
スポットライトを探すのをやめたら、「輝いている」と言われた話。
こんにちは。あんみつです。
先日、ある方からこんな話を聞きました。
「〇〇さんが、あなたのことを『100人いても、あんみつさんはスポットライトが当たっている人』って言ってたよ。」
思わず、「え?わたしが?」と聞き返してしまいました。
だって、その方とは特別親しいわけではありません。同じ団体でたまに顔を合わせる程度。その場には20〜30人ほど人がいて、わたしはその中の一人にすぎなかったからです。
しかも、その人の前でわたしは何かを頑張ってアピールしていたわけでもありません。ただ子どもたちと話したり、一緒に笑ったり。いつものわたしでいただけでした。
だから余計に不思議で、なぜそんな風に見えていたんだろうと、しばらくその言葉が頭から離れませんでした。
そしてふと、昔の自分を思い出したのです。
10代〜30代前半まで、わたしはスポットライトを浴びたかった気がします。
認められたかった。結果を出したかった。誰かに「すごいね」と言ってもらいたかった。
人より前に出たいというより、自分の価値を証明したかったのかもしれません。だからたくさん挑戦したし、失敗もしたし、遠回りもしました。
でも42歳になった今。
不思議なほど、昔のようなスポットライトには興味がなくなっています。
もちろん誰かに喜んでもらえたら嬉しいし、発信を読んでもらえたら励みになります。
でも、それ以上に大切にしたいものができました。
子どもたちと笑う時間
好きな人たちと過ごす時間
心からやりたいと思える仕事
無理をして「誰か」になることではなく、自分らしく生きること。そんな毎日を積み重ねたいと思うようになりました。
だからこそ、今回の言葉は少し不思議だったんです。
わたしはあの日、スポットライトを浴びようとしていなかったから。ただ、その場で子どもたちと楽しんでいただけ。それなのに、「スポットライトが当たっている」と言われた。
もしかしたら人の魅力というものは、頑張って目立とうとした時よりも、自分らしく生きている時の方がまっすぐに伝わるものなのかもしれません。
自分では当たり前だと思っている姿を、誰かはちゃんと見てくれている。
自分では気づいていない魅力を、誰かは見つけてくれている。
だから、人は無理に輝こうとしなくてもいいのかもしれません。
昔のわたしはスポットライトを探していました。
でも今のわたしは、スポットライトを探すよりも、自分の居場所で笑っていたいと思っています。
そして、その方がずっと心地いい。
あの日聞いた言葉を、わたしは「そのままでいいんじゃない?」というメッセージとして受け取りました。
無理に輝こうとしなくても、
自分らしく笑っている人は、ちゃんと誰かが見てくれている。
あなたは今、自分らしく笑える場所で過ごせていますか?
あんみつ
