
【おはなし】ひよことチューリップ
あかねちゃんは、
ままと行った大学の学園祭で、ひよこ釣りで釣ってきた、ひよこを連れて帰りました。
もう、ずいぶん前のことです。
そのころ、竹さおの先に餌をつけて、ひよこを釣る、というお店があったのです。
竹のさおの下には、柔らかな産毛でおおわれた小さなひよこたちが、ピヨピヨとかわいい声で鳴いていました。
ひよこは簡単に釣れました。
釣ってきたひよこに、あかねちゃんは「ピヨ」という名前をつけました。
ままに小さなプラスチックの虫かごを出してもらって、その中にピヨを入れました。
ピヨは、うちに来ても、ピヨピヨとかわいい声で鳴いていました。
あかねちゃんは、ピヨを見ながら、
「なんてかわいいんだろう~!
これから、ここでわたしがピヨを育てていくんだ。
わたしはピヨのお母さんになるんだ」
と思うと、
もうしあわせな気持ちで胸がいっぱいになるのを感じました。
夜になりました。
あかねちゃんは、ピヨの入った虫かごをもって自分の部屋に行って、ピヨのそばで寝ました。
これから、ピヨといっしょに暮らすことを考えると、ワクワクしてなかなか寝付けませんでした。
朝が来ました。
目を覚ましたあかねちゃんは、真っ先にピヨを見ると、
…なんだか元気がありません。
昨日、あんなに元気よく鳴いていたのに、今朝は弱々しくヒィヒィと鳴いています。
それにぐったりしているように見えました。
あかねちゃんは、あわててピヨの入った虫かごを持って、階段を下りて、朝ごはんの準備をしているママのところに行くと、
「ピヨが元気ないの」
と言いました。
ままは、ピヨを一目見て、ちょっと悲しそうな顔をしました。
そして、
「あかねちゃん、今日はままがピヨを見ているから、学校へ行っておいで」
と言いました。
あかねちゃんは、本当は、学校へは行かずにずっとピヨのそばでピヨを抱っこしてあげたかったのです。
でも、ままがそういうので、がんばって学校へ行きました。
学校へ行っても、あかねちゃんはピヨのことが心配で心配で、勉強は頭に入ってきませんでした。
休み時間に、いちばんのともだちのゆうきちゃんに、ピヨのことを話しました。
「昨日、学園祭で釣ってきたひよこのピヨが、朝起きたら元気なかった。もしかしたら死んじゃうかもしれない」
あかねちゃんは、自分で言った「死んじゃうかもしれない」ということばに
自分でもびっくするほど動揺して、ものすごく悲しくなって、涙があふれそうになりました。
お友だちのゆうきちゃんは、そんなあかねちゃんに
「もしかしたら牛乳をやったら元気になるかもしれない」
と言いました。
「ほんと!?」
そのことばを聞いて、あかねちゃんはちょっと元気が出てきました。
終わりの会が終わると同時に、あかねちゃんは走って家に帰りました。
「ピヨ、待っててね」
はぁはぁ言いながら玄関のドアを開けると、そこにままが立っていました。
「あかねちゃん、おかえり」
「ピヨは?」
ままはとても悲しそうな顔をして、手にした虫かごに目を落としました。
ピヨはもう鳴いていませんでした。
「あのね、ゆうきちゃんが、牛乳をやったらいいって言ってた」
そういうと、あかねちゃんは、台所に行って冷蔵庫から牛乳パックを取り出して、お皿に牛乳を入れました。
それを、ピヨのところに持っていって、指の先につけた牛乳を、ピヨのくちばしのところに持っていきました。
でも、ピヨはもう動いていませんでした。
「ピヨが死んじゃった」
あかねちゃんは、悲しくて悲しくて、その場でわあわあ泣きました。
ままは、何も言わず、悲しそうな顔であかねちゃんの背中をさすってくれました。
泣いて泣いて。
あかねちゃんの体の中の涙が全部なくなるほど泣いても、ピヨは生き返ってくれませんでした。
これから、いっしょに楽しく暮らすはずだったのに。
黄色いふわふわの毛に包まれたピヨと、毎日お散歩をして、ごはんをやって、お水もやって。
毎日ピヨをだっこしてあげるはずだったのに。
あかねちゃんは、その日、ずっと動かなくなったピヨを抱いて泣いていました。
夕方になって、ぱぱが会社から帰ってきました。
ぱぱはピヨを見ると、ぜんぶわかったというように、あかねちゃんを抱き寄せました。
そして、
「あかねちゃん。ひよこはね、温かい季節じゃないと大きくなれないんだよ。
今はもう11月でしょう。これからどんどん寒くなるので、ピヨは生きられなかったんだね」
そんなこと言われても、あかねちゃんにはわけがわかりません。
昨日まで、あんなに元気に鳴いていたのに。
よちよちと歩いていたのに。
またぱぱが言いました。
「あかねちゃん、春になったらひよこを探しに行こう。
ピヨは死んじゃったけど、ピヨの生まれ変わりのひよこがいると思うよ」
あかねちゃんは、そんなぱぱのことばにうなずくしかありませんでした。
そんなこと言われてもピヨが生き返るわけはないのはわかっていたけれど、
ぱぱがあかねちゃんを心配している気持ちがわかったので、
あかねちゃんは、うんとうなずきました。
次の日、ままは
「ピヨのお墓をつくってあげましょう」と言って
あかねちゃんといっしょに庭に出ました。
そして、ふたりで
スコップで小さな小さなピヨが入る穴を掘りました。
白いハンカチにピヨを包んで、あかねちゃんは穴の中にそっと置きました。
そしたら、ままが
「これもいっしょに入れましょう」
と言って、チューリップの球根を一つ、ピヨの横に置きました。
ままは、お庭にお花を咲かせるのが好きで、
あかねちゃんのおうちの庭には、
毎年春になるといろんな色のチューリップがたくさん咲くのです。
ままは、
「春になったら、きっとここにチューリップが咲くよ。
そしたら、ぱぱがひよこを探しに行ってくれる。
忘れないようにここに球根を入れようね」
と言いました。
それから、
寒い冬が来ました。
長い冬の間、あかねちゃんはピヨのことを覚えておこうと思いましたが、
毎日の暮らしの中で少しずつピヨのことを考えない日も増えてきました。
春休みになりました。
もうすぐあかねちゃんは、小学校2年生から3年生になります。
庭のゆすらんぼの花が咲き始めたころ、
あかねちゃんのおうちの庭に、いろとりどりのチューリップが咲き始めました。
そして、
そのチューリップたちから少し離れたところに、
ひとつだけ、黄色いチューリップが咲いていました。
ピヨを埋めたところでした。
あのときピヨといっしょに埋めたチューリップの球根が、ピヨと同じ色の黄色い花を咲かせていたのです。
それを見たとき、あかねちゃんは、忘れかけていたピヨのことを思い出しました。
ままは
「黄色いチューリップが咲いたね。
これからあたたかくなるよ。
ぱぱに、約束を忘れてないか、聞きに行こう」
と言いました。
ぱぱは忘れていませんでした。
黄色いチューリップが咲いた次の日曜日、
ぱぱとあかねちゃんは、ひよこやさんに行って、
あたらしいひよこをもらってきました。
実は、そこはひよこを売っているお店ではなかったのです。
ひよこやさんだと思っていたけど、
そこはたまごを売っているところでした。
ぱぱが見つけて、
「ここならひよこを売っているかもしれない」と連れていってくれたのです。
お店の人は、
パパとあかねちゃんの話を聞いて
「そういうことなら、このひよこをあげるから、大事に育ててね」
と言って、
一羽のひよこをくれました。
そのひよこは、まるでピヨの生まれ変わりのように、
やっぱり黄色いふわふわの毛に包まれていて、
元気よくピヨピヨと鳴いていました。
あかねちゃんはとても嬉しくなりました。
お店の人にお礼を言って、ひよこをもらうと、
あかねちゃんは、ぱぱの車の中でずっとそのひよこを抱いていました。
あかねちゃんは、そのひよこに、ピップーという名前を付けました。
それから、
毎日、あかねちゃんはピップーのお世話をしてあげました。
「ひよこは温かい季節じゃないと大きくなれない」
と、ぱぱが言ったとおり、
春の温かい季節の中で、ピップーはすくすくと大きくなってきました。
あかねちゃんは、学校から帰るとすぐにピップーのところに行って、
ピップーを抱いたり、ごはんをあげたり、お世話をしてあげました。
ピップーはだんだん庭に出しても大丈夫なくらい大きくなりました。
そして、
庭に出ると、いつもあかねちゃんの後をよちよち歩いてついてくるのです。
あかねちゃんは、嬉しくてたまりませんでした。
「わたしがピップーのおかあさん」
そう思うと、体の真ん中で幸せのボールがぽーんとはじけて、しあわせな気持ちがどんどん大きくなって、あかねちゃんの体からも沁みだして、あかねちゃんを包んでくれているような気持ちになりました。
あかねちゃんはしあわせでした。
あかねちゃんが大きくなっても、このままずーっと、ピップーといっしょに暮らすんだ。
あかねちゃんはそう思いました。
でもね。
ピップーはどんどん大きくなっていきました。
そして、
あのふわふわの黄色い毛の中から、
なんだか見たことのない白くて硬い毛が生えてきました。
その硬い毛はどんどん増えて、
黄色いふわふわの毛がなくなっていきました。
それから、
頭の上が割れて、そこから赤いお肉のようなものが盛り上がってもきました。
「あれは、トサカというのよ。
ピップーはひよこからにわとりになっていくんだね」
と、ままは言いました。
「にわとり?」
あかねちゃんは思いました。
「ひよこはひよこじゃないの?
にわとりって、あの卵を産む鳥でしょ」
あかねちゃんは、ひよこがにわとりになるって知らなかったんです。
だって、ひよことにわとりってぜんぜん違う生きものくらい姿かたちが違うんだもの。
あかねちゃんはなんだかショックでした。
ままのいうことはほんとかな?
そんなふうに思っても、
ピップーはどんどん大きくなって硬い毛だらけになっていきます。
そして、
ある朝、
ピップーが、
コケコッコー!
と鳴いたのです。
もう、ピップーはピヨピヨとは鳴きません。
あんなに、きれいな声でピヨピヨと鳴いていたピップーは、
ぜんぜん違う生き物になってしまいました。
この世の中ってよくわからないことだらけだな。
あかねちゃんは、ちょっとがっかりしました。
「あの、小さくて黄色いふわふわの毛に包まれたピップーがよかったな」
あかねちゃんは、そう思います。
けどね、
にわとりになってしまったピップーだけども、
庭に出すと、やっぱりあかねちゃんの後をついてくるのですよ。
あかねちゃんは、ちょっとふくざつな気持ちです。
おしまい。