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αの悲劇

    あらすじ

     桐谷電工社長の桐谷一詩はある日、退職代行を名乗る男から、部下の大鷲アテナが会社を辞める旨を告げられる。

     不審に思った一詩はアテナのアパートへ向かい、そこで彼女が拉致されたと思しき痕跡を発見する。
     一詩は旧友で探偵の小森真介に、アテナ捜索の依頼をするのだが……
     
     意外な真相が読者を待ち受ける、本格推理小説!

    序章 たとえ、彼女の愛が偽りであったとしても

     赤いセダンが茶で覆われた住宅地を滑る。低く重厚なエンジン音に、揺れの少ない安定した乗り心地。パブリックもプライベートもこいつを操ってこなす。七年ローンで購入した相須究朗あいすきゅうろう自慢の愛車。
     
     本日は週末で仕事は休み。相須は街の家電量販店で商品の物色を終え、家へ帰る所だった。彼が欲しい物はペットの見守りカメラ。これがあれば仕事に行っている間もスマホで部屋の中を、彼女の様子を見る事が出来る。すでに数多くの策を講じていたが、神経質で用心深い性質の相須が満足する事はなかった。
     
     相須の暮らしているマンション【フィラキイA】は彼の従弟が一年前に建てた物で、相須はその伝手を利用し、安い家賃で最上階の一番良い部屋に住まわせて貰っていた。従弟曰く建てる際、茶色い家に暮らす近隣住民達が日照権がどうだの景観がどうだの地盤がどうだのと色々騒がしく建設を反対してきたらしいが、相須にとってそんな事情はどうでも良かった。ある程度家賃が安く、何者にも侵されず、少し細工を施せば出られなくなる部屋であればどこでも良かったのだ。
     
     マンションに戻ると、併設された駐車場へ入り、セダンを指定の場所へ駐車させる。珍しい。いつもこの駐車場は他の住人の車が並んでいるのだが、今日は一台も見当たらなかった。
     
     相須はセダンから降りると、遥か上に位置する自身の部屋のベランダを睨みつける。
     
     ――絶対に、外へ出られていないはずだ。
     
     そう思っているのは相須だけであるが、現在相須はあの部屋で恋人と同棲していた。彼が男として最も愛し、憎んだ女。幼少期より毛髪がないというだけで他者から嘲笑され、軽んじられ、虐げられてきた相須を唯一気に掛け、慕い、愛してくれた存在。……しかし、それらは偽物だった。決死の思いで相須もその愛に応えようとしたが、彼女はそれを拒絶した。これまで相須が出会ってきた連中と同類……いや、思わせぶりな態度を取って陰で笑っていた分、そいつらよりも質タチが悪いと言えた。
     
     相須は激怒した。殺意さえ抱いた。が、それでも彼女を愛していた。たとえ、彼女の愛が偽りであったとしても、彼の四十三年の生涯で、彼女と共に過ごした日々が唯一幸福に満ちた物であったのもまた事実だった。
     
     周囲の魔の手で一度引き離されてしまった彼女を、再び自分の元へ連れ戻す際に些か非常な手段を用いたため、彼女を傷付けてしまったが、いずれはその傷も癒え、改心し、今度こそ本気で俺の事を愛してくれるはずだ。そう相須は考えていた。
     
     毛髪のない頭を下げると、相須は歩み出す。部屋に招待してからここ数日間、自身が仕事などで外出している間、彼女には窮屈な思いをさせてしまっているが、カメラさえ用意出来れば、もうそんな思いはさせなくて済――
     
     相須究朗は痛みはおろか、衝撃すら感じる事なくその生涯を終えた。
     
     相須の頭を叩き割ったものは、小さな黒い瞳で自身が付けた巨大な傷と、そこから流れ出る血を眺めていたが、やがて興味を失ったかのように首を曲げると、鈍重な足を動かしてその場を後にした。

    第一章 ちぎられたチェーン

     始業時刻の八時十五分が五分、十分と過ぎても、大鷲おおわしアテナは出社してこなかった。
     
    「一体どうしたんでしょうか? 大鷲さん」
     
     事務員が桐谷一詩きりやかずしに尋ねる。一詩の胸中はすでに不安と焦燥に駆られていた。アテナは真面目なやつだ。寝坊などありえない。仮に遅刻するにしても、必ず前もって連絡をしてくるはずだ。
     
     高校時代からアテナの事を良く知る一詩には、彼女に対しての絶対的信頼があった。
     
     会社の固定電話が鳴り、それに出ようとする事務員を一詩は制すと、自ら受話器を取った。受話器を取る時、先方の番号を確認しようとしたが叶わなかった。電話の液晶に映っていたのは番号ではなく、非通知の文字だったからである。
     
    「はい、こちら桐谷電工です」
     
     不審を押し殺しながら決まり文句を述べると、相手の男のやや神経質そうな声が鼓膜に響いた。
     
    「……あっ、もしもし……こちら退職代行『モウイヤダ』のカメナシと申す者ですが……」
     
    「退職代行?」
     
     思わずその単語を反復する。様々な理由で退職の旨を直接会社に伝える事がはばかられる際、本人の代わりに会社へその旨を伝えて手続きをしてくれるという、昨今話題のサービスだ。
     
    「……それで、その退職代行様がウチにどのようなご用件で」
     
    「そっ……そちらで働いておられます、大鷲アテナさんのご退職の件でご連絡させていただきました」
     
     桐谷電工株式会社などと大層な社名をしているが、創業してまだ一年と経っていない。代表取締役社長の一詩と、一詩の高校時代の同級生の妹である事務員、そして大鷲アテナの三人しか従業員のいない小さな会社だ。三人いる従業員の内、自分と事務員がこの場にいる以上、先方が話題にするのはアテナに他ならなかった。嫌な予感はしていたが、まさかそれだとは思わなかった。
     
    「退職って……またどうして」
     
    「そっ、それはですね……何でも彼女、ふと思う所があって、長期の旅行に出る事にしたみたいなんですよ」
     
    「それだったら」
     
    「そういう事で! 大鷲アテナさんは退職という事で、よろしくお願いします」
     
     休職届を出せばいいだろう。一詩にそう言う隙を与えず、相手はまくし立てるように述べて、電話を切った。
     
    「……さっきの電話、何だかおかしくないですか」
     
     両者の会話を聞いていたのか、事務員が怪訝な表情で一詩に意見する。
     
    「私、先週帰宅する際、大鷲さんにこう言われたんです。「また来週もがんばろうね」って。それに彼女なら、直接辞表を渡してきますよ。人を介したりなんてしませんって」
     
     事務員の言葉に一詩はうなずく。確かにそうだ。それにあの退職代行のカメナシと名乗る男、やけに自信なさげであった。まるで、他人と話し慣れていないような……
     
    「よし、俺は大鷲に直接連絡を入れてみる。お前はモウイヤダって退職代行について調べてくれ」
     
     一詩は自身のスマホを取り出すと、登録してあるアテナの番号に連絡を入れた。しかし、いつまで経っても「お掛けになった電話をお呼びしましたが、お出になりません」の文句を聴くばかりだった。アテナとの直接的な会話を諦めてスマホを置くと、事務員から報告があった。男の言ったモウイヤダなる退職代行サービスは確かに実在はするようで、インターネットを用いて、容易に同社の所在地や電話番号などを調べる事が出来た。だが、モウイヤダに大鷲アテナの件について問い合わせるも、モウイヤダは、「当社はそのような人物からの依頼は受けておらず、カメナシなる名の社員も在籍していない」と、否定してきたという。
     
     事務員の報告が終わると同時に、再び会社の電話が鳴り出した。知らない番号ではあったが、今度は非通知ではない。一抹の希望を抱いて一詩は受話器を手に取った。
     
    「ご無沙汰しております桐谷さん。大鷲アテナの父です」
     
     相手の名乗りと声で記憶が蘇る。このアテナの父と会話したのは数年前、高校の文化祭での一度限りであったが、腰の低い温和そうな紳士で、良い意味で印象に残っていた。しかし今、聞こえてくるのは腰が低いというよりも、可愛想なほど弱々しい声だった。そんな声が、更に一詩を不安と焦燥の沼へ引きずり込んでいく。
     
    「突然の電話、申し訳ございません。あの……娘の所在をご存知ではないでしょうか」
     
     聞けば、先ほど大鷲氏の元に、娘アテナから電話があった。
     
     ――しばらく旅行へ行く。旅行を楽しみたいから、連絡を寄越さないで欲しい。
     
     突然の電話に驚いたものの、ここで親としての勘が働いた。どうも娘が何かに怯えているような気がしたのだ。それを指摘した所、断ち切るように電話が切られた。慌ててリダイアルボタンを押したが、再び繋がる事はなかった。いても立ってもいられず、娘の友人などへ片っ端から電話を掛けて、娘の所在を調べているのだという。
     
     一詩の首筋、背筋が完全に凍り付いた。彼は大鷲氏に惜しみない協力の旨を伝えると、今日中に二人で彼女のアパートへ向かう事にした。
     
     もはや仕事など、手が付けられるはずがなかった。
     

     一詩は上京してきた大鷲氏と駅で合流すると、アテナの暮らしているアパートへ向かった。アパートに着くと、そこの大家に事情を話してアテナの部屋の鍵を開けてもらった。
     
     部屋の中はどこも荒らされたり、窓が破られたりした形跡などはなく、不審な箇所はどこにもないように思われた。だが、たった一つ、異変が見つかった。
     
     それを見つけたのは、玄関付近に立っていた大家だった。玄関の扉の鍵には二つのシリンダー錠の他、ドアチェーンが取り付けられていたが、肝心のチェーンが付いていなかったのだ。
     
    「劣化するなりしてちぎれた後、そのままにしてあるのではありませんか?」
     
     一詩が問うと、大家は断言する。
     
    「いいえ、一週間前に夕飯のおかずの余り物を持ってこの部屋へお邪魔した時は、確かにチェーンは付いていました。私、こう見えても記憶力には自信があるんですから」
     
    「失礼、これは……」
     
     一詩と大家が話している中、大鷲氏が土間からつまみ上げたのは、小さな金属片だった。細く、短く、少し丸まった針金のような、銀に輝く金属片。眼を凝らしてよく見てみれば、両端が微かに三角形の鋭角のようになっている。かつては両端が繋がっていて、輪になっていたのだろう。
     
    「ドアチェーンの、欠片ですね……」
     
     まさしく、何者かがこれをちぎって部屋に侵入した形跡だった。その何者かが、アテナをったに違いない。そう結論に達した一詩と大鷲氏は興奮冷めやらぬ勢いでアパートを後にすると、被害届を出すべく警察署に赴いた。
     
     しかし、被害届は受理されなかった。
     
    「チェーンの欠片一つで誘拐って、ちょいと早計過ぎやしませんかねえ? それに本人から、お父さんのトコに「しばらく旅行へ行く」って、直接連絡があったんでしょ? 別に心配する必要ないんじゃないの?」
     
     彼らを応対した警察官は、心底面倒そうに述べたのだった。
     
     それでも食い下がり、何とか捜索願は出せたものの、警察署を出た二人の警察に対する不信は頂点に達していた。
     
    「あれでは、ろくな捜索は期待できないでしょうね」
     
     大鷲氏は失意と失望を滲ませながら言う。
     
    「警察とは別の……例えば、探偵に依頼するのが良いかもしれません。その方がまだ真摯に捜索してもらえる可能性が高いでしょう」
     
     探偵、という単語が一詩の記憶に引っかかった。そして、その記憶を引き出していくと徐々に希望が湧いてくる。
     
    「大鷲さん、その探偵でしたら俺、一人知っていますよ。腕のほどがどうかは知りませんが、信頼に足るヤツであるのは保障します」
     
     ――今年の元旦。一詩の元に例年通り、彼から年賀状が届いた。いつも裏面には年始の挨拶の他、自身の近況が綴られていたが、今年の近況は眼を引かれた。探偵事務所を開設したのだという。彼は昔から大の推理小説好きで、将来は探偵になりたいのだと言っていた。子どもの頃からの夢を叶えたのだと友人として嬉しく、誇らしくなったものだ。――思えば、それに触発される形で自分もこれまで勤めていた会社を辞めて、桐谷電工を創業したのだ。
     
     年賀状には事務所の住所、電話番号も記されていた。一応スマホの電話帳に登録していたその番号に電話を掛けると、すぐに繋がった。
     
    「はい、こちら小森探偵事務所でございます」
     
     小森真介こもりしんすけ。絶望の中、久々に耳にする友人の声に、一詩の目頭は熱くなった。

    第二章 恋慕

     年賀状に記載されていた住所から薄々感づいてはいたが、小森探偵事務所は誰もが一度は耳にした事のあるような、大企業の本社ビルが建ち並ぶオフィス街に位置していた。そしてその内部は、事務所という堅苦しい言葉からはかけ離れた、まるでリゾート地の高級別荘のようだった。様々な不安、不満を抱えてやって来る依頼人達に気を利かせてか、クリームのソファなど、落ち着いた暖色の調度品が並べられ、それらをふんだんに設置された光源が照らしている。
     
     小森真介は連絡したその日の内に二人に会い、話を聞いてくれた。
     
    「それで、私の所まで来たという訳ですか。しかし酷い話ですね。お父様と上司を前に、警察もよくそんな事が言えたものだ」
     
     真介は深い同情を示してくれた。一詩は仕事着姿の真介を観察する。彼は人々がイメージするような最近の若者像とは良い意味でかけ離れていた。真面目で溌溂な印象を相手に与える真っ黒の短髪に、深い知性をうかがわせる黒縁眼鏡、初々しさを感じさせない洗練された紺のスーツ。金色に染め上げた頭髪にピアスだらけの耳、皺まみれの水色の作業着の自身とは、同い年で同じ経営者とは思えぬ隔絶した風格の差があった。
     
     小森真介とは、小学校時代からの友人だった。小学四年生の時、同じクラスになってから仲良くなり、共同で夏休みの自由研究に取り組んで、ラジオや嘘発見器などを作成した。小学校卒業後は一詩の両親の仕事の都合により、他県への引っ越しを余儀なくされたため、疎遠になってしまったものの、年賀状のやり取りなど定期的な近況報告は欠かさず行っていた。
     
    「お嬢さんの部屋に、スマートフォンはありませんでしたか? もしなかったのであれば、スマホは誘拐犯がお嬢さんに、お父様へ連絡させるために持ち出された可能性が高いでしょう。GPSを使えば簡単に居場所を特定する事が出来ます」
     
     真介は大鷲氏に尋ねると、大鷲氏は無念そうに答える。
     
    「それは、できかねますね。娘が使っているのはスマホではなくガラケーなのです。それも、GPSも付いていないような型の古い……」
     
     一詩は何度もそのガラケーを眼にしていた。元は赤色だったのだろうが、塗装が剥げに剥げ、下地が露出してほとんど真っ白になっていた。アテナに尋ねた所、彼女が幼稚園の時に病死した、母親の形見の品なのだという。
     
    「それは仕方ありませんね……そうだ桐谷さん、例の物はお持ちして下さいましたか」
     
    「あ? ……ああ、どうぞ」
     
     一詩はしどろもどろになりながら、真介から指定された大鷲アテナの履歴書を彼に手渡した。
     
    「コピーを取らせていただいた後にお返しします。しかし、可愛らしいお嬢さんですね」
     
     それを聞いた時、一詩は思わず拳を握ってしまった。父親に対し、単に世辞を言っただけであろう。真介の言葉に下心など邪念は一切ないのは明らかであったが、その言葉が一詩の神経を逆撫でさせた。また、今の自分達が依頼人と探偵の関係である事と、他人である大鷲氏が同席している事もあってか、一詩に対し真介は敬語を用いていた。それが返って自分達の関係に大きな隔たりを感じさせる。
     
     ――本当に、こいつに任せて大丈夫なのだろうか。
     
     そんな思いが脳裏をよぎったものの、大鷲氏の方は真介の事を完全に信頼しきった様子で、すでに依頼料の打合せに入っていた。
     
     こうして一詩はこの探偵に対し、力量とは別の不信を少なからず抱いたまま、大鷲アテナの捜索を依頼する事となった。翌日には仕事に戻ったものの、消息を絶ったアテナの事が気掛かりで身が入らない。
     
     ――アテナがどこかへ監禁されていたとして、真介のやつがその消息を突き止めて、監禁場所から彼女を救い出したとしたら……
     
     脳内でそんな、あらぬ妄想を浮かべる日々が続いた。
     

     アテナ捜索の依頼をして五日後の昼頃。一詩は真介と再会を果たした。
     
     週末ではあったが家電の修理を依頼された一詩は、依頼主の元へ向かう前に腹ごしらえをしようとコンビニへ立ち寄ると、そのコンビニでちょうど真介も弁当を物色していたのだ。
     
     真介のワゴンの中で二人は、並んで昼食をとる事にした。自身の薄い財布の中を鑑みた一詩の昼食が薄いキュウリのサンドイッチなのに対し、真介の昼食は卵焼き、焼きサバ、コロッケなどが入った具沢山の幕ノ内弁当である。
     
    「それで、大鷲の件は何か進展はあったか」
     
    「幸運な事に、すぐ調査の目途が立ったよ」
     
     一詩が問うと真介は手を伸ばし、一詩が座っている助手席の前の収納を開けて、中から白いファイルを手に取る。そして卵焼きを咀嚼しながら彼は調査の成果を語り出した。五日前とは異なり、友達口調だった。
     
    「お前から提供された大鷲さんの履歴書の職歴に書いてあった、お前の会社に来る前に彼女が勤めていたというマキー株式会社へ行って、そこの社長や元同僚から話を聞いた。すると一人、怪しい男が浮かんできた。こいつだ」
     
     真介はファイルをめくっていき、マキー株式会社の従業員達の名刺と共に収められた一枚の写真を指した。
     
    「相須究朗、四十三歳。マキー株式会社の元社員で大鷲さんの元同僚だ」
     
     写真には縁なし眼鏡を掛けた、見るからに陰険そうな男が映っていた。しかし、男の容姿で特筆すべきは一切の頭髪、眉毛が確認できない所である。陰険そうに見えたのもそのせいだ。人間、体毛がないだけで、こうも人相が凶悪に見えるものなのか。
     
    「相須は技術職として雇われていた。口数は少ないものの、実直に仕事をこなすこいつを社長は信頼し、大鷲さんが入社した際、彼女の教育係にした。……これが間違いだった」
     
     ここで真介は、ドリンクホルダーに入れたペットボトルの緑茶に手を伸ばし、それで口を湿らせる。
     
    「社長や他の元同僚の話によると、最初の頃の二人の関係は良好そうに見えたらしい。しかし何カ月か経つと、そんな二人の関係は、どうした訳かこじれてしまったようで、社長や他の同僚が気付いた時には精神的、肉体的暴力にまで発展していたそうだ」
     
     それは一詩にとって驚くべき報告であった。あの明るく気の利くアテナが、人の不興を買うとは到底考えられない。
     
    「大鷲さんは誰に対しても礼儀正しい女性だったそうだな。……多少の社会通念があれば誰にでも行う振る舞いを、場慣れしていない者は自分だけに向けられた好意であると勘違いする。これが「単なる勘違いでした」で済めばいいんだが、性格に難のある奴だと「思わせぶりな態度しやがって」と激昂する。相須もその手合いだったんだろう」
     
     一詩のその疑問に答えるかのように、真介は相須の心理を分析する。
     
    「社長の牧氏や他の同僚達が再三相須に注意したものの、奴は態度を改めるどころか、今までの寡黙さが嘘のように彼らに逆ギレしたらしい。だから最終的に社長の牧氏も、相須を解雇する決断を下したそうだ。そして相須がいなくなったとはいえ、この騒動で会社にいづらくなったのか、それから間もなく大鷲さん自らも会社を退職した」
     
    「そうか……色々と調べてくれてありがとう。俺はもう行くよ、仕事もあるからな」
     
     一詩は残ったサンドイッチを無理矢理口に押し込み、ワゴンから降りようとした。真介は素早く身を乗り出すと、一詩が開けたドアを抑える。
     
    「待て、どこへ行く気だ」
     
     その声はいつになく厳しいものだった。一詩の脳にはすでに、ファイルの相須究朗の写真の下に記されていた相須の住居の住所が刻み込まれていた。一詩の考えていた事、やろうとしていた事は、探偵には全てお見通しであったらしい。
     
     そして、見通していたのは一詩が起こそうとしていた行動だけではなかった。
     
    「……一詩お前、大鷲さんの事が好きだろ」
     
    「どうしてそれを」
     
     反射的に認める言葉が出た。それを否定する事を、精神が拒絶していた。
     
    「あんな顔で睨みつけられたらな。ちょっとお世辞で大鷲さんの容姿を褒めただけだろ」
     
     アテナの親父さんと事務所へ依頼をしに行ったあの時、俺はそんな顔を、眼をこいつに向けていたのか! 羞恥で真介の顔を直視できなかったが、それを聞いても茶化したりしないだろうと判断した一詩はアテナとの出会いを真介に語った。
     
     一詩が通っていた工業高校には、『ものづくり部』という旋盤、溶接などの工業技術の向上を目的とした部活動があった。将来は電気技師となる夢を持っていた一詩はそこで日夜、電気工事の腕を磨いていた。
     
     大鷲アテナと出会ったのは、一詩が三年生の時だった。その時の情景を一詩は今でも覚えている。一年生新入部員達の中に、ひときわ激しい炎を瞳に宿した少女がいた。スラリとした女子にしては高い背丈に豊かな茶髪、均整の取れた顔立ち。そんな容姿端麗な少女が、電気工事をやりたい。どうか教えて欲しいと言ってきた時は嬉しかったものだ。
     
     第一印象の通り、アテナはやる気と情熱に満ちており、また要領も良かったため、あっと言う間に一詩ら先輩達の誰よりも、その腕を向上させていった。それでいて一切驕る事のないアテナに、部活内でもっとも彼女と行動を共にしていた一詩が好意を、恋愛感情を抱くのは当然だった。しかし奥手な一詩は、自身の想いをアテナに告げる事なく高校を卒業してしまった。
     
     一詩が桐谷電工を創業するにあたり、人手が欲しいと勤めていた会社の同僚や、かつてのものづくり部の仲間達に声を掛けていったが、誰も首を縦に振ってはくれなかった。そんな中で唯一、首を縦に振ってくれたのがアテナだった。
     
     真介は、少しの沈黙の後に口を開いた。
     
    「一詩、実は俺はこれから、相須の暮らしているマンションへ向かう所だったんだ。お前が相須の部屋に突撃するといった、勝手な真似をしないと誓ってくれるなら、そこへ連れて行って、調査の手伝いをさせてもいい。どうだ?」
     
     それを聞くと一詩はシートベルトを引っ張り出し、自身の身体にしっかりと装着させる。答えを口に出す必要はなかった。
     
    「よし、それじゃあ行くとしよう」
     
     真介は満足げに微笑を浮かべると、車を発進させるべく、ズボンのポケットから鍵束を取り出した。車の鍵を初め、大小様々な鍵が付けられていたが、その内の二つは鍵でない事を一詩は一目で見破った。一見すると普通の鍵のように見えるそれは、先端がプラスとマイナスの形をしていた。一詩が会社を創業した際に、記念品として家族や従業員、親しい友人らへ配った簡易のドライバーである。
     
     ――ちゃんと使ってくれていたんだな。
     
     友人の好意の数々に、一詩の胸は熱くなった。
     

     都心から伸びた高速道路を約一時間走った辺りの、古く低い家屋が建ち並ぶ住宅地の中に、灰色のその建造物【フィラキイA】はそびえ建っていた。まさにここが、相須究朗が暮らしているマンションだった。真介はその近くの路肩にワゴンを停めると、トランクからそれなりの大きさのアタッシュケースを取り出して、マンションと反対方向へ歩き始めた。一詩も黙ってそれについて行く。真介の荷物はワゴンの中を含め、このケースと腰に付けたポーチぐらいしかない。
     
    「どうしてこんな所にマンションなんざ建てようと思ったのか」
     
     マンションを横目で見ながら、あきれたように真介は言った。
     
    「日本の地名は、かつてその地で発生した災害を想起させる漢字が含まれていることが多々あるんだ。津波などの水害が起こった過去があれば『釜』や『袋』。土砂崩れが起こった過去があれば『蛇』や『萩』といった具合にな。あの沼は【鮎池】という名らしい」
     
     フィラキイAの傍には、ぽかりと大きな沼があった。遠目からでも酷く濁っていることが分かる。何らかのはずみで落ちてしまおうものなら、死んでも水面へ浮かび上がってこれない……そんな気がした。
     
    「『鮎』という字は『揺く』に由来して、液状化現象の起きやすい土地に付けられるそうだ。きちんと基礎工事を行ったのかもしれないが、俺だったらそんな名前の沼が近くにある土地にマンションなんて建てたくないし、住みたくもないな。……よし、ここにしよう」
     
     真介はマンションから少し離れた空き地の前で足を止めると、針金の柵を潜ってその中へと入る。季節はまだ初夏であったが、空き地にはすでに腰ほどの高さまで草が伸びていた。こうした草むらに軽率に入り、落ちていた(おそらく犬の)フンをおもいきり踏みつけてしまった少年時代の悪夢を思い出したので、足元に多大な注意を払いながら一詩は彼の後に続く。不動産会社の看板が立ってある付近で真介はアタッシュケースを下ろすと、その中身を取り出した。
     
    「所長一人しかいない小さな事務所は、こういったハイテク装置を積極的に使っていかないとな」
     
     真介が取り出したのはドローンだった。一詩もそれについては詳しくないのでよく分からなかったが、中央の部分が拳サイズなので、おそらくドローンの中でも最小クラスなのだろう。
     
    「いいか。今回はあくまでやつの部屋を、このドローンに付けられたカメラで覗き見るだけだ。仮に大鷲さんの姿が見えたとしても、変な気を起こすなよ」
     
    「……分かってるよ」
     
     一詩はマンションを睨みつける。……そうは言ったものの、もし本当にアテナがあのマンションにいるのだとしたら……真介の言いつけを守れる自信はなかった。
     
    「よし、なら、調査開始だ」
     
     真介は自身が掛けている眼鏡の丁番辺りを指先で触れた後、画面と一つになったドローンのコントローラーを握った。ドローンの四つのプロペラが、低い音を発しながら回転し始め、垂直に宙へ浮いたかと思えば、瞬く間に空き地を飛び出し、徐々に高度を上げながら滑るようにマンションへと向かっていく。しかし、ドローンは沼の中央付近で停まると、その場でホバリングし始めた。ドローンとマンションにはまだ距離があった上、高度もおよそマンションの五階付近までしかない。一瞬たりとも最上階の相須の部屋が覗けたとは思えなかった。
     
    「おい、どうした」
     
    「……こいつはモニター越しではなく、直接自分の目で見た方がいいだろう」
     
     ドローンがまだ飛んでいるにも関わらず、真介はコントローラーを放り出して駆け出した。そして針金の柵を再びくぐった所で思い出したように振り返り、「お前もこい」と一詩に叫ぶ。
     
     勘が乏しいなりに、ただ事でない事態が発生したのを察した。二人は先ほど歩いた沼に沿った道を逆走する。停めていたワゴンを越え、もう少し先に進むと、先行していた真介が道を逸れてその建物の敷地へ飛び込んだ。一詩も薄々感づいてはいたが、その敷地は相須のマンションの駐車場だった。
     
     距離にすれば大したものではなかったが、学生時代は体育の授業でしか。社会に出てからは全く運動をしていない一詩にとって、このダッシュは拷問にも等しかった。両膝を両手で握り、アスファルトの地面へ向かって頭を垂らす。
     
    「真介! お前、一体何をそんなに焦って……」
     
     しばらく肩で息をした後、頭を上げる。そして、立ち尽くす真介の足元に転がるそれが視界に入った瞬間、身体を蝕んでいたきつさ、痛みは全て消え去った。
     
     昔、真介に勧められて読んだ推理小説の中で撲殺死体が出てきた際、このような表現が使われていた。『割られた頭はまるで、弾けたザクロのようだった』と。二人の眼前には、まさにその弾けたザクロのような頭をした男が斃れていた。うつ伏せだったため顔は見えなかったが、一目でその男の正体を察した。巨大な傷口の周囲には、毛が一本も生えていなかったからだ。
     
    「こいつ、相須か」
     
    「そうだな」
     
     一詩の問いに、死体にかがみ込んで顔を確認した真介が短く答える。
     
    「どうしてこんな所で斃れてるんだよ」
     
    「さあな。事故か、自殺か、他殺か……」
     
     真介は立ち上がると、素早く辺りを見渡した。駐車場には沼を背に、赤いセダンが一台停まっているだけだったが、彼の視線は間もなくある一点に注がれる。
     
    「一詩、大鷲さんはスマホではなく、ガラケーを使っているって話だったな」
     
    「ああ。……それがどうした」
     
    「俺の見間違いだといいが」
     
     マンションと沼の間には、二メートルほどの急な斜面があった。真介は足を滑らせ沼に転げ落ちぬよう、慎重にその斜面を降りていく。沼の浅瀬には小さな草木の欠片の他、スナック菓子の包装や、黒い中身がまだ三分の二ほど残ったコーヒーのペットボトルなどのゴミが浮いていた。真介は舌打ちをすると、ゴミの中から半ば泥に沈んだそれをつまみ上げ、一詩に向かって突き出した。塗装が剥げに剥げ、下地が露出して真っ白になったガラケー……それはまさに、アテナのガラケーだった。しかし、今やそのガラケーは無残にも真っ二つにへし折られ、わずかなコードでかろうじて画面部分とボタン部分がつながっている状態だ。
     
    「……決まりだな。ここに、大鷲さんがいる」
     
     真介は壊れたガラケーを腰のポーチに仕舞い、斜面から上ると、自身のスマホを取り出し、消防と警察に連絡を入れた。
     
    「フィラキイAというマンションの駐車場で、男性が頭から血を流して倒れています。すぐに来て下さい」
     
     彼は善良な市民としての義務を果たした。そこまでは良かった。問題はここからだった。両者への通報を終えた真介が再び相須の死体に歩み寄ったかと思えば、彼は死体の側に落ちているカバンをあさり始めたのだ。
     
    「お……おい、お前!」
     
     思わず一詩は叫んだ。さすがの一詩も、警察が来るまで現場を荒らしてはならないという知識と常識は持ち合わせていた。しかし、真介はそんな友人の叫びを黙殺し、カバンをあさる。何かを探しているようだ。そして目当ての物がカバンにないと見切りを付けるやいなや、カバンを放り出して今度は死体に手を伸ばし、それが履いているズボンのポケットをまさぐり始める。
     
     一体、こいつは何をしているんだ。一詩には友人の行動が理解出来ない。まさか、金目の物を拝借しようとしているのでは……
     
    「よし、あった」
     
     真介がポケットから引っ張り出した物は、鍵束であった。大小様々な鍵が付けられたそれは、日の光を浴びて鈍く輝く。
     
    「お前、自分が何をしているのか分かっているのか。現場を荒らすなんて」
     
    「お前こそ、今がどんな状況なのか分かっているのか」
     
     真介の行為を咎めると、逆に咎められた。
     
    「俺は探偵であって法医学者じゃない。この頭の傷が何者かに殴られた事によって付けられたのものなのか、あるいはこのマンションから飛び降りた時に付いたものなのかは判断しかねる。だが、もし後者だった場合、多少現場を荒らしてでも一刻も早く大鷲さんの無事の確認をするべきだろ」
     
     アテナの無事の確認? ……そうか、飛び降りる前……自殺する前に彼女を道連れにしているかもしれないのか!
     
    「俺はこれから相須の部屋に向かい、大鷲さんを救出しに行くが、お前はどうする? ここで待っていてもいいが」
     
    「行くに決まってるだろ!」
     
     一詩のその答えに。友人はまた満足したように微笑を浮かべる。それと同時に、沼の上でホバリングしていたドローンがついに力尽き、ボチャリと音を立てて沼へ落ちた。
     

     フィラキイAは十階建てのマンションであり、相須は最上階の一番端の部屋を借りていた。
     
     二人は相須の部屋の扉の前に立つと、扉に見慣れない物が設置されている事に気が付いた。正確に言えば、それ自体は見慣れてはいたものの、玄関の扉にそれが付けられているのを見るのは初めてだった。
     
    「南京錠?」
     
    「明らかに外付けの錠だな。……内側からこいつを外す事は出来ない仕組みになってる」
     
     真介は元から付いている玄関の二つのシリンダー錠と外付けの南京錠を、鍵束の鍵を用いて開錠する。
     
     玄関の扉を開けると、まず眼に飛び込んだのは天井まで届いた黒い鉄格子の扉だった。一詩は以前、拘置所だったか、あるいは刑務所だったか、その内部を扱ったドキュメンタリーを観た事があった。それによると、囚人の脱獄を防ぐために牢そのものは勿論の事、廊下にも数多の鍵の付いた鉄格子の扉が設けられているらしい。眼前に現れたそれも拘置所や刑務所の物と比べればかなり小さな物ではあるが、同様の目的で設けられた事は想像に難くなかった。
     
    「ここに……絶対にここに、アテナがいるんだ」
     
     鉄格子の扉の錠を開けてリビングへと入ると、壁の電気のスイッチを入れ、部屋に明かりを灯す。白いフローリングの上には灰色の敷物、そしてまたその上に小さな四角いガラスのテーブルが置かれていた。……それだけである。テレビも本棚もなく、部屋には異様に物がない。しかし、このリビングで本当に異様なものは他にあった。まずは正面に位置する真っ黒な戸。近づいてよく見てみると、黒色のフィルムが戸の大部分を占めるガラス全体を覆っている。おそらくこの戸はベランダへ通じていると思われた。仮に当初の予定通りドローンで部屋の内部を覗こうと試みたとしても、この黒いフィルムに阻まれていた事だろう。そして、その戸に付いているクレセント錠。これもただのクレセント錠ではなく、側面に鍵穴が付いていた。つまり、鍵がなければ開けられないのだ。
     
    「こいつといい玄関の外付け南京錠といい、本来は防犯や、幼い子どもや認知症の患者が勝手に出て行くのを防ぐためにあるんだがな」
     
    「クズが使えば、簡単に部屋を牢獄にする事が出来るって訳か」
     
     その時、背後で何かが動くような物音がした。リビングの殺風景な部屋の様子や正面の異様な戸に眼を奪われ、今まで気が付かなかったが、その隅には腰ほどの高さの小さな両開きの扉があった。扉の取手には禍々しい鎖が巻きつき、それを大きな南京錠が繋ぎ止めている。
     
     音がしたのは扉の向こうからだ。
     
    「収納か」
     
    「アテナ!」
     
     二人は素早くその扉の前に駆け寄った。真介が鎖を引き、しっかり錠が掛かっているのを確認する。
     
    「ほら」
     
     真介は鍵束を一詩に突き出すと、小さな声で囁く。
     
    「この鍵はお前が開けろ。大鷲さんを探し出すのは俺の役目だが、ここから彼女を連れ出すのはお前の役目だ」
     
     その言葉を聞いた瞬間、一詩は真介がアテナを狙っているのではないかと疑った事を大いに恥じたのだった。

    第三章 αの悲劇

     目立つ外傷こそ見当たらなかったものの、アテナの姿は痛ましかった。収納を開けた時、彼女は両足を投げ出し、力なく壁に寄りかかっていた。顔はやつれ果て、豊かだった髪は短く刈られていた。そしてなぜか、頭部を除く首からつま先までの全身を包み込むような身体のラインがはっきりと分かる、光沢のある真っ黒なスーツを着せられていた。
     
     少しでも安堵を与えてやろうと、一詩は励ましの言葉を掛けながらアテナの肩や背中をさすり続けた。その甲斐あってか、アテナはポツポツと事情を一詩と真介に語り出した。
     
     一詩達の推察通り、彼女は金曜の晩にアパートの自室で眠っている所を、部屋に侵入してきた相須により脅迫され、拉致された。月曜の朝、アテナの周囲に彼女が行方をくらませた事を怪しまれぬよう相須は退職代行の人間、カメナシを名乗ってアテナの職場である桐谷電工にアテナ退職の旨を伝え、アテナには彼女のガラケーを使って父親に連絡を入れさせた。その後、ガラケーは壊され、ベランダから外へ捨てられた。
     
     一詩と真介はやって来た救急隊にアテナを託した後、同じくやって来た警察に聴取のため、マンションのロビーで待つよう指示された。その間、マンションを出入りする物々しい制服姿の警官達の囁き声が否応でも耳に入ってきた。
     
     それによれば、どうも相須の死は自殺などではなく、他殺であるらしい。
     
     二人を聴取するという二人の刑事が来ると、素直に一詩と真介は彼らに一連の経緯と自分達の名前、職業を告げた。
     
    「もしかして……あなたはあの小森真介さんですか!」
     
     意外にも、轟とどろきと名乗る男の中年刑事は彼らに、特に真介に対し好意的な反応を見せた。一詩は拍子抜けする。非常時とは言え、相須の部屋に踏み込んだ事と、真介が探偵というある意味警察と対極に位置する存在である事から、多少の叱責と顰蹙を覚悟していたのだ。そして同時に、友人が警察の信望をも得ているほどの存在である事を知った。
     
    「真介お前、そんなに有名人だったのか」
     
    「そうですよ桐谷さん。小森さんは数年前にペンション『スケープゴート』で起こった事件の真相に辿り着いたすごい方なんです」
     
     その事件に関しては、世間に疎い一詩も知っていた。真介は顔の前で「いやいや」と片手を振ったが、その表情はまんざらでもなさそうだ。
     
    「別に私はあのペンションで起こった事件を解決した訳じゃありません。ただ、事件の裏にあった事実を暴いただけです。過大評価ですよ」
     
     知らぬ間に、友人は至高の存在となっていたらしい。それは一詩にとって、我が事のように誇らしかった。……そんな想いの一詩に冷や水を掛ける者がいた。
     
    「そうですね。あなたはすでに解決した事件をほじくって、引っ搔き回しただけ。何もすごい事なんてありません」
     
     轟刑事の隣にいた若い女の刑事が言い放つ。歳は一詩、真介と同じぐらいだろうか。セミロングの黒髪を後ろで一つにまとめた、いかにも気の強そうな女だ。
     
    「大鷲アテナ……病院へ搬送される前、私達は彼女からも色々と事情を伺いましたが、あなた達、相須の部屋に乗り込んだそうですね。警察が来るまで素直に待てなかったのですか?」
     
    「確かに、皆さんが来られる前に相須の部屋へ踏み込んだ事は不適切な行動であったかもしれません。ですが、あの時は相須に拉致されたと思しき大鷲さんの安否を確保するのが第一だと考えたものですから」
     
     元より予想されていた叱責であったため真介は動じる事なく、はにかみながら平謝りする。しかし、女刑事は容赦なく言葉を続けた。
     
    「私が言いたいのはそんな事じゃありません。私は、大鷲とあなた達が共謀して相須を殺したんじゃないかと言いたいのです」
     
     予想外の反撃に、思わず一詩の背筋は凍り付いた。真介も表情が強張る。
     
    「相須がマンションへ帰って来たのを見計らい、大鷲はベランダから凶器となるような重りを落として相須を撲殺。そして彼女から密かに連絡を受けていたあなた達が現場へ赴き、凶器の回収、大鷲を収納へ閉じ込めたりなどの工作を行う……いや、そもそも大鷲は収納に閉じ込められてさえいなかったのかもしれない。どうです? 警察でもない素人が現場に踏み込むというのはこういう事ですよ」
     
     女刑事は冷たく二人を見据えた。しかし彼女の指摘は鋭く、正論そのものだった。一刻も早くアテナを救出しなければとそこまで頭を回す事が出来なかったが、確かに客観的に見れば、警察が来る前に現場に踏み込む輩など、怪しい事この上ない。
     
     一詩は真介の方を向いたが、彼はいつもの飄々とした表情に戻っていた。
     
    「なるほど、確かにそういう見方も出来ますね。ですが、それは誤りです」
     
     真介は人差し指で自身が掛けている黒縁眼鏡を指した。
     
    「この眼鏡、実はブリッジ部分に小型カメラが仕込んであるんですよ」
     
    「えっ……」
     
     彼の掛けた眼鏡をよく見ると、眼鏡のブリッジ部分に小さなカメラのレンズが微かに光っているのを確認出来た。
     
    「相須の部屋を覗こうとドローンを飛ばした所から今現在に到るまで、ノーカットで撮り続けています。これが、私達が凶器を回収したり、大鷲さんをまた閉じ込めたりなどした工作をしていない証拠となると思います。映像のデータは後ほどお渡ししますね」
     
     どうやら首は繋がったらしい。思わぬ証拠の出現に場は沈黙に包まれたが、それを苦笑しながら轟刑事が破った。
     
    「いやあ、ウチの部下が申し訳ありません。……ですが、あのお嬢さんが危うい立場にあるというのは残念ながら事実なのですよ」
     
     相須の死因は鈍器による撲殺と判明した。死亡推定時刻は医師の検分によるとおおよそ十二時頃。その時刻、アテナ以外のマンションの住人は全員出払っていた。そして十三時頃まで赤いセダンに乗った相須と、彼の死体を発見する一詩と真介の三人以外、駐車場に出入りする者はカメラに映っていない。また、マンション全階の廊下に設置されたカメラを確認しても、アテナ救出のため相須の部屋へ向かう一詩と真介と、二人に救出されたアテナ以外の人物の姿は映っていない。そのため、廊下やベランダの避難梯子を通って一階のベランダに出る事は出来ない。その上マンション周辺の防犯カメラにも、鮎池をボートや遊泳で渡る者もいなかった。これらを総合すると、相須に近づいて撲殺は不可能。したがって警察は、相須の部屋にいた大鷲アテナがベランダから鈍器を落とし、相須を殺害したと見ている……。轟刑事は語った。
     
     それに対し、真介は反論する。
     
     アテナは南京錠とチェーンで鍵を掛けられた収納に閉じ込められていた。そこからどうやって脱出するのか。仮に何らかの手段で脱出が出来たとしても、ベランダに出るにはまた鍵付きの戸を開けなくてはならない。そして、相須の命を奪った凶器の鈍器とは具体的には一体何なのか。自分達が現場に着いた時、周辺にそれらしきものは落ちていなかった。相須の部屋にいたアテナが、どのようにしてそれを回収したのか。
     
    「……大鷲さん以外に犯人と思しき人間はいないのかもしれません。ですが、これらの謎が残っている以上、大鷲さんを犯人と断定するのも、無理があるのではないでしょうか」
     
    「そこなのですよ、我々が頭を悩ませているのは」
     
     轟刑事は頭を掻いた。現場は実質密室だった。事件発生時、マンションにいたのはアテナのみで、相須を殺した犯人と思しき人物は彼女の他にいないが、そのアテナも相須の手で部屋に閉じ込められていたため、犯行は不可能のように思われる……。皮肉にも、相須の作り出した邪悪な牢獄は、警察のアテナ逮捕を留まらせていたのだった。
     
    「轟さん、もしよろしければ私達も、捜査に協力させては頂けないでしょうか。依頼人であり、友人の大切な部下が今度は殺人事件の犯人として逮捕の危機に陥った以上、黙って見過ごす訳にはいきませんから」
     
     真介の申し出に、場が揺れた。
     
    「私達って……俺も捜査に参加するのか」
     
    「無論だ。名探偵には名助手が付きものだろう」
     
     女刑事が抗議を入れる。
     
    「そんなの出来るわけないじゃないですか! 捜査に協力って事は、また相須の部屋へ入るって事ですよね? 部外者を現場へ入れるなんて……」
     
    「おい、お二人を相須の部屋までお連れしろ」
     
     叫ぶ部下を轟刑事は制す。信じられない物を見るように、彼女は上司の方を向いた。
     
    「もはや彼等を部外者などとは呼べないだろう。それに、小森さんは過去に実績もある。我々が気付かない意外な発見をしてくれるかもしれない」
     
    「ありがとうございます、轟さん」
     
     真介の顔が明るくなる。……捜査に加わる事に関して、真介も一か八かであったのだろう。
     
    「そういう事ですので、よろしくお願い致します。……そう言えば、あなたのお名前まだうかがっておりませんでしたね。何とお呼びすればよろしいですか?」
     
    「……今西。今西葵いまにしあおいです」
     
     女刑事……もとい、今西はそっけなく自身の名を告げて踵を返すと、枷でも付けられているかのような足取りでエレベーターへ向かう。
     
    「真介」
     
     それを軽快な足取りで追おうとする真介を、一詩は呼び止めた。言わなくてもいいのかもしれない。だが何となく、改めて言っておく必要があると思ったのだ。
     
    「俺からの新しい依頼だ。どうかアテナを、助けてくれ」
     
     新たな依頼に探偵は何も言わず、ただ、力強く頷いた。
     

     再び足を踏み入れた相須の部屋は、青い服を着た鑑識と思しき人々がいるためか、最初の時と異なり、僅かに活気があった。
     
    「さあ、始めましょうか」
     
     警察関係者ではない自分達を訝し気に眺める鑑識達の眼を気にする事なく、真介は貸与された手袋を意気揚々とはめると、鉄格子前右方向にある台所へ入る。台所はリビングよりか物があったが、異様なほど整理整頓されており、また違った不気味さを感じさせる。シンクには汚れはおろか水滴一つ付いていない。カップ麺やペットボトルのコーヒーが入った段ボール箱の隣には、電子レンジを上に載せた小型の冷蔵庫が設置されており、まず真介はそれに手を伸ばした。冷蔵庫の中はコーヒーやジュース類で占められ、冷凍庫のスペースも冷凍の餃子やスパゲッティなどが所狭しと押し込められている。どうやら相須という人間は、自炊をしない人間であったらしい。
     
    「凶器の問題ですが、この十階の高さから落とせば例え1キロ程度の重さの物体でも、一階へ落ちる頃にはその重さは大体250キロになります。人の頭蓋を砕くには十分でしょう」
     
     冷蔵庫の扉を閉めると、真介は一詩と今西に向き直った。
     
    「どのように凶器を回収したのか、あるいは消したのか……推理小説では氷で作られた凶器が消える凶器の代表なのですが、この冷凍庫の状態では1キロはおろか、僅かな氷でも精製、保存は出来そうにありませんね」
     
    「なるほど……それに、そもそも俺達が来た時にも駐車場にそんな氷が溶けた跡のような水溜まりは見当たらなかったな」
     
     一詩の呟きに、真介は満足そうに微笑んだ。
     
     再び鉄格子を潜りリビングに出ると、真介は向かって左手の襖を開ける。その先には畳張りの和室があった。ここが相須の自室のようだった。机や本棚には古代ギリシャの詩人の詩集や爬虫類の図鑑、ホッチキスで留められた雑誌が並べられている。一詩はこの部屋に来てようやく、人の生活の営みを感じる事が出来た。
     
     真介が机に向かい、今西が箪笥に手を掛ける中、一詩は適当に本棚の爬虫類図鑑を手に取った。図鑑には様々な種類のヘビやトカゲの画像、生態、そして飼育方法が細かく記載されている。どうやら、相須は爬虫類が好きだったらしい。
     
     ある程度図鑑を眺めた後、今度はその隣の雑誌類に手を伸ばした。
     
    「これは……」
     
     雑誌はいずれもファッション誌。被写体はどれも、短髪で身体のラインが分かる、全身を覆う黒いスーツを着た若い女の外人モデル達。それはまさに、アテナがさせられていた恰好と同じだった。
     
    「完全に、相須の趣味ですね」
     
     いつの間にか今西も、一詩の肩越しに雑誌を覗き込んでいた。
     
    「そこの箪笥に着替えのラバースーツがいくつも並んでいました。自分の趣味を他人に押し付けるなんて、本当に気色悪い」
     
    「ラバースーツ?」
     
     耳馴染みのない言葉が出てきたため、思わず聞き返す。「そんな事も知らないのか」とでも言うかのように、今西は冷めた視線を一詩に向けたが、それでもその問いに答えてくれた。
     
    「ラバーやラテックスなどのゴム由来の素材を使った、こういった衣装の事です。……それ以上の事は語りたくありません」
     
    「すみません今西さん、ちょっとよろしいですか」
     
     真介が今西に声を掛けた。素早く雑誌を元の位置へ戻すと、一詩も今西に付いて彼の元へ向かう。真介は机の上に置かれた青い金属の箱の中を調べていた。覗いてみると、箱の中は雑多な工具が入っている。用途の分からない工具も多々あったが、一詩の眼を引くものがあった。チェーンニッパだ。おそらくはこれで、アテナの部屋のドアチェーンを切断したのだろう。
     
    「これの中身ですが……」
     
     真介が今西に差し出したのは、茶色の革製の入れ物だった。厚さはやや薄く、形は長方形。三辺のファスナーを開けると、本のように開くようになっている。しかし、そこには何も入っていなかった。
     
    「さあ?」
     
     今西は小首を傾げる。
     
    「何か小さくて細長い物が入っていたようですけど……もしかすると、相須が前職の業務で電池交換をするために使っていたドライバーが入ってたんじゃありませんか」
     
    「電池交換? ……今西さんその情報、どこから仕入れました?」
     
    「大鷲アテナから少し事情を聴いたって言ったじゃないですか。その際、彼女が教えてくれたんですよ。大鷲と相須が以前勤めていた会社は、色々と手広くやっていたようです。スマホ、タブレット端末の電池交換から靴、鞄、傘の修理。表札、印鑑、名刺の作成……小森さんあなた、これらの業務内容については彼女を捜索した時に調べたんじゃないんですか?」
     
    「調べましたよ。……ええ、調べましたとも」
     
     今西の問いに真介は静かに答えると、その革製の入れ物をそっと箱に戻した。
     
     リビングに戻ると、真介は黒いフィルムの貼られたベランダの戸へ向かった。彼はまず戸をコツコツと叩いたりしながら調べていたが、やがてそれ自体には何の仕掛けもない事を確認すると、戸の取っ手に手を掛けて解放する。鑑識が開けたのか、すでに戸のクレセント錠の鍵は開いていた。
     
     この相須の部屋において、このベランダの光景が最も異様であった。マンションの部屋と部屋の境目にあるベランダの隔て板は、火災などがあった時のため隣の部屋へ逃げられるよう簡単に破れる素材で作られており、また一番端に位置する部屋のベランダの床には、真下の部屋へ逃げられるよう避難梯子が設けられているのだが、それらは分厚いアクリル板と大量の接着剤で完全に封じられていた。
     
     絶対にアテナを逃がさないという相須の強固な意志に一詩は戦慄すると共に、本当に火災でもあったら奴はどうするつもりだったのかという疑問と呆れが頭に浮かぶ。
     
    「ああ、本当にこの部屋は事件現場の真上に位置しているんですね」
     
     真介がベランダの柵から頭を出して真下を確認する。一詩も真似して遥か下の駐車場の光景を見たものの……すぐに眩暈を起こし、後悔する羽目になった。
     
     ベランダで他に眼に付いた箇所は、隔て板の反対側に置かれたベランダの幅ほどもある巨大な水槽だった。水槽に蓋はなく、そのまま中を覗く事が出来た。左半分は砂利で作られた陸地があり、キャベツと思しき野菜の破片が散らばっている。左半分は浅く張られた水の中を数匹のメダカが泳いでいた。
     
    「女だけでなく、メダカも飼っていたようですね。……癒しを求めたいのであれば、どうして小動物だけで満足出来ないのかしら」
     
     今西は小さく溜息を吐く。――そう言えば真介との友情も、飼育係として一緒にメダカの世話を行ったのが始まりだった。学校の飼育係の候補者が誰もいなかったため、当時の担任はクジでそれを決めた。その当時はクジに外れたと大いに絶望したが、真介という頼もしい友人が出来たので、長い目で見ればあのクジは大当たりだったと言えるだろう。
     
     ベランダから出ると、真介は思い出したかのように、戸の鍵付きのクレセント錠を調べ始めた。
     
    「どうやらこの戸のクレセント錠は、閉める際には鍵は必要ないみたいですね。そう言えば今西さん、私達が皆さんに渡した相須の鍵束の鍵にスペアはないのですか?」
     
    「今の所は見つかってません。……相須という男の執念深さを鑑みるに、存在する確率は低いでしょうけど」
     
     三人は改めてアテナが監禁されていた収納を見ておく事にした。中を見ると、一詩は思わず溜息を吐いた。何もない、二畳にも満たない狭く、光源のない暗い収納の中……。さすがに常にここへ閉じ込められていた訳ではないだろうが、それでも相須が仕事に出ている間や眠っている間、ここへ閉じ込められていたのだとすると、アテナの苦痛と恐怖は想像を絶するものであっただろう。
     
    「私達が駆けつけた時にはここに、チェーンと南京錠が取り付けられていました。仮に大鷲さんが犯人であるとして、どうやって彼女はここから抜け出したのか……」
     
    「ああ、簡単な話です」
     
     今西は懐から鍵束を取り出した。ただし、それは一詩と真介が渡した相須の物ではなかった。
     
    「大鷲アテナが持っていた物です。用心深い相須も、これはノーマークだったようですね」
     
     今西の言葉の意図に、始めに気付いたのは真介ではなく、一詩だった。刑事の持つアテナの鍵束には、数多の鍵に混じってそれらがぶら下がっていた。一見すると普通の鍵のように見える物……
     
    「創立記念のドライバー……か」
     
    「これのプラスの方を使って、大鷲は内部から蝶番のネジを緩め、扉ごと外し、収納から脱出したのでしょう」

     ――マズい。これで、アテナ犯人説に一歩近づいてしまった。しかし、それに待ったを掛けたのはやはり真介だった。
     
    「今西さん、これをよくご覧下さい」
     
     真介が指したのはその収納の蝶番だった。
     
    「完全にネジ山が潰されています。もしこれが、大鷲さんが再びこの収納へ戻る際に彼女自身が潰したのではなく、初めから用心深い相須が潰していたものだとしたら、どう説明するのですか」
     
     相手の論証に、すぐその反証を挙げる探偵小森真介。だが、今回ばかりは今西の方が上手だった。
     
    「……そうだ、少々お待ち下さい」
     
     そう二人に言い残して、今西は再び相須の自室へと入っていく。そして、箪笥の中から出したのか、ラバースーツをその手に持って戻ってきた。
     
    「……なるほど」
     
     真介が感心したように呟くが、一詩にはさっぱり今西の意図が分からない。
     
    「収納に閉じ込められた大鷲が使えるのはこれとドライバーだけ。ですが、開けるのはこれだけで十分」
     
     左手にラバースーツ、右手に創立記念のドライバーを持った今西は、二人にそれを実演してみせた。ラバースーツをネジ山に被せると、更にその上からドライバーを押し当てる。
     
    「ラバーを……ゴムをネジ山に噛ませて、その摩擦を利用してネジ山を緩めたり締めたりする方法です。本来は、輪ゴムを噛ませてやるものですが」
     
     そう言いながら今西はドライバーを回していく。しばらくすると、潰れていたはずのネジが外れ、床へ落ちた。
     
    「後はどうしたらベランダへ出られるか……ですね」
     
     ――マズいマズいマズい! このまま今西がベランダへ出られる方法を見つけた場合、殺人犯としてアテナは逮捕されてしまう。
     
     焦る余り、一詩は思わず今西に食いかかる。
     
    「あなた、やけに大鷲に対して敵対的じゃないですか。俺、婦警には被害者、特に女性に寄り添うイメージがあったんですけど」
     
     今西は一詩から少し顔を逸らす。その表情に怒りなどはない。
     
    「誘拐犯である相須が死んでいる以上、大鷲が完全な被害者と言えないかもしれない状況だからですよ。……私も彼女の肩を持ちたい。そのために警察官になったのですから。されど警察官である以上は中立的、多角的な視点で事件を見なければなりません。……そんな中で、私は大鷲が収納から脱出出来る方法を見つけてしまった。それだけです」
     
     今西の言葉を聞き、己の失言に血の気が引いた。――ああ、この人は別に愉しんでアテナを追い詰めようとしてる訳ではない。ただ、警察としての勤めを果たそうとしているに過ぎないのだ。
     
    「なんか……すみません」
     
    「いえ、別に」
     
     暗い顔をした二人に対し、友人はどこ吹く風と言わんばかりに涼しい顔をしていた。
     
    「今西さん、あなたは優秀な刑事だ。今のネジの開け方、私には思いつきませんでした。お礼と言ってはなんですが、私の推理も一つ、聞いては頂けないでしょうか」
     
    「……何でしょう」
     
     真介はその推理に、絶対の自信があるのだろう。顔だけではなく刑事に掛ける言葉もどこか飄々としていた。
     
    「こうは考えられないでしょうか? 犯人は何らかの方法を用いてベランダに出たのではなく、初めからベランダにいたと」
     
    「ベランダにいた? ……なるほど、大鷲が閉じ込められていたのは収納ではなく、ベランダなんじゃないかと言いたいのですね。あなたも大鷲が犯人だと……」
     
    「ベランダにあった水槽ですが、あの中には何がいて、何があったか覚えていますか?」
     
     発言を無視され腹を立てたのか、今西は鼻の穴を膨らませて押し黙る。そんな彼女に代わり、一詩がその問いに答えた。
     
    「確か……メダカがいたな。それと、砂利の上には野菜の切れ端が落ちていたと思うが。……それが事件と何の関係があるんだ?」
     
    「小学校時代のメダカの飼育を覚えていないか? どんな水槽で飼っていたか、どんな餌を与えていたか」
     
     その言葉でメダカの飼育方法の詳細を思い出した一詩は、電撃をくらったかのように衝撃を受けた。メダカの水槽は下に砂利を敷き、全体に水を入れていた。餌も顆粒状の人口餌だった。
     
    「メダカを水槽で飼うのに、なぜ砂利で陸地を設ける必要があるのか。なぜ野菜の切れ端をばら撒く必要があるのか。……答えは、あの水槽で飼われていたのはメダカではなく、別の生き物であるという事。あのメダカは、その生き物の生餌であるという事」
     
     そして真介は、今西に対し慇懃に頭を下げる。
     
    「ここから先の私の推理を証明させるには、皆様警察の数と機動力が重要になってきます。お願いします。今からお伝えするヤツを探してきては頂けませんか?」
     

     幸い、警察の数と機動力を頼らずとも、探しものは早々に見つかった。
     
     一詩はとりあえずこれでアテナの無実を証明出来ると口元を緩め、轟刑事は驚きの表情を浮かべ、今西は首を傾げている。そして真介は、自身の推理の正しさが証明されてご満悦の様子だ。
     
     大きなバケツに入ったそれを、それぞれ異なる面持ちと感情で見つめた。
     
    「小森さん、これが……こいつが凶器ですか」
     
    「それと同時に、相須究朗を殺害した真犯人でもあります。これでお分かりでしょう。ベランダから落とされた凶器は一体何だったのか。そして、その凶器は一体どのようにして現場から消えたのか。……本当に、沼に逃げ込まれなくて良かった」
     
    「誰かに回収されたのではなく、自ら歩いて移動した……か」
     
     その甲羅には、すでに黒ずんだ血痕がねっとりと付着している。バケツの中には、沼の畔で日向ぼっこをしていた体長15センチほどのカメが元気にうごめいていた。
     
    「いやいやいや……ちょっと待って!」
     
     今西が叫ぶ。
     
    「相須を殺した凶器がこいつなのは違いないんでしょうけど、水槽から逃げたカメがベランダから落ちて、帰ってきた飼い主の頭に直撃した? 普通に考えて有り得ないでしょうが! 水槽から逃げただけならまだしも、ベランダから落ちるのは有り得ない。だって、あのベランダの柵には隙間も穴もなかった。それに都合良く人の頭に落ちるなんて、どう考えても……」
     
    「今西さん、あなたの言う事も一理あるでしょう。ですがあなたは、大鷲さんがベランダから出る方法が分かったのですか? それが分からなければ、彼女を逮捕する事は出来ませんよ」
     
     真介がそう諭すと、今西はそれ以上口を開く事はなかった。代わりに轟刑事が口を開く。
     
    「いやはや、まさか犯人がカメだとは。……ですが、被害者がどのような人間であろうと、その死に対し何人も責任がないに越した事はありません。仕事とはいえ、人に手錠を掛けるのは良い気分はしませんからな」
     
     そう言うと、轟刑事は一詩と真介に向き直り、深々と頭を下げた。
     
    「お二人のお力がなければ、我々は罪なき人を罪に落としていた所でした。捜査のご協力、誠に感謝いたします」
     
     こうして、相須究朗殺害の犯人は、彼がベランダで飼っていたカメという事となり、大鷲アテナの容疑は完全に晴れたのだった。

     
    「それで、お前はどうするんだ」
     
     ワゴンに乗り込んだ時にはすでに、外は橙に染まっていた。そんな景色を車窓から眺めていた一詩に、真介は問い掛ける。
     
    「何がだよ」
     
    「大鷲さんの件だ」
     
     それはお前が疑いを解いてくれたじゃないか――一詩はそう言おうとしたが、いつになく真剣な眼差しの真介に、その事を尋ねたいのではないのだと察した。
     
    「お前、大鷲さんの事が好きなんだろ? このままだと、ただの上司と部下の関係だけで終わってしまうぞ」
     
     一詩は長い溜息を吐く。一詩も悩んでいた。高校時代、先輩後輩として毎日のように顔を合わせていたくせに、とうとう彼女に想いを伝える機会をふいにしてしまった。そして今、また上司と部下として毎日顔を合わせるくせに、その想いを伝える踏ん切りがつかないでいる。今回の事件があった以上、もしかするとアテナは桐谷電工を辞めてしまうかもしれない。本当に、残された機会は僅かかもしれなかった。
     
     赤信号に引っ掛かり、ワゴンが停まる。真介は脇のポーチからある物を取り出して、一詩に差し出した。
     
    「それは……」
     
     アテナの壊れたガラケーだった。
     
    「つい、警察に提出するのを忘れちまった。このぐらい、お前なら直せるだろ。直したら大鷲さんに返してやればいい。あの収納の牢獄から助け出された事もあって、お前に対する彼女の評価も更に上るはずだ」
     
    「それは……ちと卑怯なんじゃないか? 今アテナは心に深い傷を負っているんだ。その隙につけ込むのは……」
     
     そんな奥手の一詩を真介はやや強い口調で諭す。
     
    「何が卑怯だ。友情だけならともかく、恋愛ともなれば多少の打算は必要だろ。桐谷電工就職の誘いを受けたのだって、もしかすると新たな仕事探しに途方に暮れていたせいもあるのかもしれないが、いくらそうでも、嫌っている相手の誘いはいくらなんでも受けないはずだぜ。大鷲さんのお前への好感度は、少なくともゼロやマイナスじゃないだろう。それに、今の大鷲さんには何らかの心の支えが必要なはずだ。彼女の高校の先輩であり、雇用主であるお前がそれにならないで一体どうする?」
     
     友人の熱い弁を聴いていく内に、希望が湧いてきた。一詩は真介の手から、アテナのガラケーを受け取る。
     
    「それもそうだな。誰かが、あいつの傍にいてやらないと駄目だよな。……それは、俺であるべきだ」
     
    「よしいいぞ、その意気だ」
     
     赤信号が青へと変わり、真介はワゴンを発進させる。それにより、ドリンクホルダーに置かれたペットボトルが僅かに揺れた。
     
     一詩は気付いた。
     
    「真介、このペットボトルのコーヒー、どこで手に入れた?」
     
     記憶の糸を辿っていけば、フィラキイAへ出発前のコンビニにて、昼食に真介が買ったのはお茶だったはずだ。それに自分が見る限り、それ以降コンビニも自動販売機も利用していない。真介のささやかな荷物からして、あらかじめ持っていたとも考えにくかった。
     
    「ああ……これか」
     
     少し躊躇いがちに真介は答える。
     
    「あの現場から持ってきた。……とってもバレないと思ったんだ」
     
     一詩の記憶の糸が完全に繋がった。そうだ。このペットボトルコーヒーのラベルには見覚えがある。相須の部屋の台所の、段ボールに入れてあった物と同じだ。
     
    「お前なあ……」
     
     友人の奔放さに開いた口が塞がらなかったが、その友人はあっけからんとした様子で一詩に切り返す。
     
    「まあ、そんな顔してくれるなって。俺は要らないからお前、飲んでいいぞ」
     
    「いや、いらねえよ!」
     
     コーヒーはもうすでに何口か飲まれているらしく、量を少し減らしていた。一詩は異性愛者である。

    終章 大団円

    「真介! やったよ。ついにアテナが職場復帰だ」
     
    「ああ、さっきここにいらっしゃった彼女のお父様から伺ったよ。本当に良かったな」
     
     アポイントも取らず、扉のノックもせず、事務所に飛び込んできた一詩の無礼を真介は笑って許してくれた。
     
     相須究朗が自身の飼っていたカメにより生命を奪われてから数日後、案の定アテナは郵送にて、桐谷電工に退職願を出してきた。一詩はそれを意に介す事なく握り潰すと、修理し終えたガラケーを病院の彼女の元へ送ったのだった。なぜ直接アテナに手渡さなかったのかというと、当時のアテナは実の父親との面会すら謝絶していた。それほどまでに、相須の行為はアテナの心を深く抉っていた。
     
     その後も一詩は根気強くアテナに励ましの手紙や菓子、果物を送り続けた。最初は一方通行だった手紙も、徐々に返信が来るようになった。季節が冬になる頃には面会にも応じるようになり、年が明けた一月現在、遂にアテナは退院と職場復帰を果たしたのだった。
     
    「お父様もお前に深く感謝なさっていたよ。「桐谷さんの精力的な励ましがなければ、娘は立ち直る事は出来なかったでしょう」って」
     
    「俺の方こそ、お前に感謝しなくちゃならない。手紙の書き方やプレゼントの内容までレクチャーしてくれて。……お前がいなかったら、今日という日を迎える事は絶対に叶わなかっただろう。本当に、ありがとう」
     
     そう言って一詩は真介に、深々と頭を下げた。
     
    「よせよ水臭い。……それより、その手に持っているのは何だ?」
     
     以前、真介から敬語を使われた一詩と同様、真介も一詩のこの振る舞いに多少居心地を悪くしたのか、強引に話題を変えるかのように、彼が持っている小さな紙切れを指した。真介に指摘され、一詩は初めて自分がそれを手に持ったままでいる事に気付いた。少しでも早く、アテナの退院と職場復帰を真介に直接伝えたいがあまり、それを仕舞うのを忘れていたのだ。
     
    「退院祝いにアテナのアパートに行ったら、ちょうど彼女が前に勤めていた会社の社長さんと鉢合わせてな。その時に貰った。たぶん、お前も調査の時に貰ったんじゃないか」
     
     一詩は真介にそれを見せた。名刺である。
     

     マキー株式会社 代表取締役社長 牧貴史まきたかし

     
    「顔は厳つかったが、話してみると穏やかなおじさんだったな。定年退職後にこの会社を立ち上げたらしい」
     
     牧氏の名刺の裏面には、マキー株式会社の業務内容が記されていた。

     
    ・鍵の作成、複製、出張開錠
    ・スマホ、タブレット、ゲーム機などの電池交換
    ・靴、鞄、傘の修理
    ・表札、印鑑、名刺の作成

     
    「今の事業が安定して、もっと人員が増えたら、こうして色々と事業を広げるのもいいかもな。この事務所は、もっと事業を広げたり人を雇ったりはしないのか? 俺の所は、今年の四月に三人入る予定だが」
     
    「その予定はないな。俺は一人で小さく、のんびりやらせてもらうとするよ。そうだ」
     
     途端に真介の顔から笑みが消え、真顔になる。
     
    「あの時……相須の部屋へ向かう直前、お前は俺にこう依頼したよな。「どうかアテナを、助けてくれ」。あれは「大鷲さんが警察に逮捕されないようにして欲しい」、そういう意味で解釈していいよな?」
     
    「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」
     
    「そうか、それなら俺は、お前からの依頼を成し遂げたという事だな。良かった良かった」
     
     真介の問いの真意を解す事は出来なかったが、彼に笑顔が戻ったので、一詩はそれ以上の詮索はしなかった。
     
    「なら、俺はこの辺りで失礼させてもらう。……もし家電が故障したりなんかした時は、遠慮なく連絡してくれ。安く修理してやるから」
     
    「そこは無料じゃないのか」
     
    「当たり前だろ。お前だってアテナ捜索の料金、俺達からきっちり取ってたじゃないか」
     
    「それもそうだな、悪い悪い」
     
     真介としては、気心の知れた友人と軽口を叩き合っているつもりであったのだろうが、一詩はとっさに自分の口から突き出た言葉に空しくなった。――ああ、俺とこいつとの友情は、もう金が絡まないと成立しなくなったのか。もう、損得のない関係には戻れないのか。
     
    「……それじゃ、これからも頑張ってくれよ。名探偵」
     
     そう告げると、一詩は逃げるように小森探偵事務所を後にした。ビルから出ると、週末であるにも関わらず、スーツ姿の人々が路上をせわしなく行き交っていた。この国の多くの人々は休むという事を知らない。それが自分の身であれば窮屈である事この上ないが、他人であれば話は変わってくる。この広い東京の街。どこかの花屋は開いているはずだ。明日、さっそくアテナは職場に復帰するとの事だ。彼女に渡すため、明るい色の花束を見繕おう。
     
     何事も、不変なものはない。それは人との関係も同じだ。だが、その変化は必ずしもマイナスとは限らないだろう。
     
     一詩はアテナの喜ぶ顔を想像し、軽快な足取りで雑踏の中へと飛び込んでいった。

    ??? 蛇足

     ご足労いただき、感謝いたします。さあ、どうぞこちらへお掛け下さい。
     
     まずは職場復帰の件、誠におめでとうございます。……いえいえ、礼には及びません。あなたがここまで回復出来たのは、お父様や桐谷を初めとする周囲の人々の支えがあってこそです。
     
     さて、私があなたをここへ呼んだ理由ですが……この容器に収められたモノについての私の見解と、あなたの今後についてのお話をしたかったからです。
     
     数か月前の相須究朗の死を、警察は事故死として処理しました。彼らが事故死として処理せざるを得なかった主だった理由として、あなたが正規の鍵を使わず、錠の掛かったベランダの戸を開ける方法を結局見出す事が出来なかったからです。
     
     ですがもし、その方法があったとしたら?
     
     相須はあなたを拉致する際、扉のドアチェーンをニッパーか何かで切ったと思われます。ですが、チェーンを切る前にしなければならない事があります。シリンダー錠の開錠です。では、相須は何を用いて錠を開錠したのか? それがある事を期待し、私は相須の自室の工具箱を漁りましたが、見つけられたのはニッパーと、それが収められていたと思しき空の入れ物だけでした。しかし代わりに、奇妙な話を一緒に捜査していた婦警から聴く事が出来ました。
     
     その入れ物について婦警に尋ねた所、彼女はそれに、相須が前職の業務で電池交換をする際に用いていたドライバーが入っていたのではないかと推察しました。そして彼女は、相須がその電池交換を初め、靴や鞄の修理、名刺や印鑑の作成といった業務を前職で行っていた事を、あなたから聴いたと言っていました。……この時、私はあなたに対し、初めて不審を抱きました。
     
     私は失踪したあなたを捜索する際、あなたと相須が以前勤めていたマキー株式会社へ赴き、そこで社長の牧氏から、あなたと相須のお話と、会社の業務内容について詳しくお伺いました。あなたは嘘を吐いてはいない。あの会社は確かに、電子機器の電池交換や、靴や鞄の修理、名刺や印鑑の作成を業務としています。ですが、それらはあくまで副業であり、本業は鍵の作成や複製、出張開錠ではありませんか。どうしてそれを警察に言わなかったのか。
     
     仕事人として、あなたを相須は軽んじていたようですが、牧氏の方は絶賛していましたよ。「彼女は入社してからあっと言う間に、一人前の鍵師に成長してくれた」……と。
     
     相須があなたの部屋のシリンダー錠を開けるのに使い、あの革製の入れ物に収めていたモノ。それは鍵師の必需品である、ピッキングツールです。
     
     あなたは桐谷から貰ったドライバーと相須から着せられていたラバースーツで収納から脱出すると、相須の自室からピッキングツールを拝借し、それと前職で培った技術を用いてベランダの戸のクレセント錠の鍵を開け、ベランダへと出た。
     
     ……相須の部屋を捜索しましたが、ピッキングツールは発見出来ませんでした。どこへ消えたのか? そのまま適当な所へ捨てたのでは、いずれやって来る警察にすぐ発見されてしまう。そこであなたは、少々凝った場所へそれを捨てる必要があった。鉄格子の向こうには廊下や玄関だけでなく台所もあり、そこには相須が愛飲していたペットボトルのコーヒーが置いてありました。ですが、そのペットボトルのコーヒーがあったのは、台所だけではありません。相須の死体があった現場の駐車場からほど近い、沼の畔の大量のゴミの中にも混じって浮いていました。あなたはペットボトルにピッキングツールを入れると、ベランダから沼へ向かってそれを投げ捨てた。
     
     私がそこから回収した、このコーヒーのペットボトルの中身……ピッキングツールですが、これをどうするのかは、あなたにお任せします。私はあなたを警察に突き出したり、ましてや強請ろうという気は毛頭ございません。実を言えば、あなたがカメを落として相須を殺害したという直接的な証拠は、私も何一つ発見出来ませんでした。もしかすると、あなたは単にベランダへ出ただけなのかもしれない。もしかすると、相須の死は本当に不幸な事故だったのかもしれない。その上、私が探偵として桐谷から受けた依頼は、あなたが警察に逮捕されないようにして欲しいというものでした。一度、依頼人からの依頼を引き受けたからには、それに応えなければなりません。これが、私の探偵としての責任です。
     
     ですが……大変申し訳ございません、ここからは、あなたが相須を殺害したものと仮定して、お話させて頂きます。
     
     相須があなたに行った仕打ちの数々を鑑みれば、あなたの採った手段は全面的に理解出来ます。ですが、その手段はあくまで非常手段です。これからの人生、非常手段を常套手段としないでいただきたい。創作物の中ほど警察は愚かではありませんし、何よりあなたが次を行えば、私は今度こそ、あなたを追い詰めてみせますから。
     
     私からは以上です。……そうだ、最後にもう一つだけ、あなたにお願いがあります。これからもどうか、桐谷一詩をよろしくお願いいたします。
     
    了

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