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新郎はいないが父がいる

    うちの夫は、
    結婚式の準備に一日も来なかった。

    新しい人生のスタートからこうである。

    代わりを務めたのが、
    なんと父親だった。

    一人で悠々自適に
    ドライブをするのが
    好きだった父のスポーツカーのような車で、
    結婚式場をいくつかまわった。
    ポロシャツの襟を立てて運転し、
    ちょっとカッコつけて
    無言で式場を回るおじさんだ。

    式場の方に
    「新郎さんですか?」と聞かれて、
    まんざらでもない顔をする父。

    「父親です!」と
    私がペラペラしゃべるのを、
    無言で見ている父。

    父が「式場は厳島神社がいいな〜」
    と言うので、
    一応見学にも行った。

    でも私は、
    結婚式は「しなければならない儀式」
    のようなもので、
    必要か必要でないかと言われたら、
    必要ではないと思っていた。

    父は顔には出さないが、
    わくわくしていた。

    結局、広島駅最寄りの
    小さなホテルで挙式をすることにした。
    来場者の利便性を考えて、
    コスパの良い場所にした。

    「新郎さんは本当にいらっしゃるのですか?」
    式場の担当者さんに数日前、
    そう尋ねられた。
    きっとドラマ以外で、
    一生そんなセリフを
    言うことはないだろうと思う。

    そう、
    新郎は挙式前日まで
    来なかった。

    遠距離恋愛6年目にして成就したので、
    会わないのが普通だったし、
    本人も仕事があると言う。

    その間、
    新郎の代わりに
    父と式場見学をし、
    新郎の代わりに
    金髪ショートカットの
    奇抜な母がタキシードの試着もした。
    タキシードは母の好みで
    シルバーにした。
    靴は少し厚底でお願いした。

    会ったこともない
    新郎の親族に私が招待状を送り、
    会ったこともない
    新郎の親族の席の配置を決め、
    飾る花は夏らしく
    さっぱりとした色合いにした。
    ウエディングケーキは
    一段で十分だ。

    さまざまなことを
    一人で勝手に決めた。

    私は完璧だ。

    挙式当日、
    私はささやかに
    ズボラでいることを考えた。
    花嫁は一言も話さない
    計画にした。
    段取りは全部やった。
    あとは、やってくれ。

    花嫁のスピーチがなかったのは
    恥ずかしさもあったのだが、
    バージンロードを
    歩いたときに腕を組んだ
    父の手が温かかった。
    あれが最後だったのだと思うと、
    もう少し
    話をしておけば
    よかったと今でも思う。

    嬉し泣きというより、
    何かが終わってしまって
    複雑な気持ちで
    泣いているような父。

    終始嬉しそうに
    笑っている母。
    私はその二人を
    横目で見ながら、
    結婚式をして
    よかったと思った。
    あの頃は
    自分のドレス姿なんて
    どうでもよかった。

    でも十年以上経った今、
    写真を見ると、
    ちゃんと着ておいて
    よかったと思う。

    今となっては、
    結婚式の思い出は
    当日ではない。

    父と式場を巡った日々と、
    シルバーのタキシードを
    試着した母の姿。
    時間とともに
    消えてほしくない記憶になった。

    仙台の多賀城市で
    新婚生活が始まってすぐ、
    夫の職場のおばちゃんと
    仲良くなった。
    夫が結婚式の準備を
    一切手伝わなかったことを話すと、
    多賀城のおばちゃんは
    驚いて言った。

    「一生言われるわよ。」

    あれから十年以上。

    本当に一生言うことになった。

    おばちゃんの予言は
    見事に当り、
    こうして一篇の
    エッセイにまでなった。
    ありがとう、おばちゃん。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門


     
     
    4児の母。 人生の点と点をつなぎながら、 出会いと別れを綴っています。

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