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『他人の意見を聞かない勇気』【エッセイ】

     私はかつて学習塾の講師をしていた。

     当時、かなり「ふざけた授業」を展開していたのだが、そんな雑談混じりの授業を「楽しい」と言ってくれる生徒たちが少なからず存在した。

     自慢話のようだが、ここから手痛い失敗が始まるので、どうか最後までお付き合いいただきたい。

     ある日、生徒のアンケートに「もう少し真面目に授業をしてほしい」と書かれていた。

     私は深く反省し、次からは非の打ち所がないほど真面目に授業をした。

     結果はどうだったか。私の授業に熱狂してくれていたファン(と言うと誇張かもしれないが)の生徒たちの目から、みるみると輝きが失われていったのだ。

     短所をなくす方向に努力すると、その短所と表裏一体だった長所や魅力まで一緒に消えてしまう。
     そんな人間の心理を、私は身をもって知った。

     かと言って、いつでもどこでも自分を貫き通す人間は、ただの頑固で融通のきかない「めんどくさい人」になってしまうのも事実だ。

     このバランスの難しさは、小説も同じだ。

     あらゆる読者の考えに配慮すると、最終的には「今日も良い天気、みんなハッピー」といった無難なストーリーに着地する。

     そこには葛藤も、悔しさも、心を揺さぶるドラマもない。

     もちろん、ヘイトスピーチや差別的表現は論外だ。

     しかし、表現の持つ「歪み」や「アク」をすべて綺麗に消し去ってしまえば、作品の魅力もまた死んでしまう。

     だから、物書きは今日も悩むのだ。

     この表現は誰かを傷つけやしないだろうか。でも、日和って削ったらつまらなくなるのではないか、と。

     ときには他人の意見を聞かない勇気を持つ。

     そう言い聞かせながら、今日も書いている。

     ちなみに私の塾講師時代の担当科目は、国語だった。言葉で飯を食おうとしていたのは、あの頃からだったらしい。

     そんな懲りない人間の書く小説はこちら。

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    ホモサピエンスが繁栄したのは「物語」のおかげらしいぞ! 日常の理不尽と戦う(たまに逃げる)すべての人へ。 7000時間インプットした本の海からインスピレーションを得て、不条理フィクションや青春物語を紡いでいます。 泥沼社会人が描く「笑いと絶望のエンタメ」が皆さんに届きますように!

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