそんなものなのかなと思っている自分もいる。

    めちゃくちゃ片づいていて、ろうそくやら花瓶やらがぽつんと置かれているだけの空間。スリッパでさえ寝具の色にぴったりマッチしているような家。

    インテリアが好きな人ほど、憧れの家と自分の家と比べてはがっかりすることが多いんじゃないかと感じる。写真の向こうの完璧なインテリアが理想型であると錯覚してしまうから。

    でも、それはあくまで見た目で勝負している業界。実際の生活で大切にしたいものは、ほかにあると思っている。

    私が重視しているのは、やっぱり心地よさ。見栄えのことばかり考えている暮らしってあまり豊かじゃない気がして。

    それよりも、友達にもらったヘンテコなオブジェとか、見た目はアレだけど毎日使うやかんとか、そういうものに囲まれているほうがきっと心地よい。

    たとえ本棚に並ぶ背表紙の色がバラバラでも、出しっぱなしにしているモノがあっても、「これが好き」と思えるのが一番幸せなんじゃないかな。

     
     
     
    セーヌ川のほとりで暮らす28歳。部屋づくり・余白づくり・暮らしづくりについて書いています。だれもが「おうちが一番好き」と言える世界を見たいから、研究職をやめてインテリアデザイナーになりました。

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