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第1話「この曲が生まれる前に、俺は何を抱えていたのか」― はじまりの記憶

    “曲”なんて作れなかった頃の俺。だけど、確かに心に音楽の火種は灯っていた。

    中学生の俺は、ケツメイシの『トモダチ』をエンドレスでリピートしてた。  
    MDの1曲目は、いつだって『トモダチ』。そこだけは譲れなかった。俺の“はじまりの曲”だ。

    自分で“イケてるMD”を作る。  
    曲順にこだわって、ジャケに手書きで「Vol.1」とか書いてさ。  
    175R『空に唄えば』、Dragon Ash『Life goes on』、RIP SLYME『楽園ベイベー』、BUMP OF CHICKEN『天体観測』。  
    ラストはRIZE『Why I’m Me』で締める──それが俺なりのルール。  
    モンパチ(MONGOL800)の『あなたに』『小さな恋のうた』も当然入れる。あの頃の“誇り”みたいな存在だった。  
    冬が近づけばKICK THE CAN CREW『クリスマス・イブRap』、  
    ラブソング気取りたい夜はOZROSAURUS『Hey Girl』。  
    映画『アルマゲドン』に撃ち抜かれて、エアロスミス『I Don’t Want to Miss a Thing』で“勇者”を気取る。  
    ネリー『Ride Wit Me』は歌詞なんてよく分からんのにサビのノリだけは完璧。  
    2Pacはもう撃たれて、Snoop DoggとDr. Dreが覇権を握り、Eminemが現れる──そんな時代。

    初恋の彼女がカラオケでよく歌ってたのは、宇多田ヒカル『Can You Keep A Secret?』。  
    「これキー高くて歌えないんだよね〜」って言いながら、毎回チャレンジしてた。  
    サビでちょっと裏返る声ごと、今も耳に残ってる。  
    ZONEの『secret base ~君がくれたもの~』もよく歌った。ふざけたり真剣になったり、その日のテンション次第。  
    でも流れるたび、みんな一瞬だけ真顔になってた気がする。  

    笑いながらも、心のどこかで「10年後ってどうなってるんだろうな」って本気で考えてた。

    当時の俺はゲーセンが好きだった。  
    ビートマニアの電子音と光の演出にやられて、KOF(キング・オブ・ファイターズ)にもハマる。  
    俺はいつもクラークとシェルミー、あと1人は気分で運任せでランダム。裏キャラのコマンドやったりしてさ。

    でも、あのゲーセンにはちょっとした緊張感があって、たまに高校生に「1000円貸せよ」って詰められることもあった。  
    それでも通った。音と映像の中に、自分の居場所がある気がしたから。  
    音楽は“逃げ場”でもあり、まだ見ぬ自分に会いに行く“入り口”でもあった。

    携帯は親からのおさがりのPHS。モグラ叩きのゲームが入ってたやつ。  
    写メールが送れるJ-PHONEのCMで、Dragon Ash『Life goes on』が流れたときの衝撃は忘れない。  
    「ケータイが未来を運んでくる」って、本気で思った。  
    メールが来ると、着信音より先にアンテナがパトランプみたいに光って、「未来が来た!」って素直に震えた。

    着信音は自作。最初は4和音、気づけば8→16→32→64和音へ。  
    数字でドレミを打ち込んでメロディを作る──それだけで“自分の音楽”って気がした。  
    そしてツーカー(tu-ka)のCMで、浜崎あゆみが「着信音は歌で選ぶ」ってキメた瞬間、  
    音楽は完全に“ケータイの中のステータス”になった。2000年当時のayuは神だった。

    家では、泡盛を飲んだ親父が三線片手に喜納昌吉『花』をよく口ずさんでた。  
    「泣きなさい 笑いなさい」──意味なんて分からなくても沁みた。  
    日曜日、親父は本を読みながらリチャード・クレイダーマン『渚のアデリーヌ』、ヴィヴァルディ『四季』を聴いていた。
    ビートルズとサザンオールスターズが好きな親父だった。  

    音楽はジャンルじゃなく、“家の空気”として存在してた。

    学校では『ドラゴンボール』『スラムダンク』『ろくでなしBLUES』が次々と最終回を迎えて、  
    「時代が一個終わったな」って、子ども心に感じてた。  
    年末は紅白より格闘技。猪木のビンタが“行事”だった。  
    「元気ですかーーー!!!」で一年が締まる、それが普通だった。

    SNSなんてなくて、想いはプリクラに書くか、MDに焼くか、ラブレター書いてみたり。

    でも、確かに芽生えてたんだ。  
    「いつか、誰かにちゃんと届く曲を作りたい」っていう、言葉にならない衝動が。

    ──そんな時代に、音楽の心が芽生えたのかもしれない。

    ---

    そして──  
    月日が流れ、2015年。  
    ある命の誕生とともに、俺の人生は大きく動き出す。

    でも、その話はまた次に。

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    『渋谷の熱狂、父になる不安 ― 2015年に君が生まれた意味』

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