
ビミョーな職場で、生きていく ③
炭鉱のカナリアから学んだこと
過去の職場で出会った、いつも仕事ぶりがイマイチだったBさん。
Bさんについてはこちらの記事に詳しく書いてある。
一方のわたしは、基本的に同じ現場にいる人間は同レベル。という考えはあったものの、自分で言うのも恥ずかしいが、難しい問い合わせも自らどんどん引き取り、対応はお客様ファースト。
製品知識もある。
仕事ぶりには多少の自信があった。
なのでこれまで自分とBさんを比較することは基本的になかった。
しかし、息子を妊娠したころから状況が変わってきた。
妊娠しても引き続き難しいタスクを率先して引き取っていたが、つわりによる遅刻、妊婦検診のための半休などで休みがちになった。
そして産後。
自身や息子の体調不良のため、やはり急な休みが頻繁に発生した。
育児のストレスで鬱気味にもなった。
多くの職場において勤怠の扱いは厳しい。
いくら出勤しているときは一生懸命やっていたとしても、勤務状況が悪いと信頼性が低いとみなされる。
わたしは、自分のポジションがBさんと同等に落ちていく危険を感じた。
それでも自分はBさんより職場で信頼されている。と思っていた。
そして、勝手にBさんを心の中で「炭鉱のカナリア」と呼んでいた。
炭鉱などで作業する際に、メタンガスや一酸化炭素などの有毒ガスが発生するリスクがあるため、作業者が一緒にカナリアを連れて入る。
ガスの濃度が濃いとまずカナリアが倒れる。
そこで人間は自らに危機が迫っていることに気付き、炭鉱から脱出する。
つまり、Bさんに対して上司が「この人はもうダメだ」と判断し、Bさんは現場から引きあげることになる。
そのとき、それに近いわたしの立場にも危険が迫っていると判断する。
逆に、Bさんの立場が守られている限り、(それより上であると思っている)わたしはまだ安泰だ。というものだ。
Bさんに対しては大変失礼である。
あるとき、上司からメンバーに対してこのような指示がおりてきた。
「勤務の際は基本的にはスーツ着用とする。カジュアルな服装は認めない」
これまでも職場では服装に対して、基本はスーツで。としていたが、ルールは厳しくなく、カジュアルな服装の人がいても指摘を受けることはなかった。
特に年度替わりなどのタイミングでもなく、この指示がどういう経緯で降りてきたのかは明らかにされなかった。
この指示はわたしには都合の悪いものだった。
わたしは当時、息子を保育園に送ってから出勤していた。
服装はそのまま公園にでも行けそうなカジュアルさであり、足元はスニーカーであった。
当時は仕事に家事に育児に、日々気力と体力の限界であり、とても服装を整えるなんてことには気が回らなかった。
わたしは上司に、服装について「多少カジュアルでも許容してほしい」と相談しようと思った。
しかしそのとき、心の中でわたしに呼びかける声がした。
(ききょうさん、それはダメですよ。
こんなときこそ、Bさんから学ぶのです。
Bさんだったらこんなときどうするか、考えてみましたか?)
わたしは考えた。
このやり方だと、上司に質問して、では少し崩した服装でもいいですよ。と言われたら良いのだが、ダメと言われたら退路が絶たれてしまう。
この指示を受けたら、Bさんはどうするか。
Bさんは、毎日のように遅刻するし、何をやり残しているのか不明だがいつも残業している。
リーダーからたびたび注意を受けるも、「すみませ~ん」と平謝りし、翌日くらいは頑張ってみるも、すぐに元に戻り、根本的にはほとんど改善する気配はない。
リーダーたちも呆れており、もうお手上げといった状況のようだった。
そんなBさんなら、おそらく、最初の何日かはなんとなくきちんとした格好で出勤するも、しばらくしたらまた以前のようにカジュアルな服装に戻ってしまうのではないか。
…待てよ。…これだ!
わたしはこの戦法でいくことにした。
まず初日。
職場に入ったとき以来の上下黒のスーツで出勤。
それをみた上司は、お、と驚いたような、感心したような表情をしていた。
翌日。オフィスカジュアルのような服装で出勤。
その翌日は早々にいつものダルダルのママワンピースで出勤した。
上司にしてみれば、何か思うところはあったのかもしれないが、特に服装に関して注意を受けることはなかった。
Bさんの普段の行動にヒントを得た、なし崩しに自分のやり方を通すというやり方は、成功したのだ。
指示があった翌日に、今まで通りのカジュアルな服装で出勤すると、さすがに上司に対して角が立ってしまう。
なので、多少は努力している形跡を見せつつも、徐々に、なし崩し的に元のやり方に戻す。
争わずに、でも指示には従わない。
これを「Bさん戦法」と名付けた。
もしかするとBさんは普段から、彼なりに非常に低コストで合理的な行動を取っているのかもしれない。
以降、わたしは会社や客から不都合な指示が降りてくるたびにこの「Bさん戦法」を使うことにした。
現場で「できない」と言われ続けていたBさんからの学びはちゃんとあったのだ。
ちなみに当時実際Bさんがこの指示に対してどう対応したのかは記憶にない。
彼は夜勤だったので、そもそもこの指示の対象外だったのかもしれない。