メインコンテンツへスキップ
見出し画像

技術で勝ってビジネスで負けた日本のイノベーションの歴史と産官学民連携の可能性

    あむろ

    メイド・イン・ジャパンのブランドが世界中から求められていた時代。1989年から1992年にかけて、スイスのIMD(国際経営開発研究所)が発表する世界競争力ランキングで日本は1位でした。

    しかし、2000年以降、同指標にICTの要素が加味されていく中で順位は下降の一途をたどり、今や30位台後半にまで落ち込んでいます。

    日本からはGAFAMのような巨大プラットフォーマーが生まれず、世界を牽引するユニコーン企業の数も圧倒的に少ないのが現状です。

    日本の国際競争力はなぜ低迷してしまったのでしょうか?

    歴史を紐解くと、日本には世界に先駆けた新しいテクノロジーの芽を自ら絶やしてしまった悲しい事例が存在します。

    もしあの時、イノベーションの息吹が社会に正しく受け入れられ、国を挙げたビジネスに変える力があったなら‥

    今回は、国産OS「TRON」とファイル共有ソフト「Winny」の事例から、日本が陥った「技術で勝って、ビジネスで負けた」敗因を分析し、これからの日本のスタートアップが切り拓くべき産官学民連携の大きな伸び代について解説します。

    世界を先駆けていた「TRON」と「Winny」の挫折

    1980年代、日本のPC市場において教育用パソコンへの採用が確実視されていたのが、坂村健氏(現・東京大学名誉教授)が提唱した国産OS「TRON(BTRON)」です。

    TRONは「どこにでもコンピューターが存在する社会」という、現代のIoTを先んじて見据えた極めて先進的な構想を持っていました。

    当時、日本のPC市場では、教育用パソコンへのTRON(BTRON)採用が決定確実とされていました。
    もしこれが実現していれば、日本の学校教育を受けた子供たちはTRONを日常的に使いこなし、日本発のPCのOSが一つデファクトスタンダードになっていたかもしれません。
    しかし、その未来は唐突に断たれます。

    1989年、アメリカ通商代表部が突きつけた不公正貿易国への制裁措置です。
    「TRON」は政府調達から外国製品を排除する障壁になるという理不尽なものでした。
    当時の日本政府はこの圧力に抗うことができず、教育用PCへのTRON採用を断念し、MicrosoftのWindowsが主流となりました。

    また、2002年には画期的なP2P(ピア・ツー・ピア)技術を搭載した「Winny」が金子勇氏によって公開されました。

    中央サーバーを介さずにデータを分散管理するこの技術は、現在のブロックチェーン技術の根幹に通じるものでした。

    しかし、一部のユーザーによる著作権法違反が問題視され、金子氏は「著作権法違反の幇助」という、いわば「包丁を作った職人が殺人の罪に問われる」ような解釈で逮捕されてしまいます。

    Winnyの裁判は無罪判決に至るまでに約7年の歳月をかけられ、その間の機会損失を生みました。
    (金子勇氏は、「未来の技術者のために」と裁判で闘うも、その才能を活かす猶予も残されず、無罪判決の1年後に急性心筋梗塞で亡くなっています)

    金子氏が裁判で闘い、開発の手を止められていた2008年に、インターネット上に「サトシ・ナカモト」と名乗る人物(集団説もあり)が、ブロックチェーンを構想を発表しました。
    もし、金子勇氏が逮捕されず、新しい技術が正しく利用される方向に世論が動いていれば、日本はブロックチェーンという技術で世界を先駆けるような開発がいくつも生まれていたかもしれません。

    日米の明暗を分けたデュアルユースと産学民連携の重要性

    TRONとWinnyの事例から読み解けることは、日米の差は技術力そのものではなく、技術を社会実装するためのビジネス力の差であるということです。

    アメリカのイノベーションの原動力は、シリコンバレーのアントレプレナーシップにあると思われがちですが、それは一面に過ぎません。

    その根底には、政府の強力な支援と公共調達、そして産学民の密接な連携が存在します。

    例えば、インターネットの起源は1969年にアメリカ国防総省が構築したARPANETであり、GPSも冷戦時代の軍事衛星技術から始まっています。

    アメリカは、国がリスクを取って最初の巨大な顧客となり、民間企業の技術を育て、それを民間市場に転用してスケールさせるという官民連携のエコシステムを確立しているのです。

    台湾でも同様の成功例があります。デジタル担当閣僚のオードリー・タンが主導したデジタル民主主義の取り組みでは、政府がテクノロジーを活用して徹底的に情報公開を行い、市民と政府が双方向で議論できる場を構築しました。
    これにより、コロナウイルスの封じ込めに成功し、世界から注目を集めました。台湾の事例は、官民が協力してテクノロジーを社会課題の解決に活用することで、国家の競争力を高められることを示しています。

    一方、日本はTRONという世界を変える可能性を秘めた技術を前にしても、政府はそれを通商摩擦を回避するための政治的取引材料として扱ってしまいました。

    技術は民間がやるべきものとして、国が擁護し、育成する土壌が決定的に不足していたことが、国際競争力の大きな岐路となったのです。

    現在、世界は再び「技術=国家安全保障」の時代に突入しています。

    AI、量子コンピューター、ドローン、サイバーセキュリティ。これらの先端技術は、ビジネスの強力な種であると同時に、国の守りを固める盾でもあります。
    ここでキーワードとなるのがデュアルユース(軍民両用)です。

    「官公庁や防衛産業との仕事は手続きが面倒だ」と敬遠するスタートアップ側と、「スタートアップは信頼性に欠け、長期的な契約には不安がある」と敬遠する官公庁側。
    この双方の壁を乗り越えることに大いなる可能性があります。


    海外に目を向ければ、CIAの出資を受けて政府の諜報解析からスタートし、現在では世界中の大企業のDXを支えるPalantirや、NASAからの巨額の輸送業務受注を土台にして民間宇宙ビジネスを切り拓いたSpaceXなど、「官」のニーズを梃子にして「民」のビジネスをスケールさせた成功例があり、日本においても官民連携に可能性があると言えます。

    産と学と民の連携

    産官学民連携において、産業界(大企業とスタートアップ)が学(大学など研究機関)と民(メディアや消費者など市民社会)との連携を強化することも重要です。

    大企業は豊富な資金力、マーケティング力、グローバルな販路を持つ一方で、組織の硬直化や意思決定の遅さから、破壊的イノベーションを生み出しにくい構造を抱えています。
    一方、スタートアップは機動力と実行力を持ち、大学は最先端の基礎研究を行っています。これらが有機的に結びつくことで、日本全体のイノベーション創出力が飛躍的に高まります。

    たとえば、大企業が大学の研究室に共同研究費を提供し、そこから生まれた技術シーズをスタートアップが事業化し、大企業がその製品やサービスを初期顧客として採用する、というエコシステムが考えられます。

    また、大企業の人材を大学やスタートアップに派遣したり、逆に研究者や起業家を大企業に迎え入れたりする人材交流も重要です。

    日本における産学連携の成功事例としては、トヨタ自動車が東京大学と設立した「次世代モビリティ研究センター(ITS)」があります。

    ここでは自動運転技術やスマートシティに関する共同研究が行われ、その成果がトヨタの製品開発に活かされるとともに、関連するスタートアップ企業との協業も生まれています。

    医療分野では、大手製薬企業と大学病院、バイオベンチャーが連携し、新薬開発や個別化医療の実現に向けた取り組みが進んでいます。

    また、メディアは単なる情報伝達の手段ではなく、市民の声を可視化し、議論を活性化させ、新しいアイデアを社会に浸透させる重要な役割を果たします。スタートアップが革新的な技術やサービスを開発しても、それが社会に受け入れられるためには、メディアを通じた適切な情報発信と市民との対話が不可欠です。

    メディアとの連携事例としては、日本経済新聞が主催する「NIKKEI STARTUP X」があります。このイベントでは、有望なスタートアップと大企業、投資家、メディアが一堂に会し、技術やビジネスモデルを発信する場が提供されています。また、NHKのガイアの夜明けなどのドキュメンタリー番組では、スタートアップの挑戦や社会課題解決の取り組みが取り上げられ、広く市民の理解を促進しています。

    こうした産業界(大企業とスタートアップ)、学術界、メディア、市民社会の協力関係が、日本の国際競争力を高める鍵となるのです。

    スタートアップが仕掛けられるアプローチ

    スタートアップは具体的にどのように動くことができるか。

    1. 実証実験(PoC)の有償化
    まず大企業や自治体と行う実証実験を有償を前提に交渉することができます。
    ただの無償テストではなく、安価で高速な外部R&Dの代行として位置づけ、PoCで得られる価値が相手にどのようなメリットがあるのか、人件費や時間の削減効果を定量的に提示することで、対等なビジネスパートナーとしての関係性を築くことがポイントです。

    重要なのは、PoCの設計段階から次のステップを明確にしておくことです。実証が成功した場合の本格導入の条件、予算規模、導入スケジュールなどを事前に合意しておくことで、PoCをやって終わりに陥るリスクを回避できます。
    また、PoC自体を小さく始めつつも、段階的にスケールできる設計にしておくことで、初期の成果を次の大型案件につなげやすくなります。

    2. ベンチャークライアントモデルの啓蒙
    大企業や行政に初期顧客になってもらうベンチャークライアントモデルも有効です。

    スタートアップは通常、18〜24ヶ月という短い資金燃焼期間の中で自社の優位性を証明しなければならず、生き残るためには顧客を獲得し、売り上げを立てることしか道はありません。大企業や官公庁が初期の安定した顧客となることで、スタートアップは実績を得て次の顧客開拓が容易になり、大企業側も最先端技術をいち早く取り入れることができるという、双方にメリットのあるモデルです。

    例えば、BMWはベンチャークライアントモデルを導入し、毎年約30のスタートアップ製品を購買しています。これにより、ADAS(先進運転支援システム)のいち早い導入や、工場内自動運転の圧倒的な低価格化を実現しました。また、AppleのiPhoneを支える顔認証やワイヤレス充電なども、スタートアップ発の技術が組み込まれています。

    日本でも、経済産業省が推進する「J-Startup」プログラムや、各省庁が実施するスタートアップ向け調達制度などが徐々に整備されつつあります。

    スタートアップ側からも、これらの制度を積極的に活用し、大企業の調達部門や官公庁の担当者に対してベンチャークライアントモデルの価値を啓蒙していくことが重要です。

    3. ロビイング活動とルールメイキングへの参画
    新しい技術やビジネスモデルを社会実装するためには、既存の法規制や制度が障壁となることが少なくありません。TRONやWinnyの事例が示すように、技術の芽を摘んでしまうのは、しばしば制度や世論の壁です。

    だからこそ、スタートアップ自身がルールメイキングのテーブルに着くことが不可欠です。具体的には、業界団体への参画、政府の有識者会議やパブリックコメントへの積極的な意見提出、議員や官僚との対話の場を設けることなどが挙げられます。

    海外では、UberやAirbnbが各国で規制緩和のためのロビイング活動を展開し、新しい市場を切り拓いてきました。日本でも、ドローン配送やライドシェア、オンライン診療など、規制との対話を通じて新しいサービスが実現しつつあります。

    スタートアップが社会課題解決の現場の声を届け、具体的な政策提言を行うことで、規制環境を自ら変えていくことが可能です。

    まとめ

    日本はかつて世界競争力ランキング1位を誇りましたが、TRONやWinnyといった革新的な技術を社会実装できず、ビジネスで敗れてきました。しかし、その教訓から学ぶべきことはできます。

    技術力だけでは経済成長は実現できません。必要なのは、産官学民が一体となってイノベーションを推進する仕組みです。

    スタートアップは実証実験の有償化、ベンチャークライアントモデルの啓蒙、そしてルールメイキングへの積極的な参画を通じて、官公庁や大企業との壁を乗り越えることができます。

    PalantirやSpaceXのように、官のニーズを起点に民のビジネスをスケールさせた成功例は、日本でも実現可能です。産官学民連携という協力関係で日本の経済には大いなる可能性が見込めるのではないでしょうか。

    あなたへのおすすめ