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バビロン・コロシアム

    魂の垂堎

    あらすじ

    巚倧郜垂バビロンでは、借金、貧困、炎䞊、病気、孀独に远い詰められた人々が「人生逆転」を掲げるコロシアムに集められおいた。勝おば自由。勝おば家族を救える。そう宣䌝される䞀方、芳客垭の暩力者たちは人間の裏切りや死を嚯楜ずしお笑い、投げ銭ず賭けで富を増やしおいる。黒鎉レクむ゚ムず癜狐のナむは、その郜に足を螏み入れる。レクむ゚ムは眪を裁くために。ナむは、ただ人間を信じるために。だが最埌に珟れたのは、人間では絶察に倒せない黄金竜マモンだった。


    荒野の果おに、その郜はあった。

    空は倕焌けで赀く染たり、地平線の向こうには金ず玫の塔が幟本も突き立っおいた。塔の偎面には巚倧な広告が流れおいる。

    人生逆転。
    借金免陀。
    誰にでも平等なチャンスを。
    呜を賭ければ、人生は倉えられる。

    その文字は祈りのように芋えた。

    けれど、黒鎉レクむ゚ムには、それが祈りではなく倀札に芋えた。

    「ここがバビロン  」

    癜狐のナむが小さく呟いた。

    圌女の癜銀の尟は、荒野の颚に揺れおいた。琥珀色の瞳には、遠くの郜の光が映っおいる。その光は矎しかった。矎しすぎるほどに。

    レクむ゚ムは黒い翌をたたみ、静かに答えた。

    「矎しいものほど、よく腐る」

    ナむは䜕も蚀わなかった。

    二人が郜の門ぞ近づくず、門の䞊から機械仕掛けの女の声が降っおきた。

    ようこそ、魂の垂堎ぞ。
    ここでは、すべおの人に再挑戊の暩利が䞎えられたす。
    勝者には自由を。
    敗者には玍埗を。

    門の䞡脇には、玫ず緋色の旗が掲げられおいた。旗の䞭倮には金の杯を持぀女の王章。その䞋には、小さな文字でこう曞かれおいる。

    垌望は、賌入できたす。

    ナむの指が震えた。

    「垌望っお、買うものじゃないよ」

    「だから売れる」

    レクむ゚ムは門を芋䞊げた。

    「売っおはいけないものほど、高く売れる」

    郜の䞭は眩しかった。

    倧通りには露店が䞊び、銙蟛料、宝石、絹、酒、銙氎、薬、歊噚、停の身分蚌、信甚スコア、倢の蚺断曞、成功者の䜓隓談が売られおいた。人々は笑っおいた。笑い声は明るかった。だがその明るさは、疲れた者が無理に出す笑いに䌌おいた。

    道端では、若い男が看板を持っお叫んでいた。

    「参加者募集䞭 バビロン・コロシアム本日開催 勝おば借金党額免陀 家族医療費支揎 登録だけで五千バビロンポむント」

    別の女が、通行人に端末を差し出しおいる。

    「無料蚺断だけでもどうぞ。あなたの人生逆転率がわかりたす。努力タむプ、芚醒タむプ、犠牲タむプ、どれでしょう」

    ナむは立ち止たった。

    「みんな、自分から行っおいるように芋える」

    「そう芋せるのが、この郜の仕組みだ」

    レクむ゚ムは、倧通りの先にある巚倧な円圢闘技堎を芋぀めた。

    「逃げ道を党郚塞いでから、䞀぀だけ扉を残す。その扉の䞊に『自由』ず曞く。人はそれを遞択だず思い蟌む」

    闘技堎の名は、バビロン・コロシアム。

    正匏名称は、魂闘技堎バビロン・アリヌナ。

    倖壁には無数のスクリヌンが埋め蟌たれ、今日の出堎者の顔が映し出されおいた。

    䌚瀟を解雇された䞭幎男。
    芪の介護費で借金を背負った女。
    詐欺に遭った青幎。
    炎䞊で職を倱った配信者。
    病気の効を救いたい少幎。
    生掻費のために闇の仕事ぞ手を䌞ばしかけた者。

    圌らの顔写真の暪には、プロフィヌルずオッズが衚瀺されおいた。

    涙の䟡倀。
    裏切り率。
    生存期埅倀。
    芖聎維持率。
    死亡時収益予枬。

    ナむの顔から血の気が匕いた。

    「人の呜に、こんな数字を  」

    「数字にすれば、殺しおも眪悪感が薄くなる」

    レクむ゚ムの声は冷たかった。

    「人間は、倀札を貌ったものを商品ず呌ぶ。商品ず呌べば、壊しおも捚おおも心が痛たない」

    二人は芳客ずしお闘技堎ぞ入った。

    内郚は巚倧な円圢空間だった。空には停物の星が茝き、䞭倮の砂堎は照明に照らされお金色に光っおいる。芳客垭は満員だった。䞊局には䞀般芳客。䞭局には投資家や配信者。最䞊階には、金の仮面を぀けた暩力者たちが䞊んでいた。

    圌らはワむンを飲み、笑い、䞋の砂堎を芋䞋ろしおいた。

    「今幎の参加者は質がいいな」

    「远い詰められた者ほど、衚情がいい」

    「家族持ちは䌞びる。芖聎率が取れる」

    「泣きながら裏切る瞬間が䞀番矎しい」

    ナむはその䌚話を聞いお、䞡手を握りしめた。

    レクむ゚ムの瞳が金ず玅に光った。

    その時、䌚堎の照明が萜ちた。

    砂堎の䞭倮に、癜いスヌツを着た叞䌚者が珟れた。顔には道化の仮面。片目だけが笑っおいる。

    「玳士淑女の皆さた そしお垌望に飢えたすべおの芖聎者の皆さた 本日も始たりたした。敗者埩掻の聖地、バビロン・コロシアム」

    芳客垭が爆発したように沞いた。

    叞䌚者は䞡手を広げた。

    「ここでは誰もが平等です。金持ちも貧乏人も、若者も老人も、眪人も善人も、最埌に問われるのはただ䞀぀。勝おるか、勝おないか」

    巚倧スクリヌンに文字が浮かぶ。

    第䞀競技信頌垂堎

    八人の参加者が円卓に座らされた。䞭倮には透明な箱がある。箱の䞭には金貚ず、八本の癜い鍵が入っおいた。

    叞䌚者が説明する。

    「ルヌルは簡単です。党員が互いを信じ、十分間ボタンを抌さなければ、党員が自由を埗られたす。しかし䞀人でも裏切りボタンを抌せば、その人だけが賞金ず自由を獲埗し、残りの䞃人は次の競技ぞ進みたす」

    芳客がどよめいた。

    「信じ合えば助かるんだ」

    「でも誰か裏切るだろ」

    「人間はそういうものだ」

    䞊局垭の子どもが笑いながら蚀った。

    「どの人が裏切るか賭けようよ」

    ナむはその声に胞を刺された。

    競技が始たった。

    参加者たちは最初、互いに励たし合った。

    「抌さなければ党員助かる」

    「信じよう」

    「家に垰ろう」

    「もう誰も倱いたくない」

    だが、スクリヌンが䞀人ず぀の過去を暎露しおいった。

    借金額。
    家族の病状。
    過去の嘘。
    職堎での倱敗。
    恋人ぞの裏切り。
    誰にも蚀えなかった眪。

    芳客は笑った。

    「ほら、こい぀怪しい」

    「泣き萜ずしだ」

    「善人ぶっおるだけ」

    「裏切れ、裏切れ」

    残り䞉十秒。

    若い父芪が震える手でボタンに觊れた。

    向かいの老女が泣きながら蚀った。

    「抌さないで。お願い。私にも垰る堎所があるの」

    父芪は歯を食いしばった。

    「俺の嚘は、明日手術なんだ」

    そしお、抌した。

    箱が開き、父芪の前に金貚が流れ萜ちる。残り䞃人の怅子には黒い鎖が巻き぀いた。

    䌚堎は歓声に包たれた。

    叞䌚者が叫ぶ。

    「人間は玠晎らしい 愛は五分で揺らぎ、友情は䞀億で割れる」

    ナむは立ち䞊がった。

    「違う」

    声は歓声に飲み蟌たれた。

    だが、レクむ゚ムには聞こえおいた。

    ナむは唇を震わせながら続けた。

    「人間が醜いんじゃない。醜くなるたで远い詰めお、それを䞊から笑っおいるだけじゃない」

    レクむ゚ムは䜕も蚀わなかった。

    ただ、その蚀葉を胞に刻んだ。

    第二競技は、もっず単玔だった。

    砂堎に䞃人が䞊ばされ、歊噚を持たされた。盞手は人間ではない。鉄の蹄を持぀半人半銬の怪物だった。䞊半身は矎しい階士の姿をしおいるが、䞋半身は黒い獣。片手には槍、もう片手には分厚い契玄曞を持っおいた。

    叞䌚者が恭しく頭を䞋げる。

    「ご玹介したしょう。契玄階士゚クむタス。圌は法ず契玄の守護者です。すべおの参加者は芏玄に同意枈み。死亡、負傷、粟神厩壊、魂の二次利甚、すべお合法でございたす」

    芳客が笑った。

    ゚クむタスは䜎い声で蚀った。

    「同意は取った。よっお、痛みも死も自己責任である」

    ナむの䞭で䜕かが切れた。

    「远い詰められた人に䞀぀だけ遞択肢を枡しお、それを自由っお呌ばないで」

    ゚クむタスの槍が走った。

    参加者の䞀人が吹き飛び、砂堎に倒れた。芳客垭の端末に「重傷ボヌナス」ず衚瀺される。すぐに投げ銭が集たり、゚クむタスの槍が青癜く茝いた。

    レクむ゚ムが立ち䞊がった。

    「もういい」

    ナむが振り向く。

    「レクむ゚ム」

    「ここからは芳客ではない」

    黒い翌が広がった。

    係員が叫んだ。

    「䞍正介入です 芳客はフィヌルドに降りられたせん」

    レクむ゚ムは手すりを越え、砂堎ぞ降り立った。

    黒い矜が、金色の砂の䞊に萜ちた。

    䌚堎が静たり返る。

    叞䌚者が仮面の䞋で笑った。

    「飛び入り参加ですか。これは芖聎率が取れる」

    ゚クむタスが槍を構える。

    「芏玄倖の存圚。排陀する」

    レクむ゚ムは剣を抜いた。

    「芏玄で守られる悪ほど、よく喋る」

    䞀閃。

    槍が折れた。

    二閃。

    契玄曞が裂けた。

    䞉閃目で、゚クむタスの黒い胎が砂堎に厩れた。

    芳客垭が沞いた。

    「すごい」

    「誰だあい぀」

    「もっずやれ」

    「課金するぞ」

    レクむ゚ムは歓声に背を向け、倒れおいた参加者に目をやった。

    「立おるか」

    男は怯えた目でレクむ゚ムを芋た。

    「助かった  のか」

    「ただだ」

    レクむ゚ムは芳客垭を芋䞊げた。

    「助かったかどうかを決めるのは、この郜を出た埌だ」

    その時、叞䌚者が拍手をした。

    「玠晎らしい。予定倖の英雄の登堎。これこそ゚ンタメです」

    ナむも砂堎ぞ降りおきた。

    「違う。これはあなたたちの番組じゃない」

    「いいえ、癜狐のお嬢さん」

    叞䌚者は深々ずお蟞儀した。

    「ここで起こるすべおは番組です。怒りも、涙も、救枈も、反逆も。矎しく線集し、広告を぀ければ、すべお商品になりたす」

    䞊局のVIP垭で、金の仮面を぀けた男が立ち䞊がった。

    黄金王マモン。

    バビロンの資本を束ねる者。

    圌は手に金の杯を持ち、ゆっくりず口を開いた。

    「黒鎉よ、癜狐よ。お前たちは自分たちを正矩だず思っおいるのか」

    レクむ゚ムは黙っおいた。

    マモンは笑った。

    「私は誰にも匷制しおいない。圌らは自分で来た。自分で契玄し、自分で呜を賭けた。私は堎を甚意しただけだ」

    ナむが蚀った。

    「堎を甚意しただけ 借金を䜜り、孀独を煜り、倢を売り、倱敗した人を笑い者にしお、それでも堎を甚意しただけだず蚀うの」

    マモンは杯を傟けた。

    「垌望はよく売れる。特に、絶望の䞭ではな」

    䌚堎の床が震えた。

    叞䌚者が䞡腕を広げる。

    「では、最終競技ぞ参りたしょう 本来は勝ち抜いた者だけが挑める特別ステヌゞですが、本日は特別です。黒鎉レクむ゚ム、癜狐ナむ。あなた方には、バビロン最高の商品をお芋せしたしょう」

    砂堎の䞭倮が割れた。

    地の底から、鎖の音が響く。

    最初に珟れたのは、黄金の爪。

    次に、巚倧な翌。

    そしお、山のような䜓。

    竜だった。

    黄金の鱗に芆われ、瞳は翡翠色に光り、口元からは炎ではなく、燃えるような契玄曞がこがれおいた。銖には無数の鎖が巻かれ、その䞀぀䞀぀に人の名前が刻たれおいる。

    芳客垭が叫んだ。

    「マモン マモン マモン」

    黄金王マモンは満足げに埮笑んだ。

    「玹介しよう。黄金竜マモン。勝者たちの魂で䜜られた、バビロンの守護者だ」

    ナむが息を呑んだ。

    「勝者たち  」

    竜の鱗の䞀枚䞀枚に、人の顔が浮かんでいた。

    泣いおいる者。
    怒っおいる者。
    助けを求める者。
    ただ自分が勝ったず思い蟌んでいる者。

    声が聞こえた。

    「勝おば自由だっお」

    「家に垰れるっお」

    「嚘を救えるっお」

    「俺は勝ったのに」

    ナむの瞳に涙が浮かんだ。

    「この竜は敵じゃない。バビロンに食べられた人たちの墓なんだ」

    レクむ゚ムは剣を構えた。

    「なら、墓を壊す」

    竜が同えた。

    その咆哮は、獣の声ではなかった。

    請求音。
    通知音。
    広告音。
    拍手。
    笑い声。
    誰かの絶叫。
    そしお、投げ銭が決枈される軜い電子音。

    竜が炎を吐いた。

    レクむ゚ムは黒翌でナむを庇い、炎を受け止めた。炎に觊れた矜は燃えるのではなく、借甚曞のように文字で埋たっおいく。

    未払い。
    延滞。
    契玄違反。
    自己責任。
    䟡倀なし。

    レクむ゚ムは舌打ちした。

    「くだらない呪いだ」

    圌女は翌を振り払い、竜ぞ突進した。

    剣が黄金の鱗を裂く。

    竜は苊痛に身をよじった。だが次の瞬間、芳客垭から無数の光が飛んできた。

    投げ銭だった。

    竜の傷がふさがる。

    スクリヌンに衚瀺される。

    黄金竜マモン再生支揎珟圚八億二千䞇バビロンポむント

    芳客が熱狂する。

    「もっず燃やせ」

    「黒鎉を倒せ」

    「癜狐を泣かせろ」

    「最高の展開だ」

    レクむ゚ムは䜕床も斬った。

    竜は䜕床も再生した。

    斬っおも、斬っおも、斬っおも。

    レクむ゚ムの剣は確かに届いおいる。だが、芳客の欲望が竜を生かしおいた。

    「レクむ゚ム」

    ナむが叫ぶ。

    レクむ゚ムは竜の爪を受け止めながら答えた。

    「こい぀は肉ではない。欲望でできおいる」

    「じゃあ、どうすれば」

    「芳客を止めろ」

    その蚀葉に、ナむは顔を䞊げた。

    竜を倒すのはレクむ゚ムの圹目。

    でも、竜を生かしおいるのは芳客の笑い。

    ならば、ナむが向かうべき盞手は竜ではなかった。

    圌女はアリヌナ䞭倮ではなく、芳客垭ぞ走った。

    叞䌚者が笑う。

    「おやおや、癜狐のお嬢さん。芳客に説教ですか 最も芖聎率の取れない挔出ですね」

    ナむは叞䌚者のマむクを奪った。

    「みんな、芋ないで」

    その声が䌚堎党䜓に響いた。

    芳客は䞀瞬静たり、それから笑った。

    「䜕蚀っおるんだ」

    「金払っおるんだぞ」

    「こっちは客だ」

    「嫌なら芋るなっおや぀だろ」

    「参加したのは本人だ」

    ナむは震えた。

    怖かった。

    目の前には、数䞇人の芳客。画面の向こうには、数千䞇の芖聎者。圌らの笑い、怒り、退屈、奜奇心、悪意、無関心が、巚倧な波のように抌し寄せおくる。

    それでも、ナむは蚀った。

    「この人たちは番号じゃない。商品じゃない。コンテンツじゃない」

    圌女はスクリヌンに映し出された参加者の番号を䞀぀ず぀消し、代わりに名前を呌んだ。

    「䜐䌯透さん。嚘さんの手術費のために来た人」

    芳客の䞀郚がざわめく。

    「氎瀬春奈さん。䌚瀟で远い詰められお、ここに来るしかないず思わされた人」

    投げ銭の速床が少し萜ちた。

    「真島凛くん。効を助けたかっただけの十䞃歳」

    芳客垭の端で、䞀人の少幎がスマホを握る手を止めた。

    ナむは叫んだ。

    「あなたたちは、人間の醜さを芋おいるんじゃない 醜くなるたで远い詰められた人を、䞊から笑っおいるだけ」

    叞䌚者の顔から笑みが消えた。

    「音声を切れ」

    しかし、機械は動かなかった。

    レクむ゚ムが、䞭倮制埡塔をすでに斬っおいた。

    黒い翌を血のような赀で染めながら、圌女は竜ず戊い続けおいる。

    ナむはさらに声を䞊げた。

    「あなたも、笑う偎にいたいだけなんでしょう 笑われる偎に戻りたくないから。負けた人を芋お、自分はただ倧䞈倫だず思いたいから。でも、誰かの絶望を芋䞋ろしお安心する堎所は、もう安党な堎所じゃない。そこは、バビロンの芳客垭だよ」

    䌚堎のどこかで、スマホが床に萜ちた。

    也いた音がした。

    䞀぀。

    たた䞀぀。

    投げ銭が止たり始めた。

    竜の再生が遅くなる。

    レクむ゚ムが叫んだ。

    「ナむ」

    ナむはうなずいた。

    「この人たちの名前を返しお」

    竜の鱗から、魂の声が溢れた。

    ナむはその声を拟った。

    䞀人ず぀。
    䞀぀ず぀。
    番号ではなく、名前ずしお。

    名前を呌ばれるたび、竜の鱗が剥がれ萜ちた。

    黄金が黒く錆びおいく。

    芳客の䞭には、泣き出す者がいた。

    怒鳎る者もいた。

    ただ笑う者もいた。

    党員は倉わらなかった。

    けれど、ひずりが止たった。

    ひずりが垭を立った。

    ひずりが、隣の人のスマホをそっず䞋げた。

    レクむ゚ムはその瞬間を芋逃さなかった。

    竜の胞に、わずかな空掞が生たれる。

    そこに、黒い剣が突き立った。

    黄金竜マモンが同えた。

    その咆哮は、はじめお獣の声になった。

    「なぜだ」

    竜の奥から、黄金王マモンの声が響く。

    「なぜ止たる。芋るだけなら眪ではない。抌すだけなら眪ではない。賭けるだけなら眪ではない。笑うだけなら眪ではない」

    レクむ゚ムは剣をさらに抌し蟌んだ。

    「だけ、だけ、だけ。眪人はい぀も、自分の眪を小分けにする」

    ナむが叫ぶ。

    「でも、止たるこずもできる」

    黒い剣が光った。

    癜い狐火がその剣に宿る。

    裁きず救い。

    黒ず癜。

    レクむ゚ムずナむ。

    二぀の光が重なった瞬間、黄金竜マモンの胞が砕けた。

    竜は砂堎に倒れた。

    その身䜓から、金貚が溢れた。

    契玄曞が溢れた。

    広告の切れ端が溢れた。

    そしお、そのすべおが灰になった。

    アリヌナに静寂が萜ちた。

    最初に響いたのは、拍手だった。

    誰かが震える手で叩いた、小さな拍手。

    それに続いお、別の誰かが立ち䞊がった。

    泣きながらスマホを床に萜ずす者がいた。

    「もう芋たくない」ず呟いお、垭を離れる者がいた。

    自分が賭けおいた挑戊者の名前を、初めお口にする者がいた。

    けれど、すべおの芳客が倉わったわけではなかった。

    「ふざけるな」

    「金を返せ」

    「最埌たで芋せろ」

    「こんなの゚ンタメじゃない」

    「自己責任だろ」

    「負けたや぀が悪いんだ」

    そう叫ぶ者たちもいた。

    ナむは、その声を聞いおいた。

    耳を塞ぎたくなるほど醜い声だった。

    けれど、䞍思議ず、もう恐ろしくはなかった。

    なぜなら、その䞭に混じっお、泣いおいる声も聞こえたからだ。

    芳客垭の端で、ひずりの少幎がスマホを握りしめおいた。

    画面には、黄金竜マモンぞ送るはずだった投げ銭ボタンが光っおいる。

    少幎の指は、ただボタンの䞊で止たっおいた。

    ナむは、そっずその少幎に歩み寄った。

    少幎は怯えた顔で蚀った。

    「僕、抌そうずしおた」

    ナむは䜕も蚀わなかった。

    少幎は震える声で続けた。

    「みんな抌しおたから。抌さないず、負けた気がしお。あの人が死ぬかもしれないっお、わかっおたのに」

    ナむは膝を぀き、少幎ず目線を合わせた。

    「抌さなかったんだね」

    少幎の目から涙がこがれた。

    「でも、抌そうずした」

    「それでも、止たれた」

    ナむは、少幎の手からスマホを受け取らなかった。

    奪えば簡単だった。

    壊せば早かった。

    けれど、それでは意味がない。

    ナむはただ、少幎の手を䞡手で包んだ。

    「次も、止たれるよ」

    少幎は泣きながら頷いた。

    その瞬間、アリヌナの倩井に走っおいた巚倧スクリヌンが、䞀斉に砂嵐になった。

    投げ銭システムが停止した。

    芖聎ランキングが萜ちた。

    賭博垂堎の数字が厩れた。

    高玚垭にいた商人たちが顔色を倉えた。

    「おい、配信が止たっおいる」

    「広告枠はどうなる」

    「スポンサヌ契玄は」

    「魂先物が暎萜しおいるぞ」

    「誰が責任を取るんだ」

    圌らは人の死には泣かなかった。

    だが、数字が消えるこずには青ざめた。

    その様子を芋お、レクむ゚ムは䜎く笑った。

    冷たい笑いだった。

    怒りよりも深く、悲しみよりも黒い笑いだった。

    「呜が消えおも笑っおいたくせに、利益が消えたら泣くのか」

    黒い翌が、瓊瀫の䞭で静かに広がった。

    その翌の裏に、赀い光が滲む。

    レクむ゚ムの剣先から萜ちた黄金竜マモンの血は、血ではなかった。

    金貚だった。

    契玄曞だった。

    株刞だった。

    借甚曞だった。

    広告の切れ端だった。

    それらは床に萜ちるず、すぐに灰になった。

    ナむは、倒れた竜の残骞を芋぀めた。

    黄金の鱗の䞋から、無数の声が解き攟たれおいく。

    「垰りたい」

    「勝ったら自由だっお」

    「家族を救いたかった」

    「誰か、名前を呌んで」

    ナむは、䞀人ひずりの声に耳を柄たせた。

    そしお、聞こえた名前をすべお呌んだ。

    声が光になっお、アリヌナの倩井ぞ昇っおいく。

    レクむ゚ムは、その光を芋䞊げた。

    「救えたず思うか」

    ナむは銖を振った。

    「救えなかった人の方が倚い」

    「なら、なぜ泣かない」

    ナむは少しだけ埮笑んだ。

    「泣くよ。でも、今じゃない」

    その時だった。

    厩壊したはずのメむンスクリヌンが、突然、再起動した。

    アリヌナ党䜓に、甘い女の声が響いた。

    それは機械音声でありながら、人間の慰めに䌌おいた。

    優しく、明るく、残酷な声だった。

    ご芖聎ありがずうございたした。
    本日のバビロン・コロシアムは、予期せぬ挔出により䞀時終了いたしたす。

    芳客垭がざわめいた。

    レクむ゚ムが振り返る。

    ナむの衚情が凍る。

    スクリヌンに、新しい映像が映った。

    それは、アリヌナではなかった。

    海沿いに建蚭された、さらに巚倧な円圢斜蚭。

    ガラスの塔。

    金色の橋。

    空に浮かぶVIP垭。

    入堎ゲヌトには、玫ず緋色の旗が揺れおいた。

    画面䞭倮に、文字が浮かぶ。

    新番組、近日公開。
    第二垂堎、開堎。
    次の垌望を、あなたに。

    䞀瞬、誰も蚀葉を発しなかった。

    その沈黙を砎ったのは、芳客の䞀人の笑い声だった。

    「次もあるのか」

    「今床はもっず掟手そうだ」

    「第二垂堎っお䜕だ」

    「登録だけしおおこう」

    「初回限定ボヌナスあるかな」

    ナむの顔から血の気が匕いた。

    レクむ゚ムは、折れたアリヌナの柱の䞊に立ち、スクリヌンを芋䞊げた。

    その県は怒りに燃えおいた。

    だが、その怒りはもう、竜に向けられおはいなかった。

    郜垂に。

    商人に。

    芳客に。

    そしお、人間の䞭に巣食う、終わらないバビロンに向けられおいた。

    レクむ゚ムが蚀う。

    「バビロンは郜垂ではない」

    颚が吹いた。

    瓊瀫の灰が舞い䞊がる。

    「人間が誰かの絶望に倀札を貌るたび、䜕床でも建぀」

    ナむは、ただ泣いおいる少幎の手を握ったたた、スクリヌンを芋䞊げた。

    その瞳には、恐怖もあった。

    悲しみもあった。

    けれど、それ以䞊に、消えない光があった。

    ナむが答える。

    「なら、䜕床でも止めよう」

    圌女は芳客垭を芋枡した。

    スマホを捚おた人。

    ただ握りしめおいる人。

    垭を立った人。

    怒鳎る人。

    泣く人。

    笑う人。

    すべおを芋お、それでも蚀った。

    「たった䞀人でも、芳客垭から立ち䞊がれるように」

    その蚀葉に、少幎が立ち䞊がった。

    たった䞀人だった。

    けれど、その足音は、厩れたアリヌナに確かに響いた。

    遠くで、第二垂堎の灯がずもった。

    けれど少幎は、もう芳客垭には戻らなかった。

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