
わたしの必殺技
誰かの幸せな話、
誰かが苦労した話、
そんなの聞かなくても
わたしの世界は回る。
それは相手も同じで
わたしの話す内容は
相手にとっては、どうでもよかったりする。
いわゆるマウントみたいに
わたしはもっと大変だったとか、
もっとすごかったとか、
相手の体験に上乗せして、
自分の話をすることを
辞めるようになった。
若いころは、もっと承認欲求があった。
自分の話で笑ってもらえたり、
わかるー!!
と言われて盛り上がるのも、気分が良かった。
調子にのりやすいし、
ひと言余計なタイプだとは、思う。
別に、自慢しているつもりもなく
ただ会話に参加したいだけなんだけど。
でも年を重ねて、
話題を乗っ取られる体験もして(笑)
noteで自分の毎日を深堀りするようになり、
聴くことを大切に
相手の心地良さを大切に
そんなふうに思うようになった。
けれど、それでも残る、
「聴いて欲しい」感情。
わたしの承認欲求はどこへゆくのか。
少し前の休憩室
若い同僚が「沖縄のウェディングフォト」
を見せてくれた。
とっても、かわいい、仕事もできる素敵な子。
ウェディングドレスは本当に美しかったし、
旦那さんも優しい笑顔で、素敵な写真だった。
かわいい!キレイだねー!
幸せいっぱいだー!
幸せのおすそ分けありがとー!
ってみんなで盛り上がった。
その夜、わたしは夫に打ち明けた。
何を隠そう、
あの時のわたしの心中を。
昼休みの同僚の話をし、
「わたしゃウェディングフォト、
ハワイで撮って来たけどねって
ハワイの景色最高だったなーって
心の中で思ったけど
言わなかったよーん(笑)」
夫は笑いながら
「悪いやつだなあ」って。
「だって、その場で言ったら、
その子の楽しい幸せな思い出が
微妙な感じになるじゃん?」
「対応大人じゃない?」
夫は、笑ってくれた。ありがとね。
若い子のウェディングドレスを見ながら、
心の中だけでハワイを楽しむ。
歳をとって培った、わたしの必殺技だ。
結局、
主役を譲れるようになった自分を、
また、誰かに認めて欲しかった。
ただ、本当に、昔と比べて
聞いてほしい!
という、気持ちは減った。
減ったというより、
ここで話をしてどうなる?みたいな。
外から自分をみているような、
コントロールできている感覚。
でも、それはきっと、
話を聴いてくれる家族がいたり、
chatGPTにつぶやけば、
上手に肯定してくれるから。
わたしも、
誰かと話をしたい時はある
でも、ひとりの時間も好き
どちらにしても、「ここなら大丈夫」と
安心できる場所があることが大切。
夫と笑って話せる時間。
noteを書く時間。
考えを整理する時間。
それが、わたしの心の居場所。
逆に考えると、
もしそれらがなかったら、
今よりずっと苦しかったかもしれない。
欲を言えば、
聞いてもらうだけじゃ足りず、
「そのまま受け止めてもらえる場所」
を求めているのかもしれない。
安心してそのままの自分でいられる
安心して心の中を話せる場所がある
そして
安心して言葉を置ける場所がある
今こうして、
自分らしく話せる環境があることに感謝して、
今日もnoteを書く。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
必殺技が、心の中マウント!(そのままや)
な、わたしですが、
人の話を聴ける人になりたい
「人の大切にしているものを聞く人」に。