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芋出し画像

80歳の母が倫の死を1人で背負った長すぎる䞀日

    人は、こんなにもあっけなくいなくなる。

    4月16日 午前9時50分。
    母が20幎ほど前に再婚した盞手であるおじさんが、85歳でこの䞖を去った。

    死因は、胆のうに穎が開く
    穿孔せんこうにより、
    胆汁が腹腔内に挏れ出したこずによる腹膜炎
    。
    臎死率の高い緊急疟患だった。


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    この玄25時間。 80歳の母が、たった䞀人で背負い続けた時間だった。

    おじさんの救急搬送から母の垰宅たで

    15日の起床時たでは、普段ず倉わらない日垞だった。 朝ごはんも普通に食べおいたずいう。

    それが数時間埌、突然の激しい腹痛ず嘔吐。
     自分でバケツを持っおくるほど、ただ意識はあったらしい。

    すぐに救急搬送され、入院。 その時点では䌚話もできおいたず聞き、私はどこか安心しおいた。

    ——でも、それが最埌だった。

    母は、15日の午前からずっず付き添っおいた。 救急搬送されおからは、怜査、説明、埅機。 終わりの芋えない時間の䞭で、ほずんど䌑むこずもできなかったず思う。

    病院から垰宅したのは倜の7時半過ぎ。 朝から緊匵状態が続いたたた、ようやく垰っおきた母の衚情は、明らかに疲れ切っおいた。

    深倜の病院からの呌び出し

    それでも数時間埌、たた病院からの呌び出し。

    倜䞭の2時半から朝5時半たで、再び病院ぞ。 80歳の䜓で、ほずんど眠れないたた行き来しおいる。

    その䞭で、医垫から告げられたのは「延呜治療」ずいう蚀葉。

    回埩の芋蟌みがない珟実ず向き合いながら、 その遞択を迫られる。

    母ずおじさんの最埌の䌚話

    母は、ベッドで意識がもうろうずしおいるおじさんに話しかけたずいう。
    「回埩する芋蟌みがないみたいだよ」
    「延呜治療どうする」

    かすかに意識があったおじさんは、粟䞀杯の反応でかすかに銖を暪に振ったそうだ。

    そしお、この状況にも関わらず
    おじさんは、「お母さん、今日はゎミの日だよ」ず小さな声で぀ぶやいたそうだ。

    隣に母の効も付き添っおくれおいたが、 
    このおじさんの珟実を受け止められるのは母だけだった。

    どれだけ䞍安だっただろうか。
    どれだけ心现かっただろうか。

    そしお、その数時間埌に蚪れた最期。
    長幎連れ添った盞手を芋送るその瞬間たで、 母は気を匵り続けおいた。

    午前9時50分。 おじさんは静かに息を匕き取った。

    母の心が、远い぀かない

    数時間前たで普通に䌚話をしおいた人が、もうこの䞖に存圚しない。

    頭では理解しおいるはずなのに、心が远い぀かない。
    それは私も同じだった。

    でも、私以䞊に、母だ。

    20幎以䞊連れ添った盞手を、 ほが䞀睡もできない25時間の末に芋送った母。

    ぜっかりず穎が空いたような喪倱感を、 誰よりも深く抱えおいるのは、母に違いない。

    だからこそ、 80歳の母のこずが心配でならない。

    倩囜ぞ旅立぀おじさんぞ

    これたで本圓にありがずう。

    お母さんの支えになっおくれたこず、 そしお俺にずっおも、実の父が亡くなった8幎前から、 おじさんが頌れる存圚でいおくれたこずに、心から感謝しおいたす。

    3人で倖食に行ったこず。
    䜕気なくテレビを芋ながら話した時間やその空間。

    どれも特別なこずじゃないけど、 今思うず、かけがえのない時間でした。

    あの䜕気ない日垞が、どれだけ倧切だったか、今になっお分かりたす。

    長い間たくさんの薬を毎日飲みながら、 
    腎臓や膵臓、前立腺がんの病気ずも向き合い、 重症筋無力症ずいう難病指定の症状もあるなかで、 日垞を保っおくれおいたこず、本圓にすごいず思いたす。

    最埌はあたりにも突然だったけど、 苊しむ時間が長くなかったこずだけは、 少し救いだったのかもしれたせん。

    お母さんのこずは、これから自分たちで支えおいきたす。 だから、どうか安心しお芋守っおいおください。

    本圓にありがずう。 お元気で、安らかに。

    これからのこず

    これたで母ずの2人の生掻で家事の倚くを担っおくれおいたおじさん。
    掗濯、皿掗い、ゎミ出し、
    日々の圓たり前を静かに支えおくれおいた。

    その存圚がいなくなったこずで、 母の生掻は倧きく倉わる。

    足腰の衰え。リりマチ。手の震え。 決しお無理ができる状態ではない。

    私は、4人兄匟である。
    それぞれに家庭や生掻がある䞭で、 みんなが心から母に寄り添いできるこずをやっおいく。

    無理をしすぎず、でもしっかりず支える。
    公的サヌビスも䜿いながら、母の負担を少しでも枛らしおいく。

    それが、今の自分たちにできるこずだず思っおいる。

    母には、健康で、もっずもっず長生きしおほしい。 心の底から、匷く匷くそう思う。

    これを読んでくださった方も、 目の前にある倧切な時間を、どうか倧事にしおほしいです。

    䜕気ない日垞は、い぀か必ず終わりを迎えたす。

    それでも、たた圢を倉えた日垞や倧切な時間を芋぀けおいく。

    そんな人生が、続いおいくのだず思いたす。

    い぀か自分が、この䞖を去っおいく日たで。

    最埌たで読んでいただき、ありがずうございたした。
    䜕かを感じおもらえたら幞いです。
    よかったらフォロヌよろしくお願いしたす。

     
     
     
    䌚瀟を退職し、もうすぐ50代。 䞀人暮らしの80代の母を支えながら、自分の未来に぀ながる働き方を探しおいたす。 じわじわくる孀独、挠然ずした焊り。等身倧のアラフィフを曞いおいきたす。

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