
#018《自分の席》
椅子に1分間、
座ってください。
立ち上がって、
3歩離れてください。
さっきまで「自分の席」だった椅子が、
いつ「ただの椅子」に戻ったのか、
少しだけ考えてください。
椅子に座る。
それだけで、その椅子はしばらく「自分の席」になる。
カフェでも、電車でも、図書館でもいい。
少し前まで誰のものでもなかった椅子に座ると、そこに小さな自分の場所ができる。
知らない人がそこに座ろうとしたら、たぶん少し困る。
「そこ、座っています」
と言うかもしれない。
でも、その椅子を買ったわけではない。
名前を書いたわけでもない。
ただ座っただけだ。
それなのに、人はそこを一時的に「自分の場所」だと思う。
では、立ち上がってみる。
一歩。
二歩。
三歩。
振り返る。
さっきまで自分の席だった椅子がある。
椅子は何も変わっていない。
形も、色も、置かれている場所も同じだ。
でも、もうそこに誰かが座っても、たぶん何も思わない。
いつ「自分の席」ではなくなったのだろう。
立ち上がったときだろうか。
一歩離れたときだろうか。
もう戻らない、と決めたときだろうか。
考えてみると、「自分」というものは身体の中だけにあるわけではないのかもしれない。
自分の席。
自分の机。
自分の部屋。
自分の家。
どれも身体の外にある。
それでも私たちは、その一部を「自分の」と呼んでいる。
そして離れたり、手放したりすると、それはまた世界の側へ戻っていく。
#016 《一口》では、世界にあった水が身体の中へ入ってきた。
#017 《爪》では、自分だったものが身体から離れていった。
今度は、身体の外側にある椅子まで、一時的に自分の領域になった。
そう考えると、
「私」は皮膚のところできれいに終わっているわけではないのかもしれない。
世界の中へ少し広がったり、
また小さくなったりしている。
今日は椅子に1分だけ座ってください。
そして立ち上がって、3歩離れる。
特別なことは何も起こりません。
ただ、振り返ったとき、
さっきまで「自分の席」だったものは、いつ世界に戻ったのだろう。
少しだけ考えてみてください。
答えは出なくてかまいません。
そのあと誰かがその椅子に座ったら、
もうその人の席です。
#弱いアートの作り方