
勉強しなさいと言う前に、大人は学んでいるか。
こどもに対して
勉強しなさい
宿題しなさい
と言っている大人たちは
自分自身の学びについて、
どれくらい本気で向き合っているだろうか。
学びは学生のもの
仕事は大人のもの
いつの間にか、そんな役割分担が当たり前になっていた。
でも、世界はもう
その整理の仕方を許してくれへん。
ゲームチェンジが、起こった状況に
本当に気づいていない事はないはず。
仕事のやり方
評価の基準
必要とされる力
それらが、静かに、
でも確実に書き換わり始めている。
多くの大人は
学ばなくなったわけではない。
むしろ、真面目にやってきた。
(サボる人は一定数いるが、摂理)
会社のルールを覚え
役割を理解し
求められる成果を出す。
そうやって
ある程度回せるようになった瞬間から
学びは
改善や最適化の方向に寄っていく。
その閉じられた、組織の中で
いかにうまく立ち回るか、
成果を見せるかの思考と行動に切り替わり
それ以外の事は
優先順位が下がってしまう。
それは自然な流れだと思う。
でも、その間にも
世界は大きく動いてきた。
AIの登場は
一部の仕事を奪う話ではない。
考える
構築する
選ぶ
判断する
これまで人が担ってきた多くの工程が
ほぼ自動でできるようになりつつある。
特に、ホワイトワーカーの
企画書
資料
説明用の文章
Webサイト
音声や動画
それらは
誰でも、短時間で、一定水準まで作れる。
いわゆる
クリエイティブの民主化。
でもそれは同時に
同じようなものを作ることの価値が
急激に薄れていくということでもある。
きれいな資料
整ったアウトプット
それっぽい説明
それだけでは
もう差別化にならない。
仕事にならない、お金をうまない。
資料は
5分で作れる時代になった。
レポートや改善も、それっぽいことなら
AIで十分できる、学ばせることもできる。
では、これから
何が価値になるのか。
それは
それをどう使うか
どう説明するか
どう向き合って進めるか
そして、どう着地させるか。
言い換えると
実行する力
推進する力
やり切る力。
自分の言葉で語り
人を動かし
現場を前に進める。
口だけ
資料だけ
フレームワークだけ
そんな時代は、終わりつつある。
これから価値が上がるのは
もっとフィジカルな力だと思っている。
現場を知り
一緒に悩み
伴走し
前に進める。
立場や肩書きに関係なく
この力は、全ての大人に求められる。
職種ではなく、職能。
人間力。
だからAIは
効率化ツールではない。
仕事のルール
価値の置きどころ
評価される人の条件
根本的な生き方さえも
それらを根こそぎ変えてしまう存在。
この大変革から
50代以下は、ほぼ確実に逃げられない。
60オーバーはギリギリ逃げ切れるかもしれないが
それより下の世代は
否応なく向き合うことになる。
経験を積んできた人ほど
この変化は、正直しんどいと思う。
成功体験があり
自分なりの型があるからこそ
それを手放すことが怖い。
新しい事への億劫さ
過去の成功体験にすがる。
でも、これは
自己否定ではない。
これまでを
全部否定しなくていい。
ただ
これまでの延長線で生きなくていい
という許可が公に出ただけ。
アップデートでは意味がない。
必要なのは
アンラーンだと思っている。
信じてきた前提をほどき
当たり前だと思っていた価値観を疑い
自分を形成してきた殻を壊し、
一度、立ち止まって考え直す。
変わらなくてもいい
考えなくてもいい
そうやって流されてきた価値観から
強制的に引き剥がしてくれる。
ようやく、戦時、昭和から脈々と受け継がれてきた
精神主義、過去からの決別が出来る時がきた。
だからこれは
脅威とかではなく、
最高の学びとあそびであり、
解放である。
こどもに
学びなさい
と言う前に。
大人が
学び続ける姿を見せられているか。
正解を持っていなくても
問い、動き、変わり続ける背中を
見せられているか。
今を楽しんでいるか。
必要なのは
過去の知識追加ではなく
学び崩し。
アンラーンから始まる
本気の大人の学び直しだと思っている。
そして、これまでの経験値がある大人こそ、
AIを絶対に使うべきであり
使いこなせる側に一番近いところにいる。
その、アドバンテージを活かすべきです。
今後、訪れる破壊的な2、3年を
自分の足で生きていく為には
今すぐに始めないと
ホンマに間に合わない。
やらない理由を考える前に
言い訳のクリエイティブ力を高める前に
このページをちょっとイラッと閉じた後に
今すぐに、考えて、動きだしましょう。
大人の底力、みんなで見せたりましょ。